解  説
池澤春菜  

 ついに、ついに来た、〈ワニ町〉が我が手に!
 今一番楽しみにしているシリーズ、ジャナ・デリオン〈ワニの町へ来たスパイ〉のシリーズ最新作『幸運には逆らうな』を手にしたわたしの喜びたるや。
 きっとこれを読んでいるあなたも、このシリーズのファンですよね?(もしかして今作から手に取った人もいるかもしれないけれど……)
 興奮を抑えきれず、解説から読んでいる人もいるかもしれない。
 OKOK、一息つきましょう。一気に本編に進む前に、まずは〈ワニ町〉の背景をざっくりおさらい。
 凄腕のCIAエージェント、フォーチュン。だけど任務でちょっぴり派手に立ち回りすぎ武器商人に命を狙われることに。そこで、元ミスコン女王にして大人しい図書館司書、という彼女自身から最もかけ離れた人物になりすまして、ほとぼりが冷めるまで田舎町シンフルに潜んでいるはずだった。なのに、到着早々、家の裏庭から人骨が掘り出された?!
 ここはもしかしたら世界で一番危険な町かもしれない……

 このシリーズの魅力その1:まずはなんといっても最高にして最強、アイダ・ベルとガーティ! フォーチュンの頼もしい、そして厄介な相棒のおばあちゃんズ。
 いつも冷静でかっこいいアイダ・ベル(スピード狂だけど)。反対にトラブル・メーカーで素っ頓狂なガーティ。二人とフォーチュンが行くところ、ペンペン草すら生えない焼け野原に……。
 実は二人とフォーチュンの大おば(ということになっている)マージにはとんでもない過去があり、荒事はフォーチュン以上に経験しています。肝の据わり方と、いざというときの行動力はさもありなん。
 今回のわたし的最盛り上がりポイントは、アイダ・ベルがガーティを、
「いつまでたっても大人にならないねえ。ああいうところがあたしは大好きなんだけどさ」
 と評したシーン。しかもガーティが聞いていないときに。なんというシスターフッド! いつも憎まれ口をたたき合っている二人の、根底にある揺るぎない信頼感が垣間見える素晴らしい一言でした。
 年をとったらこんな風になりたい(できればアイダ・ベルになりたい。けどガーティになる可能性もけっこうある)、そう思わせてくれる、人生のロールモデル的最強おばあちゃんたちです。

 魅力その2:この町で一番罪深い(シンフル)のは、なんといってもアメリカ南部ならではのこってこてもっりもりな食べ物。
 例えばチキンフライドステーキ。チキンといいつつ中身は牛肉、フライドチキン風ステーキ、って意味らしい。ややこしい。ステーキ肉に衣をつけて揚げて、肉汁たっぷり油たっぷりのグレイビーをかけていただく、カロリー爆弾。
 今作も冒頭からずらりと並ぶ、天国みたいに美味しそうな食べ物たち。名前が出るだけでみんなが色めき立っちゃうフランシーンのカフェのバナナプディング、アメリカ式かき氷スノーコーン、漏斗(じょうご)状の器具から油の中に生地を紐状に垂らして揚げ、粉砂糖やジャム、チョコレートをかけて食べる炭水化物と油の悪魔合体ファンネルケーキ、などなどなど。
 ちなみに、「南部出身者でなければ理解できない十四のこと」という海外のサイトに「フライドチキン、フライドポークチョップ、フライドグリーントマトなど、何でも揚げるのが大好き。コレステロールよ、R.I.P.(安らかに眠れ)」って書いてありました。
 イモの甘露煮(キャンディード・ヤム)、これもまたシンフルな一品。ヤムイモと呼ばれるサツマイモの品種をバターやシナモン、生クリーム、そして砂糖やメープルシロップで煮込んだ、パワーアップ(そしてカロリーアップ)したスイートポテトのようなスイーツです。
 アリーのチョコレートチップ・クッキーはフォーチュンたちの大事なHP回復源。でも、皆様、アメリカ式のチューイーでグーイー(しっとりねっとりにちにち)なチョコチップ・クッキー、作ったことあります? お砂糖とバターの量に卒倒するから! あれを毎日のように(しかもビールと)食べていてたった二キロしか太らないフォーチュンの代謝、どうなってるの?
 そして今回のキーフード、ザリガニ。実はアメリカ南部ではポピュラーな食べ物。
 まずはザリガニを生きたまま、スパイスの利いたシーズニングで茹で上げます。このとき、コーンやジャガイモも一緒に調理するのが定番。テーブルに新聞紙を広げ、その上にどさっと茹で上がったザリガニを山盛りにしたら、ビールやマルガリータ、レモネードを片手に後は食べるだけ! 手も口元も汚しながら、殻を剝(む)いては口に放り込んでいくザリガニは、海老の身のホロリプリプリ感と蟹味噌の美味しさを併せ持っていて、それはもう美味しいのです。
 日本で食べるのはちょっと難易度が高いけれど、他の南部の食べ物に比べると、まぁまぁヘルシーなザリガニ、機会があればぜひチャレンジしてみて下さい。

 魅力その3:ロマンスだって抜かりなし。保安官助手のカーターとフォーチュン、第一印象はお互い最悪。でもだんだん惹かれあって、ようやく第四作『ハートに火をつけないで』で距離の近づいた二人。
 カーターは見た目は最高、だけど中身はなかなか厄介。
 というのも、アメリカ南部には複雑な歴史と独得の文化があるのです。カーターも、その古き良き昭和的ナイスガイ感というか、マッチョな磯野波平というか、南部男気質を引き継いでおりまして。レディー・ファーストだけど、裏返すとそれは「俺が守ってやる、だから俺についてこい」ってことでもあったり。ハーレクイン・ロマンスに出てくる南部男は、だいたい強引で俺様で保守的(で、筋骨たくましく、かっこいい)。
 でもって、その南部男と対をなす、南部美女(サザン・ベル)といういわゆるステレオタイプな女性像もあるのです。従順で清楚、常に身だしなみは完璧、家庭を守る良き母&良き妻。つまりフォーチュンとは正反対(シンフルにいるどの女性も、実は南部美女(サザン・ベル)タイプじゃないけどね)。
 マッチョで俺様、保安官助手という権威ある立場にいるカーター。だけど本当はカーターより遙かに強くてかっこいいフォーチュン。それを知ってしまったとき、果たしてカーターのプライドはどうなっちゃうのか。
 それに引き換え、アイダ・ベルと雑貨店主のウォルターとのある意味純愛な関係は癒やしですねぇ。

 魅力その4:意外とハードな犯罪。初っぱなの掘り起こされた人骨から、殺されたミスコン女王に町長候補、放火に、カーター殺害未遂。そして今回は覚醒剤の製造工場の爆発(ぶっ飛んできた脚付き)。ほぼ毎回誰かが死んでいます。フォーチュンがシンフルに来てまだ二ヶ月足らずなことを考えると、恐ろしい打率。週に一回は殺人事件が起きていることに気づいたら、あのやっかいなシーリアでなくとも「この女のせいよ」って言いたくなっちゃいますよね。
 でもフォーチュンのせいって言うよりは、元々シンフルにあったあれやこれやが、フォーチュンの存在を機に吹き出してきた感じ。名前の通り、たくさんの罪を抱え込んでいた町もまた、このシリーズの重要な主役です。

 さてさて本国アメリカでも大人気のこのシリーズ、なんと二十五作まで出ています。次々に大きくなるトラブルに、加速するドタバタ、シンフルの町は大丈夫なのかしら……?
 翻訳が決まっているらしい第七作の原題はHurricane Force。ハリケーンが到来する中、シンフルに降りかかった偽札トラブル。それはフォーチュンの命を狙う武器商人、アーマドに関係していた。アーマドの手下と湿地三人組が対峙する中、ついにカーターがフォーチュンの正体を知ってしまい……?!
 迫り来る宿敵、殺人に偽札に恋の行方、問題山積みだけど、きっとアイダ・ベル、ガーティ、フォーチュンの三人ならなんとかしちゃうはず。
 ますますパワフルで、ますます過激になる三人の活躍を、今後もお楽しみに。
 とりあえずわたしは、いつかアイダ・ベルになれるよう、南部の食べ物をおうちで再現してみようかと思います。食べた後、フォーチュンみたいにランニングすれば大丈夫だよね?




本記事は8月31日に創元推理文庫より刊行されるジャナ・デリオン/島村浩子訳『幸運には逆らうな』の解説を全文転載したものです。(東京創元社編集部)



■池澤春菜(いけざわ・はるな)
声優、エッセイスト、書評家、作家。著書に『乙女の読書道』『SFのSは、ステキのS』『最愛台湾ごはん 春菜的台湾好吃案内』などがある。2020年から2年間、第20代日本SF作家クラブ会長を務める。2021年、「オービタル・クリスマス」(原作:堺三保)で第52回星雲賞日本短編部門を受賞。最新刊は『現代SF小説ガイドブック 可能性の文学』(監修)。