こんにちは翻訳班のKMです。
残暑の候、皆様はいかがお過ごしでしょうか。まだまだ潤沢に暑いのに「残りの暑さ」と書くのはヘンなので、お手紙は「本気半端無暑(まじぱないっしょ)の候」と書き出すのがいいと思います。嘘です。そっちのほうがヘンです。でもこの暑さでは、ヘンになるほうがまともな気もします。

とびきりヘンに見えるけれど、実は真面目に、がむしゃらに生きているだけ。8月21日文庫刊行の短編集『地球の中心までトンネルを掘る』(ケヴィン・ウィルソン著/芹澤恵訳)に登場するのもそんな人々です。
本書の魅力は、まず各短編を支える設定の面白さにあります。冒頭の1編「替え玉」を紹介しましょう。主人公は代理祖父母派遣会社のエースとして、現在5つの家庭で祖母を演じる女性です。依頼主である各家庭の父母の目的は、子どもに祖母との望ましい(!)交流を経験させること。当然偽物であることが子どもにバレてはいけません。本物の祖母が亡くなっている場合が大半ですが、存命の祖母のフリをすることもあり、つまり容易な仕事ではないのです。その苦労は、主人公のこんなお仕事テクニックからも垣間見えます。
ふふ、と笑みのこぼれる一節です。ただし次の一節ではこのテクニックを多用することのリスクも指摘されており、こちらにはさもありなんと頷かされます。根っこの設定はヘンテコなのですが、その設定の上で人間が何を思うか、どう生きているかが徹底的に考え抜かれているのが本書収録作に共通する特徴です。せっかくなので「替え玉」からもう一節、主人公が〈孫〉とあやとりで遊ぶシーンを引用します。
のどかな遊びと主人公のプロ意識との対比が面白いシーンです。が、ここからは優しさと物悲しさも感じます。「祖母のフリをする」という奇妙な業務を遂行していてもなお、主人公がたしかに血の通った人間だとわかるからなのだと思います。この印象は「替え玉」だけでなく、本書収録の11編すべてに通底しています。どの作品も奇妙奇抜なアイデアに満ちていてとびきり面白いのに、ふと涙が出るほど寂しい気持ちにもなるすごい短編集なのです。

本書の外観には各短編の要素が散りばめられています(中央の穴はもちろん表題作「地球の中心までトンネルを掘る」です!)。おかしみの中にどこか郷愁を感じるカバーは、イラストレーターの市村譲さん、ブックデザイナーの中村聡さんのお仕事です。実物を見るとカフェラテ色にいっそう味わいがあり、私は隙あらば撫でまわしています。

また、文庫化にあたり新たに津村記久子先生から特別エッセイをお寄せいただきました。「いつもこういう小説が書きたい」という題の下で、本書の思い出と魅力を輝かしく語っていただいております。「輝かしく」と書いたのは比喩ではなく、引用される作中のエピソードや、そこに付された津村先生の言葉のひとつひとつがきらめいていて、読み返すたび「良い短編集ですよね……この本……!」としみじみと感じ入ってしまいます。
さらに巻末には、倉本さおりさんの解説を単行本から再録させていただいております。各短編の具体的解題、および本書全体に通底するテーマが明瞭に、しかし跳ねるような筆致で記されていて、単行本で拝読した際はもうひとつの収録作を読むような楽しさがあったのでした。ぜひ皆様もお楽しみください。
残暑の候、皆様はいかがお過ごしでしょうか。まだまだ潤沢に暑いのに「残りの暑さ」と書くのはヘンなので、お手紙は「本気半端無暑(まじぱないっしょ)の候」と書き出すのがいいと思います。嘘です。そっちのほうがヘンです。でもこの暑さでは、ヘンになるほうがまともな気もします。

とびきりヘンに見えるけれど、実は真面目に、がむしゃらに生きているだけ。8月21日文庫刊行の短編集『地球の中心までトンネルを掘る』(ケヴィン・ウィルソン著/芹澤恵訳)に登場するのもそんな人々です。
■あらすじ
代理祖父母派遣会社のエースとして、核家族の子どもの「ばあば」を演じて報酬を得る女性。自分の中の発火遺伝子に怯えながら、製菓店の娘に恋する青年。大学卒業後、何者にもなれず生きてきたある朝、ふと裏庭にトンネルを掘り始めた三人の若者――とびきりヘンで、優しく、がむしゃらな人々を描いた珠玉の短編集。シャーリイ・ジャクスン賞、全米図書館協会アレックス賞受賞作。特別エッセイ=津村記久子/解説=倉本さおり
本書の魅力は、まず各短編を支える設定の面白さにあります。冒頭の1編「替え玉」を紹介しましょう。主人公は代理祖父母派遣会社のエースとして、現在5つの家庭で祖母を演じる女性です。依頼主である各家庭の父母の目的は、子どもに祖母との望ましい(!)交流を経験させること。当然偽物であることが子どもにバレてはいけません。本物の祖母が亡くなっている場合が大半ですが、存命の祖母のフリをすることもあり、つまり容易な仕事ではないのです。その苦労は、主人公のこんなお仕事テクニックからも垣間見えます。
たとえば孫の名前をまちがって呼んでしまったり、偽物の祖母としてではなく自分自身の思い出をついうっかり口にしてしまったりしたときには「あら、やだわ、お祖母ちゃんも年齢(とし)だわね」と言えばいい。――本書p23
ふふ、と笑みのこぼれる一節です。ただし次の一節ではこのテクニックを多用することのリスクも指摘されており、こちらにはさもありなんと頷かされます。根っこの設定はヘンテコなのですが、その設定の上で人間が何を思うか、どう生きているかが徹底的に考え抜かれているのが本書収録作に共通する特徴です。せっかくなので「替え玉」からもう一節、主人公が〈孫〉とあやとりで遊ぶシーンを引用します。
毛糸をさばいて形をこしらえてみせたとたん、グレタの笑い声が弾ける。元気いっぱいの笑い声だ。わたしも釣り込まれて、思わず元気いっぱいの笑い声をあげてしまう。われながら、これはなかなか耳に心地よい笑い声だと思える。ほかの"ファム"のためにも、この笑い方をいつでも実践できるよう、日ごろから練習しておくことにする。――本書p38
のどかな遊びと主人公のプロ意識との対比が面白いシーンです。が、ここからは優しさと物悲しさも感じます。「祖母のフリをする」という奇妙な業務を遂行していてもなお、主人公がたしかに血の通った人間だとわかるからなのだと思います。この印象は「替え玉」だけでなく、本書収録の11編すべてに通底しています。どの作品も奇妙奇抜なアイデアに満ちていてとびきり面白いのに、ふと涙が出るほど寂しい気持ちにもなるすごい短編集なのです。

本書の外観には各短編の要素が散りばめられています(中央の穴はもちろん表題作「地球の中心までトンネルを掘る」です!)。おかしみの中にどこか郷愁を感じるカバーは、イラストレーターの市村譲さん、ブックデザイナーの中村聡さんのお仕事です。実物を見るとカフェラテ色にいっそう味わいがあり、私は隙あらば撫でまわしています。

また、文庫化にあたり新たに津村記久子先生から特別エッセイをお寄せいただきました。「いつもこういう小説が書きたい」という題の下で、本書の思い出と魅力を輝かしく語っていただいております。「輝かしく」と書いたのは比喩ではなく、引用される作中のエピソードや、そこに付された津村先生の言葉のひとつひとつがきらめいていて、読み返すたび「良い短編集ですよね……この本……!」としみじみと感じ入ってしまいます。
さらに巻末には、倉本さおりさんの解説を単行本から再録させていただいております。各短編の具体的解題、および本書全体に通底するテーマが明瞭に、しかし跳ねるような筆致で記されていて、単行本で拝読した際はもうひとつの収録作を読むような楽しさがあったのでした。ぜひ皆様もお楽しみください。
装いも新たに、しかし収録作のとびきりの魅力はそのままに包みこんだ本書、ぜひぜひこの機会にお手にとっていただければ幸いです。








