7月28日発売の東京創元社新刊、前川ほまれ著『藍色時刻の君たちは』の冒頭部分を3日連続で特別公開いたします!

【あらすじ】
2010年10月。宮城県の港町に暮らす高校2年生の小羽(こはね)は、統合失調症を患う母を抱え、介護と家事に忙殺されていた。彼女の鬱屈した感情は、同級生である、双極性障害の祖母を介護する航平と、アルコール依存症の母と幼い弟の面倒を見る凜子にしか理解されない。3人は周囲の介護についての無理解に苦しめられ、誰にも助けを求められない孤立した日常を送っていた。

しかし、町にある親族の家に身を寄せていた青葉という女性が、小羽たちの孤独に理解を示す。優しく寄り添い続ける青葉との交流で、3人が前向きな日常を過ごせるようになっていった矢先、2011年3月の震災によって全てが一変してしまう。

2022年7月。看護師になった小羽は、震災時の後悔と癒えない傷に苦しんでいた。そんなある時、彼女は旧友たちと再会し、それを機に過去や、青葉が抱えていた秘密と向き合うことになる……。

本日は第二章「二〇一〇年十一月 波打ち際のブルー」を公開いたします。
ぜひご一読ください。




第二章 二〇一〇年十一月 波打ち際のブルー


 図書室で借りた文庫本は、日に焼けて変色していた。初版は二十年以上も前だから仕方がない。ページを捲る度に、人間の乾燥した皮膚のような臭いが鼻に付く。それでも、犯人が仕掛けたトリックやちりばめられた伏線を見逃さないよう、羅列する文字に目を細めた。
 俺が手に取る小説は、いつも同じジャンルだ。俗にミステリ小説と呼ばれる類で、その中でもトリックや謎解きが凝った作品ばかりを選んでいた。物語の中では当たり前のように誰かが殺されたり、謎の失踪を遂げたり、密室に閉じ込められたりしてしまう。今読んでる作品の主人公は、天才的な頭脳を持つ風変わりな大学教授。バディ役の新人刑事と共に、民間伝承を擬えた連続殺人事件に挑んでいた。
 クライマックスが近づき、主人公が事件の真相を紐解き始めた。謎解きに息を吞んでいると、唐突に一階から派手な物音が聞こえた。皿が割れるような音と、何かが転がるような響きが自室の空気を震わせる。
「……うっせぇな」
 文庫本を閉じて、横になっていたベッドから足を下ろした。ひやりとしたフローリングの感触が、意識を一気に現実へと引き戻す。立ち上がる前に、右手の人差し指と中指で反対の手首に触れた。そのまま十秒間だけ脈を数える。一分間に換算すると、八十二回。通常時の六十回前後より、少し速くなっていた。
 舌打ちをしながら、腰を上げた。目前の勉強机には、先週配布された文化祭のクラスTシャツが放置されている。生地にプリントされた担任の似顔絵と、不意に目が合った。
 階段を降りて、物音がする方に急いだ。台所に入ると、ばあちゃんが戸棚に手を伸ばしている。裸足の足元には、割れた平皿や土鍋や薬缶が転がっていた。
「何してんの?」
 俺の問い掛けを聞いて、ばあちゃんがゆっくりと振り返った。その眼差しは虚ろで、唇は小刻みに震えている。
「航平か……銭っこ、探してんのや」
 ばあちゃんは再び背を向け、別の戸棚を漁り始めた。
「そんなとこに、金はないべ」
「小銭でも……ウチは貧しいし……」
 確かに我が家は金持ちではないけど、かといって貧困に喘いでる訳ではない。築年数は経っていても二階建ての一軒家に住み、食べ物に困った記憶は皆無だ。床に落ちて割れた平皿を、ジッと眺める。ばあちゃんの症状が酷くなっているのを察した。
「親父は、働いてんだからさ。金のことは心配ねぇって」
「んだけど……」
「とにかく、破片危ねぇよ。踏んだら、怪我すっと」
 責めるような口調にならないように、意識して穏やかな声を出す。破片を避けながら近づき、シワが刻まれた手を取った。
「床は、俺が片付けっから。ばあちゃんは、あっちで休もうな」
 握った手の皮膚は弾力がなく、豆腐のように柔らかい。破片を踏まないよう注意して歩き出すと、ばあちゃんの青白い唇が歪んだ。
「まんず、色々とわからねくなって……どうすっぺか……」
「ばあちゃんさ、調子悪そうに見えっと。薬は飲んだの?」
「わかんねぇ……もう、わかんねぇのさ」
 それから何を訊いても「わかんねぇ……」を繰り返すばかりで、上手く会話が成立しない。ばあちゃんの細い脚は辛うじて動いてはいるけど、その歩みに意思は感じなかった。俺が手を引く方向に、ただ呆然とついて来てるだけだ。
「今から薬飲んで、休んだ方がいいな」
 とにかく廊下を進み、ばあちゃんの部屋に続く色褪せた襖を開ける。窓辺のベッドに誘導してから、室内の隅に置かれた桐タンスを見据えた。
「薬は、一番左の引き出しだっけ?」
 数秒待っても、返事は戻ってこない。華奢な身体はベッドの端に腰掛け、唇を微かに震わせている。俺は一つ息を吐いてから、桐タンスの黒く変色した真鍮の取っ手を引いた。その中には、幾つかの薬袋が保管されている。
「えっと……どっちにすっかな」
 不穏時と不安時の頓服薬で迷った末に、後者の薬袋を取り出した。不安時の薬包を破り、丸い錠剤を指先で摘み上げる。
「ばあちゃん。口、開けれっか?」
 僅かに開いた口の中に、不安時の頓服薬を落とした。その途中で、指先がばあちゃんの唇の内側に触れてしまう。唾液で湿っていく感触を覚えても、何も感じなかった。こんな風に指が汚れるのは、今まで何度もあった。もう、とっくに慣れている。
 ばあちゃんが眠るまでしばらく付き添ってから、台所に戻った。床に散らばった破片を、ホウキとチリトリですぐに拾い始める。本当は掃除機を掛けたかったけど、またばあちゃんが起きたら悲惨なことになる。腰を屈めて床に目を凝らしていると、ミステリ小説の続きがどうでもよくなっていった。
 集めたガラスの破片を放ったゴミ箱には、ばあちゃんが古新聞紙やチラシで折った紙のゴミ袋が設置されている。そういえば最近、こういう物を作っている姿を見ていない。調子が良い時は、ゴミ袋の他にも小物入れなんかも紙で作ったりしていたのに。症状が酷くなると、集中力が欠けて紙すら折れなくなるんだろう。こんなただの節約術が、症状の悪化を測るバロメーターになっているのが虚しかった。
 全ての後片付けを終えると、唐突に喉の渇きを覚えた。コップに満たした十一月の水道水は、かなり冷えている。そろそろ初雪が降るかもしれない。飲み干してから自室に戻ろうとすると、隅の床に落ちている小瓶に気付いた。近寄って拾い上げると、ラベルに描かれたキャッチコピーに目を奪われる。
『あの頃の美肌を、もう一度』
 小瓶の中には、黄色味掛かった錠剤が手付かずのまま残されていた。このサプリは、豚の胎盤から抽出したエキスを元に作られていた筈だ。飲むと若返りや美容効果があるようで、ばあちゃんが躁状態の時に何の相談もなしに通販で買った高級品。
「結局、全然飲んでねぇじゃん」
 賞味期限が切れているサプリに向けて、八つ当たりのように毒付く。自然と、正反対の言葉たちが脳裏を満たし始めた。
 上と下。
 高いと低い。
 表と裏。
 そして、躁とうつ。
 時期によってばあちゃんの症状は、変化する。躁とうつのどちらが優位に立つかによって、言動も、行動も、顔つきも変わってしまう。
 気分が高揚し過ぎて、見境なく数十万円分のサプリを注文してしまう『躁状態』。
 不安や焦燥が強くなり、さっきのように貧困妄想まで抱いてしまう『うつ状態』。
 以前ネットで調べた限り、うつ状態で出現する妄想は大きく分けて三つあるようだった。ばあちゃんのように根拠もなく金がないと信じてしまう貧困妄想。不治の病や癌になったと思い込む心気妄想。自分自身が必要以上に罪深い人間だと決めつける罪業妄想。ばあちゃんを襲う病的な気分の変動には、双極性障害という病名が付けられていた。
 握っていた小瓶をゴミ箱に放り投げると、外で車が停まる気配を感じた。すぐに玄関を開ける音が届き、親父が台所に顔を出した。
「ただいま」
 親父はホームセンターで買った上着を脱ぐと、近くにあった椅子の背もたれに放った。
「航平は、飯食ったか?」
「まだ……」
「んで、何か作っか?」
「大丈夫、腹減ってないし」
 大型スーパーの鮮魚コーナーで働く親父からは、生臭いにおいがした。魚を大量に捌いた後は、幾ら手を洗ってもなかなか生臭さは落ちないらしい。魚が苦手な俺にとっては、絶対に就きたくない職業だ。
「お袋は?」
「……今は寝てる」
「そうか」
 親父は気怠そうに溜息を吐くと、冷蔵庫から発泡酒を取り出した。プルタブを弾く音が響いて、突き出た喉仏が勢い良く上下する。俺も以前、隠れて缶ビールを舐めたことがあるけど、苦くてすぐに吐き出した。間違っても、あんな風に一気には吞めない。
「親父」
「なんや?」
「ばあちゃん、調子悪そうや」
「なして?」
「さっき、金ねぇって戸棚を漁ってた」
「それは間違ってねぇべ。ウチは貧乏だもの」
 親父は表情を変えず、冷蔵庫からイカの塩辛を取り出した。冗談で済ませようとする態度に、強い苛立ちを覚える。
「顔つきもヤバかったし、また変なこと言い始めっかもよ」
 塩辛の容器を開ける手が止まった。そんな様子から、親父が『変なこと』の意味を察したのが伝わる。
「お袋の調子は、高くねぇんだべ?」
「今は、うつって感じ」
「前みてぇに、死ぬって言ってんのか?」
 直接的な質問が、さっきの虚ろな瞳を思い出させる。ばあちゃんは気持ちが沈んでいくと、繰り返し死を望んでしまう。それは希死念慮と呼ばれ、自殺を仄めかすような言動も増えていく。過去に何度も、首を吊るためのロープを買ってきたことがあった。
「死にたいとは言ってねぇけど……今は不安とか焦りが強くて、訳わかんなくなってる」
「次の外来日はいつや?」
「……あと、二週間後ぐらい」
 親父は食器棚から箸を取り出し、塩辛を口に運んだ。小皿に移さず、直接容器に箸を突っ込んでいる。母が生きていた頃に『汚いから止めて』と、注意されていた食べ方だ。
「土曜は、外来ってやってんのか?」
「確か……十五時までなら」
「んで、明日病院さ連れてけるか? オイは仕事だからや」
 台所に漂う咀嚼音が、妙に耳障りだった。俺はズレたメガネを掛け直すと、目を伏せた。
「明日は、無理や」
「なして? 土曜で学校は休みだべや?」
「今週の土日は、文化祭やから。登校しないと」
 返事とは裏腹に、文化祭を楽しめる予感は全くしない。普段学校で喋る友人たちは部活でまとまり、模擬店でミックスジュースや焼きそばを売るらしい。クラスの催しではメイド喫茶を開催するようだけど、一部の男子や女子が中心になっていた。当日に向けた準備期間中も、俺は顔を出したことがなかった。
「なら、しゃあねぇな。少し様子みっか」
 親父は現実から目を背けるように呟くと、残りの発泡酒を一気に吞み干した。魚の生臭さとアルコールの臭いが、俺の鼻先を嚙む。
「……ばあちゃんさ、また電気掛けることになっかな?」
「どうだべ。医者の判断にもよるべな」
 ばあちゃんは過去に『修正型電気けいれん療法』と呼ばれる治療を受けていた。うつ状態のせいで死にたい気持ちが強くなり、内服薬の効果も乏しい時にその治療は選択肢に挙がることが多い。
「……また、入院かな?」
「電気やるってなったらな。確か一クール、十二回ぐらいだったべ」
 修正型電気けいれん療法に関する主治医の説明を思い出す。この治療は一般に『m-ECT』とも呼ばれ、施行時は頭部に電極を当て、数秒間だけ通電するらしい。脳内に電気刺激による発作を誘発することによって、切迫した症状の改善を期待すると告げられた。施行当日は精神科医の他にも麻酔科医が立ち会い、投与した薬で本人が眠っている間に終わってしまうようだ。
 m-ECTの説明を初めて聞いた時、俺は真っ先に反対した。治療とはいえ、頭に電気を流すなんて可哀想と思ったからだ。ばあちゃんの主治医からは、七十年以上の歴史がある治療法であることや、回復した患者たちの話を淡々と聞かされた。最終的に、ばあちゃん自身が治療に同意していた。
「電気掛ければ、また良くなるべ」
 親父はまとめるように告げると、冷蔵庫から二本目の発泡酒を取り出した。プルタブを弾く音が、虚しく台所に響く。
「文化祭では、何すんの?」
「別に何も……」
「そうか」
 話を広げる気のない親父に背を向け、冷たい廊下に踏み出した。自室に続く階段の前で、ふと足を止める。今日が母の月命日ということを思い出し、すぐ側にある和室の襖に手を伸ばした。
 冷気が籠もる和室の中は、古びた畳の匂いが漂っていた。奥にある仏壇には、二つの遺影が並んでいる。じいちゃんも大好きだったけど、どうしても母の笑顔ばかりに目を向けてしまう。
 マッチを擦り線香に火を灯すと、埃っぽい香りが揺らめきながら立ち上った。手は合わせずに、畳の上で胡座を組む。今更、何をどう願えば良いかわからない。
 俺が九歳の時に、母の乳がんが発覚した。幼かったせいもあって、僅かにしか一緒に過ごした記憶は残っていない。母の面影は年々薄くなっていくけど、それは当たり前のことなんだろう。忘れるということは、ある意味では救いのような気がする。それでも母の死期が迫っていた頃の光景は、未だ強烈に憶えていた。
 病院の中庭には、綺麗な紫陽花が沢山咲いていたこと。
 胸の病巣から滲んだ液体が、母の病衣を何度も茶色く染めていたこと。
 病院の売店で、よく桃のジュースを買って母と一緒に飲んだこと。
 梅雨のある日の午後に、母の心臓が止まったこと。
 胡座を崩し、畳の上で仰向けになった。脳に染み込んだ記憶から目を逸らすように、ポケットからスマートフォンを取り出す。インターネットの検索欄を開き、迷わず『カツオノエボシ』と打ち込んだ。画面には、餃子に触手が付いたような生物が映し出される。全体的に青み掛かった半透明で、南国の海のような色を纏っていた。
 青というよりは、ブルーと言った方が似合う。
 その美しい生物の画像を、ジッと見つめた。
『まんず、色々とわからねくなって……』
 ばあちゃんの声が蘇り、スマートフォンをポケットに仕舞った。線香が燃え尽きたら、もう一度だけ様子を見に行こうか。天井に走る剝き出しの梁を、立ち上った煙が霞ませていた。

 翌朝、起き抜けの気怠い身体を引き摺り、ばあちゃんの部屋の襖を少しだけ開けた。薄闇の中に目を凝らすと、掛け布団が僅かに上下している。ちゃんと生きてることを確認してから、静かに襖を閉めた。
 準備を終えて外に出ると、今日も雪は降っていなかった。寒空の下で、昨日取り込み忘れた洗濯物が揺れている。帰宅したらやるべき家事を指折り数えながら、マウンテンバイクに跨った。敷地内を出る前に、車道に面した郵便受けの蓋を開ける。何日も放置していたせいか、中にはパチンコ店のチラシやガス点検のお知らせが山積みになっていた。掠れた文字で『松永』と貼ってある蓋を再度閉めて、やるべき家事に郵便物の回収を加えた。
 待ち合わせ場所の淀川に到着しても、まだ二人の姿はなかった。織月が遅れるのはいつものことだけど、住田は弟を保育園に送り届けてからここに来る。保育園の開園時間の兼ね合いもあって、普段は俺より先に到着しているのに。とりあえず背負っていたバックパックから読みかけのミステリ小説を取り出し、マウンテンバイクに跨ったまま物語に目を通す。冷たい潮風が先を急かすように、途中でパラパラとページを捲った。
 近くでブレーキの音が聞こえ、顔を上げた。息を切らした織月が、いつものように顔の前で手を合わせている。
「ごめん、今日も遅れちゃった」
「別に、大丈夫。それに、住田がまだ来てねぇし」
「先に行っててだって。なんか雄大くんの着替えを、保育園に持ってくのを忘れたらしいよ。一回、家に戻るみたい」
 頷いてから、ミステリ小説の文庫本をバックパックに仕舞った。マウンテンバイクのハンドルを握ると、ハッと気付く。
「やべっ、クラスTシャツ忘れた」
「噓! 取りに戻る?」
「別にいいや。出席だけ取ったら、午後には帰るかもしんねぇし」
「なんで? 体調でも悪いの?」
 胸の中で「ばあちゃんがな」と呟き、ペダルを漕ぎ始める。織月が隣に並んだのを確認すると、さっきの質問を無視して会話を続けた。
「織月って、文化祭でなんか役割あんの?」
「うーん。特には」
 短い返事が、車道を走るトラックの轟音に搔き消される。織月も住田も帰宅部だ。こんな時は俺と同じように、微妙に浮いてしまうんだろう。
「私は凜子と色々見て回るけど、航平は?」
「俺は図書室で本読んでる」
「今日も図書室って、開いてるんだ?」
「んだ。図書委員の書評展示やってからや」
 今日も明日も朝の出欠さえやり過ごせば、自由時間のようなものだ。文化祭が終わる前に帰っても、先生にはバレないだろう。
「だったら、私たちと一緒に校内を回る? サッカー部の焼きそばとか、バスケ部のチョコバナナとか、テニス部のミックスジュースとかを買う予定なんだよね」
「全部、食いもんやん」
「だって、大体が五十円だよ。お母さんに、お土産買っていく約束もしてるの」
 織月は、意外と文化祭を楽しみにしているようだった。いつもならばあちゃんのことを愚痴れるけど、今日は水を差すような気がして躊躇った。
「そっちは、そっちで楽しんで」
「わかった。気が変わったら、連絡して」
 曖昧に頷く。正直今日は、単独行動の方が都合が良い。
「俺にとっての文化祭は、言い訳みたいなもんだからや」
「ん? どういうこと?」
「色々あんの」
 それ以上は何も言わず、前を向いた。文化祭は、受診に付き添う煩わしさから逃げる口実でしかない。そうは思いつつも、裏腹な考えが浮かんでは消えていく。何時までに学校を抜け出せば、受診に間に合うだろう。ばあちゃんを置き去りにしたような罪悪感を拭い切れないまま、続く通学路に目を細めた。
 学校の正門横には『飛翔祭』と、毛筆で描かれた看板が立て掛けられていた。美術部が作成した派手なアーチを抜けて、駐輪場にマウンテンバイクを停める。普段より、辺りに漂う空気は浮き足立っていた。そんな雰囲気を感じれば感じるほど、胸の中は冷たさが増していく。
 昇降口に向けて足を進めた。以前は織月や住田と肩を並べているだけで、冷やかされることもあった。多分、嫉妬も混じっていたと思う。住田は気が強いけど可愛いと評判だし、織月は物静かな美人と噂されている。周囲からは『あんな野暮ったい泣き虫と、仲良い理由が分かんねぇ』と、陰口を叩かれたこともあった。野暮ったいことは認めるけど、俺は別に泣き虫ではない。学校でよく泣いていたのは、母が死んだ時期の小学校の頃だけだ。ハンカチで汗を拭いているだけで『また泣いてやんの』と冷やかされた。小学校から顔見知りの同級生たちもこの高校に進学したのは、不運でしかない。
「今日って、荷物置いたらすぐ体育館に行くんだべ?」
「そうだね。開会式があるし」
 スニーカーから、黒ずんだ上履きに履き替えた。下駄箱前の廊下には、普段は存在しないブースが設置されている。長机の上には電子血圧計が置かれ、その背後の壁には健康に関する手作りのポスターが掲示されていた。保健体育委員会の企画を横目に、なんでもない風を装いながら呟く。
「そういえば、じいさん大丈夫か?」
 隣を歩く織月が、肩辺りで揺れる黒髪を耳に掛けた。
「今は手足の痺れも良くなって、滑舌も戻ってる。来月には、退院だってさ」
「良かったべや。大事にならなくて」
「まぁね。今回のことを切っ掛けに、タバコは止めるみたい」
 揺れるスカートに続きながら、階段を登り始める。踊り場に差し掛かると、芝居掛かった溜息が聞こえた。
「おじいちゃんが退院したら、青葉さん来てくれなくなるかも……」
 その名前を聞いて、俺の好物を配達する綺麗な人を思い出した。織月は近頃、青葉さんの名前をよく口にしている。最初はあの人のことを苗字で呼んでいたのに、今では下の名前だ。
「青葉さんってウチに来たら家事を手伝ってくれるし、お母さんとも気が合うんだよね。マジで助かってる」
「へぇ」
「昨日は、お母さんと一緒に石細工をしてくれてさ。その間に、私は宿題を終わらせることができたし」
「なんで、石細工?」
「青葉さんがハマってるの。毎回、リンゴの形しか作らないけど」
 ほっそりした指先が、石に触れる光景を想像した。少しの羨ましさを感じて、意地悪な言葉が零れ出る。
「そのうち来なくなるべ。美人は三日で飽きるって言うし」
「はっ? 意味わかんない。その諺の使い方も間違ってるし」
 珍しく、物静かな美人の声が尖った。軽い冗談のつもりが、気に障ったみたいだ。青葉さんとは、じいさんの入院を契機に知り合ったと聞いていた。それ以来、織月の自宅によく顔を出し、『大浜飯店』直伝の餃子やチャーハンを振舞ってくれているらしい。
 先を歩くプリーツスカートを追いながら、ズレたメガネを掛け直した。もし青葉さんのような姉がいたら、今の張り詰めた生活が少しだけ楽になるのかもしれない。家事は分担できるし、ばあちゃんの受診だって交替で付き添える。
「今日、青葉さんも誘ったんだ。もしかしたら、来てくれるかも」
 織月は最後に弾んだ声を残して、教室の中に消えていった。アイツにも見守りが必要な家族がいるのに、俺とは違う感情を親に向けている。少し、羨ましい。俺は物静かな美人のように、ばあちゃんにお土産を買って帰る優しさはない。
 開会式は、文化祭実行委員長の挨拶から始まった。マイク越しに『夢』や『未来』や『希望』という煌びやかな言葉が、灯りの落ちた体育館を照らす。ステージに掲げられた『二〇一〇年度・飛翔祭』という文字を眺めながら、俺は何度も欠伸を嚙み殺した。
 開会式が終わると、同級生たちはそれぞれの仲間と連れ立って、弾んだ足取りで消えていった。俺は体育館のトイレで時間を潰してから、校舎に続く渡り廊下を進んだ。図書室は校内の外れにある。近づくにつれ、周囲の足音は減っていく。
 図書室の司書さんに軽く頭を下げ、一番奥のテーブルに腰を下ろした。他の生徒の姿はなく、様々な本があらゆる音を吸収しているように静かだ。書評展示には目をくれず、ズボンの尻ポケットを探った。読みかけの文庫本を取り出し、端を折っていたページを開く。辺りが静かでも、なかなか物語に集中することはできなかった。犯人の動機が明かされた場面を読みながらも、全然別の映像が脳裏を過る。頭の中に再生されたばあちゃんは、やっぱり戸棚を漁っていた。

 最後のページを読み終え、ゆっくりと文庫本を閉じた。近くの掛け時計に目を向けると、針は十一時を指している。図書室に来てから、まだ一時間程度しか経っていない事実を知って肩を落とした。
 メガネを外し目頭を軽く揉んだ後、気怠く腰を上げた。図書室にはミステリ小説も置いてあるけど、もう今日は読む気が起きそうにない。周囲を見回せば、沢山の本が並んでいるのに。妙に損をしている気分が、深い溜息に変わった。
 時間を潰す術を考えながらも、自然と両足はある場所に向かっていく。それが収納されている書架番号は、十二番。何度も手に取っているせいで、背表紙に描かれた分類番号も暗記していた。
 目当ての書架の前に立つと、平成三年度の卒業アルバムを取り出した。表紙は朱色の革張りで、中央に『旅立ち』という文字が金の箔押しで印刷されている。持つと、さっきまで読んでいた文庫本と違ってずっしり重い。二十年近く前のアルバムなのに、あまり色褪せてはいなかった。俺以外に手に取る生徒は、いないんだろう。
 表紙を捲った時に感じた埃っぽい匂いは、線香と似ていた。学校紹介や教職員の写真には見向きもしないで、三年二組の個人写真のページで手を止める。今は中年になっている生徒たちが、青い背景色の中で様々な表情を浮かべていた。その中から、ある名前に目を留めた。個人写真の岡野杏奈は、活発そうなショートカットだった。彼女は四角い枠の中で、目を糸のように細くしながら表情を崩している。
 アルバムの次に、今度は卒業文集を取り出した。同じように三年二組のページを開き、再び岡野杏奈の名前を探す。彼女はバレー部に所属し、三年間汗を流したようだ。部活で出会った仲間たちは、生涯の宝物と称している。高二の時に図書委員になったことを切っ掛けに、ミステリ小説に夢中になったらしい。一番のお気に入りは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』。俺が初めてこの文集を読んだ後、すぐに図書室から借りた小説だ。最後には、高校卒業後の希望が綴られていた。志望している東京の外国語大学に進学し、将来は翻訳者になりたいそうだ。
 静かに卒業文集を閉じて、書架に戻した。岡野杏奈の願いは、すぐに途絶えることになる。希望の大学には合格できず、浪人中に俺を妊娠したからだ。彼女は東京での夢を諦める代わりに、こんな港町で母親になることを選んだ。その時の心境を訊いてみたいけど、遺影に話しかけても虚しくなるだけだ。
 昨日は忘れることは救いだなんて格好付けたけど、今日はこうやって母の欠片を探してしまう。俺もばあちゃんと同じように、気分の変動が激しいのだろうか。それとも、単純に寂しいだけか。
「朝は、図書室にいるって言ってたよ」
「航平のことだから、寝てんじゃん?」
 書架の隙間から、声がした方を覗いた。俺に気付いた織月と住田が、軽く手を振っている。
「航平、もう小説は読み終わった?」
「孤独な読書少年を、誘いに来てやったぞ」
 二つの制服の背後には、もう一つ人影があった。カーキ色のフライトジャケットに両手を突っ込む女性と、目が合う。近づいてきた織月が、微笑みながら口を開いた。
「こちらは、青葉さん。航平も知ってるでしょ?」
「まぁ……何度か出前頼んでっから」
 青葉さんに向けて、おずおずと頭を下げた。彼女の目元は切れ長な一重で、鼻筋はスッと伸びている。化粧はしてなさそうだけど、色白で透明感のある素肌に目を惹かれてしまう。そんな最中、今度は住田が口を開いた。
「今から焼きそば買いに行くけど、航平もどう?」
「俺は……別にいいや」
 照れもあってか、即答してしまった。それに母の過去に触れた後は、一人になりたくなってしまう。住田が何か言いたげに口を尖らせたタイミングで、吞気な声が響いた。
「君、焼きそば好きじゃん」
 青葉さんが口元から八重歯を覗かせ、ポケットに突っ込んでいた手を出した。ほっそりとした指には、一枚の紙切れが挟んである。目を凝らすと、模擬店のチケットだった。
「あんは掛かってなかったけど、美味しそうだったよ」
 俺の好物を覚えられていて、一気に耳たぶが熱を帯びる。青葉さんは口元から八重歯を覗かせたまま、チケットを仕舞う素振りをいつまでも見せなかった。
「余っちゃうと、勿体無いから」
 思わず受け取ると、制服の下で腹が鳴った。よく考えると、朝から何も食べていない。心は感傷に浸っていたかったけど、身体はソースが絡む麵を求めていた。
 三人の後に続き、模擬店が連なる中庭を目指した。住田はいつものように織月と腕を組んでいるけど、今日は妙に口数が少ない。それに、何だか表情も硬いような気がする。腹でも痛いのだろうか。それか、初対面の青葉さんに緊張しているのかもしれない。二人の間に立っているけど、ずっと織月の方ばかりに顔を向けている。あまり人見知りしない性格だと思っていたのに、意外だ。
 廊下では親しげに話す男女の姿があった。クラスメイトの何人かは付き合ったり別れたりを繰り返しているけど、織月と住田に特定の恋人がいるという噂は一度も聞いたことがない。多分、家族のことを考えると恋愛をしている暇なんてないんだろう。それは俺だって同じだ。ほぼ毎日顔を合わせているのに、二人に対して特別な恋の予感なんて抱いたことはない。彼女や友だちというより、同志や仲間という響きの方がしっくりくるからだろうか。それとも単純に、振られるとわかっているから諦めているだけか。とにかく、ばあちゃんのことを素直に打ち明けられる同級生がいるのは頼もしい。
 今年のヒット曲が漏れ出す教室の前を通り過ぎると、織月が場を繫ぐように口を開いた。
「青葉さんが高校生の時って、何が流行ってました?」
「何だろう。わたしは流行に疎くて。当時はスマホもなかったし」
 それは本当なんだろう。青葉さんが羽織っているフライトジャケットは、くすんだカーキ色。よく言えば味があるけど、悪く言えば全体的に薄汚れている。袖口の糸は解れ、腰回りのリブには毛玉が散乱していた。背中の中央には正体不明の黒い染みが点在し、いくら洗濯しても落ちなそうだ。サイズは大きめで、長い袖が手の甲を半分ほど隠している。流行が反映されたファッションには、到底見えなかった。
「同級生は渋谷や原宿で遊んでたけど、わたしは行かなかったな」
 その返答の後、ずっと黙り込んでいた住田が瞬時に前のめりになる姿が見えた。
「青葉さんって、東京が地元なんですか?」
「うん。こっちに来てからも用があって、月に一回は帰ってる」
「えー、凄い! やっぱり東京は、都会ですか?」
「そうね。あっちは人が多いし、沢山お店はあるかな。でも、わたしが住んでたところは下町の方だったから」
 しばらく東京の話題が続いた。青葉さんと住田はさっきまでの無言の時間が噓のように、弾んだ声を交わしている。側から見ても、急速に距離を縮めているのが伝わった。
「こっちとあっちで一番違うのは、夜かな」
「東京には、歌舞伎町とかがありますもんね。少し前に、売れないホストが奮闘するテレビ番組を観ました」
「違う違う。そういうことじゃないよ。夜自体の話」
「夜自体?」
「そう。こっちの夜は、東京とは別物なんだよね」
 正直、意味がわからなかった。夜に違いなんてあるのだろうか。深く考えてしまいそうになった時、制服のポケットが震え出した。スマートフォンを取り出すと、画面には『親父』と表示されている。嫌な予感が、指先の感覚を奪っていく。
「……ちょっと、便所」
 一方的にそう告げ、踵を返した。今来た廊下を、足早に戻り始める。目に付いた男子便所に入ると、ようやく画面をタップした。
「もしもし」
「航平か」
 短い第一声を、鼓膜の奥で解釈する。親父の口調は硬く、抑揚がない。
「今って、学校か?」
「んだ。まだ、文化祭の最中」
「そうか」
 親父は一瞬だけ言葉を詰まらせ、淡々と続けた。
「お袋が、近所に金借りに回ってんだと。このままじゃ貧乏過ぎて、じいさんの土地取られるって。山根の奥さんが心配して、オイに連絡くれてや」
 山根さんは、隣人の気の良い老夫婦だ。ばあちゃんが何かをやらかすと、いち早く連絡をくれる。でも、それだけだ。薬を飲ませたり、病院に付き添ったり、側で見守ってくれたりはしない。
「お袋の顔つきも、能面みたいだったらしくてや。前みてぇに何すっか分かんねぇから、様子見に帰れねぇか?」
 ポケットから振動を感じた瞬間から、こうなることは予想していた。目の前の小便器の中には、青い芳香ボールが転がっている。鼻にツンとくる臭いを嗅ぎながら、何度か咳払いを繰り返した。
「……わかった」
「悪りぃな。オイも仕事終わったら、急いで帰っから」
 電話が切れる気配を察して、用もないのに呼び止めてしまう。
「親父」
「なんや?」
「仕事、頑張って」
「おう。今日は残ったカレイの煮付けでも、持って帰っから」
 煮付けも好きじゃないけど、刺身よりは食える。俺は相槌を打ってから、電話を切った。スマートフォンを仕舞い、再び廊下に戻る。中庭に続く方向を一瞥してから、ゆっくりと目を伏せた。これから教室に戻って、荷物を取りに行かないといけない。
 こんな事態が起きるから、今日は最初から独りが良かった。途中から消えるぐらいなら、最初からいない方がマシだ。残された方の気持ちは、痛いほどよく知っている。
 二人には、後で謝りのメールを送信することに決めた。青葉さんに、ばあちゃんのことを一から説明するのは難しい。それに、何もしてくれない他人に話す義理もない。廊下を進む度に、足は自然と小走りになっていく。すれ違う生徒は多いのに、俺自身の荒い呼吸だけが両耳に響いた。全身に、薄い膜が張ってるみたいだ。便所の芳香ボールの臭いが、まだ鼻の粘膜を焦がしている。

 立ち漕ぎで、朝通った道を逆走する。二人に謝りのメールを入れてから、ばあちゃんの携帯電話に三回ほど着信を残した。それでも、未だに返信はない。金を借りに、まだ近所のインターフォンを鳴らし続けているのだろうか。彷徨う華奢な背中を想うと、ハンドルを握る手が汗ばんだ。
 淀川に架かる道を渡り、途中で国道45号線を折れた。織月の家ほど網磯漁港の側ではないけど、自宅に近づけば潮の香りが強くなる。ペダルを漕ぎ続けながら、周囲に目を凝らす。潮風に晒された平屋が点在しているだけで、寒々しい風景が広がっていた。ばあちゃんの姿どころか、人影さえ少ない。スピードを緩めながら近所を回ってみても、結果は同じだった。
 息を切らしながら自宅に辿り着くと、マウンテンバイクを乗り捨て玄関に向かった。庭先では、ばあちゃんが育てている植物が鉢に入って並んでいる。サボテン以外は枯れていて、寒空の下で生気のない葉が揺れていた。普段から見慣れている光景なのに、今はその植物たちが不吉な出来事を暗示しているような気がする。
 玄関の鍵は掛かっていなかった。ドアを開けて、足元に目を落とす。三和土には、茶色の靴が転がっている。ばあちゃんは家にいる筈なのに、室内はさっきの図書室のように静まり返っていた。
「ばあちゃん、家さいっかー?」
 数秒待っても返事はなく、俺の呼び声が虚しく漂うだけだ。無意識のうちに、右の指先で左手首に触れてしまう。嫌な予感が脳裏を満たしているせいか、脈は百十一回と早鐘を打っていた。
「おーい、ばあちゃん」
 叫びながら、竦む足を必死に動かした。冷たい廊下を進み、まずはばあちゃんの部屋を目指す。襖の前に立つと、苦い唾を飲み込んだ。
「ばあちゃん、入っと」
 恐る恐る覗いた室内は、朝と同じようにカーテンが閉まっていて薄闇が漂っていた。眉を顰めながら目を凝らすと、ベッドで横になる人影が見えた。身体を覆う毛布が、僅かに上下している。
「……良かった」
 思わず、安堵の溜息が漏れた。強張っていた身体から、一気に力が抜けていく。
「ばあちゃん、寝てんの?」
 悪いと思いつつも、壁に設置してある電気のスイッチを押した。室内灯の光が、昨日よりも物が散らばった部屋を照らし出す。予想外に、ばあちゃんは目を開けていた。二つの虚ろな瞳が、天井を見据えている。
「起きてんなら、返事ぐらいしてや」
 その後、すぐに息を吞んだ。シワが寄った目尻は濡れ、染みが点在する頰には涙の跡が描かれている。天井から落ちる光が、潤んだ瞳を妙に煌めかせていた。
「もう、消えてぇ……」
 ささくれた唇が、僅かに上下した。喉から絞り出すような声ではなく、耳打ちするような囁き。そんな頼りない声でも、室内に漂う空気が一気に冷たさを増した。俺は敢えて、明るい口調で言った。
「今日親父が、カレイの煮付けを持って帰ってくるって。それ食って、元気出すべ」
 カレイの煮付けで、救える命なんてあるのだろうか。そんな疑問を押し殺しながら、沈黙を怖がって言葉を探す。
「この部屋、寒くね? これじゃ、風邪引くど」
「もう、どうでもえぇ……」
「暖房付けっからな。リモコン、どこさあんの?」
「……ちゃぶ台の下」
 意識して、簡単な質問を繰り返す。うつ状態が酷くなっていくと、返答の速度が異常に遅くなったり、会話自体が成立しなかったりすることも多い。今はなんとか、意思疎通を図ることはできそうだ。俺はリモコンを手に取るため、ちゃぶ台の下を覗き込んだ。そこには、古新聞で作った小物入れが置かれていた。中には、爪切りや綿棒が入っている。
「ばあちゃんさ、ここ数日は紙でゴミ袋とか作ってねぇべ?」
 返事はない。それでも、一方的に続ける。
「昔は駄賃の十円目当てやったけど、俺もよく手伝ってたべや。憶えてっか?」
 リモコンを手に取り、暖房のスイッチを入れた。再びベッドの方へ顔を向けると、俺の質問とは全く関係のない嚙み合わない内容が聞こえた。
「……土地っこ取られて、もう破産すんだ」
「そんなことねぇよ」
「終わりや……家から何から全部差し押さえられて、路頭に迷うんだもの」
「大丈夫だって、それは思い込みだから」
「航平、ごめんなぁ……全部、ウチのせいや……」
 潤んだ瞳を黙って見つめた。ばあちゃんの的外れな謝罪が、胸の奥に波紋を広げていく。
「本当、生きてるのが申し訳ねくて……」
「何それ。どっかの小説家みたいなこと言ってんな」
 無理して軽口を叩いたつもりが、その作家は入水自殺で亡くなったことを思い出す。そんな事実から気を逸らそうと、ちゃぶ台の上に置かれたティッシュ箱に手を伸ばした。
「泣くことねぇって」
 薄いティッシュで涙を拭うと、指先が湿った。
「大丈夫だって。何も謝ることなんてねぇから」
「航平に、この辛さはわかんねぇの……もう、死んだ方がマシや」
 冷水を、耳の中に流し込まれたような感覚を覚えた。確かに俺は、死にたいと口にする気持ちはわからない。同じようにばあちゃんも、死にたいと聞かされる相手の気持ちはわからないんだろう。エアコンから吹き始めた温い風が、何かをパラパラと捲る気配を感じた。音のした方を探ると、ばあちゃんが加入している生命保険会社のパンフレットが床に放置されていた。確か昨日まではなかったから、今日引っ張り出したんだろう。紙面から覗く『一生涯』や『死亡保障』という文字は、背中に嫌な汗を滲ませる。俺は迷いながらも、一つの選択をした。
「話せるうちに、病院さ行くか。今からだったら、まだ間に合うしや」
 抑うつ症状が悪化していくと、ばあちゃんは動くことができなくなる。意識はあるように見えるけど、そんな時は話し掛けても応答することはなかった。主治医曰く、それを『昏迷』と呼ぶらしい。自発性や意識が著しく低下した状態で、外部の刺激に反応しなくなる場合があると説明された。
「また身体が固まったら、ばあちゃんも辛いべ?」
 冗談めいた口調じゃないと、漠然とした不安に吞み込まれてしまいそうだった。起き上がることを促すように、毛布を捲る。細い脚は綿のズボンを穿いていたけど、股間の生地が濡れて色が濃くなっていた。遅れて立ち上った尿臭が、鼻先に漂う。
「まずは、ズボンと下着を替えっか」
 失禁しているとは口に出さず、桐タンスから着替えを取り出した。ばあちゃんが漏らし始めると、症状が更に悪化する場合が多い。医学的な因果関係なんて説明できないけど、いつも側で寄り添っている身としては経験から知っていた。
「とりあえずシャワーで、ザッと綺麗にすっぺ」
 手を引いて、ベッドから起き上がらせた。それから短い廊下を通り、風呂場を目指す。
「ちょっと、待っててや」
 ばあちゃんを手前の脱衣所で待たせ、俺だけ風呂場に入った。シャワーから湯が出るまでは、数分掛かる。下を脱いだまま、冷たい浴室に立たせるのは気が引けた。手でシャワーの温度が変わるのを確認しながら、空の浴槽をぼんやり眺める。気付くと視界の焦点は霞み、最近考えてしまう空想が脳裏を満たした。
 湯を張った浴槽の中で、カツオノエボシが浮かんでいる。その生物は気儘に水面を彷徨い、あるタイミングで裸のばあちゃんに触手を伸ばした。シワが寄った目元は一瞬だけ見開き、うめき声が風呂場に反響する。それから華奢な身体は手足をバタつかせ始め、ある瞬間を境に浴槽の底へと沈んでいく。水面に残っているのは美しいブルーと、ばあちゃんの肺から漏れた気泡だけ。
 メガネのレンズが曇り、シャワーが湯に変わっていることに気付いた。こんなイカレた空想を描いてしまうのは、ミステリ小説の読み過ぎかもしれない。曇ったレンズを制服の袖口で拭ってから、背後を振り返る。
「ばあちゃん、もういいよ」
 また謝罪を繰り返す声が聞こえる。俺はシャワーを出しっ放しにしたまま、風呂場から這い出した。
「ほれっ、パンツとズボン脱いで」
「ごめんなぁ……申し訳ねぇ……」
「謝る前に、ちゃっちゃっと洗ってや」
 脱衣所の掛け時計は、いつの間にか十三時を過ぎようとしていた。ばあちゃんの動作は、電池が切れる寸前の玩具のように緩慢だ。こんな調子じゃ、十五時に間に合わない。仄かな焦りが、風呂場から漂う湯気に交じった。
「俺も、手伝っからや」
 以前も、症状が酷い時は下の世話をしたことがあった。手際よく、濡れたズボンと一緒に下着のパンツをずり降ろす。枯れ草のような陰毛から、無言で目を逸らした。

 石巻方面に向かう電車に乗り込むと、ばあちゃんを優先席に座らせた。まだ学校では文化祭の最中だけど、俺のように抜け出した生徒と鉢合わせする可能性だってある。そんな偶然を恐れながら、顔を隠すように俯いた。
 三つ先の駅で下車し、再び寒空の下を歩き出す。駅から離れたのを確認して、やっと一つ息を吐いた。
「親父と病院には、もう連絡してあっから。今日は外来に、細貝先生がいるってよ」
 主治医の細貝先生は、真面目で優しい人だ。多くを説明しなくても、ばあちゃんの症状をわかってくれる。こんな風に緊急で外来に出向くと、面識のない若手の医師が診察をすることもある。過去には気持ち程度の頓服薬を処方され、帰宅を促されたこともあった。
「もし入院ってなったら、週明け親父が面会に行くって」
 十分ほど道なりに進むと、白い大きな建物が前方に見え始めた。古くからこの近辺の精神科医療を担っている病院の外観は、お世辞にも綺麗とは言えない。白い外壁は雨垂れの跡が残り、薄汚れている。それでも、歴史が滲んだ建物は頼もしく思えた。
 外観とは違って清潔な外来で受付を済ますと、すぐに二番診察室に呼ばれた。冷たい手を引きながら『2』と表示してあるドアを開ける。その先で、白いコートを羽織った細貝先生が笑みを浮かべて座っていた。
「松永さん、こんにちは。今日はどうしました?」
 ばあちゃんは近くの丸椅子に腰を下ろすと、俯きながら口を開いた。
「金なくて……申し訳なくて……もういっそ消えた方が……」
 途切れ途切れの声が、窓のない診察室に漂う。細貝先生は相槌を挟みながら、短い質問を繰り返した。
「最近、眠れてます?」
「……眠りは浅いです」
「ご飯は、ちゃんと食べてますかね?」
「……どうやろ」
「さっきお金が無いと仰ってましたが、何か具体的な取り立てにあってるとか?」
「それは……まだ……」
 俺は診察室の端に立ったまま、ばあちゃんの横顔を見つめた。目元は落ち窪み、頰はこけて濃い影ができている。毎日顔を合わせている筈なのに、数ヶ月前よりも瘦せていることに今気付いた。二つのレンズ越しに、俺は一体何を見てたんだろう。
「今日の松永さんは、特に気分が落ち込んでいるようですね?」
「はい……」
「自分自身を責める気持ちや、普段より不安が強くなっているように見えますし」
 ばあちゃんが僅かに頷いた。そんな些細な仕草でも億劫そうだ。細貝先生は電子カルテに何かを打ち込むと、途中で手を止めた。
「さっき消えたいと仰っていましたが、具体的に自殺を考えたりすることは?」
「土地を取られる前に……死んで金を残そうと」
 ばあちゃんの部屋で見た生命保険のパンフレットを思い出す。細貝先生は「辛かったですね」と短く返し、再びパソコンのキーボードを弾きながら告げた。
「抑うつ気分が強まってますし、希死念慮も再燃しているようですね。今日から入院して、ゆっくり休まれるのはどうでしょう? お薬の調整も必要だと思います」
「はい……」
「それでは前回と同様、3B病棟に任意入院で。主治医は変わらず私です。改めて、よろしくお願い致します」
 細貝先生がパソコンを操作すると、近くのプリンターから何枚かの書類が吐き出された。
 ばあちゃんの受診に付き添うようになって知ったが、精神科病院への入院形態は幾つか種類がある。今告げられた任意入院の場合は、患者本人が入院に同意する必要があった。
「早速、入院書類の説明に移ります」
 細貝先生は、取り出した書類をこちらに見えるように掲げた。
「今回の入院は松永さんの同意に基づく、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第二十条の規定による任意入院です……」
 規則で決まっているのか、書類に記載された内容が最初から読み上げられていく。
「治療上どうしても必要な場合には、あなたの行動を制限することが……」
 徐々に細貝先生の声は遠くなり、青い餃子に似た生物が頭の中を揺蕩い始めた。丸椅子に座る背中に、猛毒を含む触手が伸びていく。それは幻だと気付いていても、目を閉じることはしなかった。
 幾つかの書類にばあちゃんが時間を掛けてサインをすると、外来に病棟看護師が顔を出した。
「あらー、松永さん、久しぶりね」
 その看護師の顔には見覚えがあった。前回の入院で、ばあちゃんの専任看護師だった人だ。確か名前は、奥山さん。母が生きていれば、同じぐらいの年齢かもしれない。
「航平くんも、久しぶり」
「うっす。どうも……」
「早速なんだけど、今日は入院に必要な私物って持ってきてる?」
「いえ……なんも。週明けに親父が顔出すんで、下着とかはその時に持ってくると思います。それまでは、入院セットを出して下さい。それと病衣も契約します。あと、オムツも」
 一気に早口で告げた。入院セットは、歯ブラシ、コップ、シャンプー、ボディソープを指す。急に入院が決まった場合、最低限の日用品を病棟から購入することができた。親父が来るまで下着の替えはないけど、パンツタイプのオムツで代用するしかない。失禁が続く恐れがあるし、汚れた下着よりそっちを穿いていた方が清潔だ。
「緊急連絡先とかは、前回の入院と変わってないかな?」
「そうっすね。何かあったら、親父に連絡して下さい」
「了解。それじゃ、病棟に上がろうか」
 奥山さんがシワの寄った手を引き、エレベーターの方へ歩き出した。これから病棟に着いたら、最近のばあちゃんの様子を幾つか質問されるだろう。二人の後ろ姿を見据えながら、伝えるべき情報を脳裏で整理した。
 エレベーターに乗り込むと、奥山さんが三階のボタンを押した。扉が閉まる音に、労うような声が重なる。
「航平くんは、偉いね。いつも受診に付き添ってくれて」
 身体の奥底から気泡が一つ湧き上がり、音も立てず割れた。そんな言葉を掛けてほしい訳ではない。だからといって、どんな内容を求めているのかもわからなかった。
「家族なんで、当たり前のことっす」
 自然と、いつも口にしている返事が零れ落ちた。またあの美しいブルーを思い出しながら、上昇する階数表示をぼんやりと目で追った。

 病院の敷地から歩道に出ると、気怠い疲労が両足を重くさせた。地面に伸びる影さえ引き摺るように、駅を目指す。電車に乗り込んだ後は、目に付いた空席に素早く腰を下ろした。行きと違って、周囲に気を留める余裕なんてない。たった三駅分の乗車時間だとしても、少しだけ瞼を閉じていたかった。
 結局眠ることはできないまま、電車を降りた。自宅に向かって歩く途中で、海苔の養殖や販売で有名な水産業者のトラックとすれ違った。ばあちゃんは沿岸部の直売所で売っている、生海苔の佃煮をご飯に掛けて食べるのが好きだった。病院食じゃ、その好物は出ないだろう。
 俺がさっき受診の判断をしなかったら、まだばあちゃんは自室の布団で横になっていたかもしれない。大好きな生海苔だって、好きな時に食べられた。とてつもなく残酷な決断が、段々と自分を責める罪悪感に変わっていく。思わず俯いてしまうと、制服のポケットから振動を感じた。スマートフォンを取り出して、画面を確認する。着信の相手は、親父だった。
「……もしもし」
「おう。お袋は、どうやった?」
 そのまま任意入院になったことを手短に報告した。親父は何度か相槌を挟んだだけで、ばあちゃんを心配する言葉は聞こえてこない。
「病棟には、週明け親父が顔出すって伝えたから」
「そうか。まぁ、しゃぁねぇな」
 その声は僅かに弾んでいた。正直、責めることはできない。俺だって病院に着いた時は、肩の荷が下りたような感覚を覚えてしまった。
「んで、そういうことだから」
 電話を切ろうとすると、スマートフォンから「航平」と呼ぶ声が届いた。
「何?」
「お袋は無事入院したし、今日ちょっと寄って帰るな」
 半笑いの口調から、寄るのは病院ではなく飲み屋だと察した。
「車、どうすんの?」
「代行さ頼む。あんま遅くなんねぇように、すっから」
「……わかった」
「んで、戸締り忘れんなよ」
 子どもに対する義務のような忠告を最後に、電話が切れそうになった。今度は、俺が引き止める。
「そういや、煮付けは?」
「また今度な。その日に食わねぇと、腹下すど」
 唐突に、通話が切れた。数秒だけ不通音に耳を澄ませてから、冷たいスマートフォンを制服のポケットに仕舞う。何故、好きでもない煮付けに拘ってしまったのか不思議だ。上手く言葉にできないもどかしさを無視しながら、自宅に続く寒々しい路地を曲がった。
 家に着くと、庭の物干し竿に顔を向けた。吊るされた全てのバスタオルはゴワつき、親父のスウェットは目を詰まらせながら硬くなっているのが触れなくても伝わる。ハンガーに通されたババシャツは、灰色の空と妙に似合っていた。二日間も干しっ放しの洗濯物には、太陽の香りよりも潮の匂いが染み込んでいるんだろう。
「……生乾きよりは、マシや」
 言い訳のような独り言を、潮風が攫っていく。玄関の鍵を取り出したタイミングで、唐突に背後から自転車のブレーキ音が響いた。
「おばんでがす。『大浜飯店』です」
 冗談めいた口調で、俺たちも使わない方言交じりの挨拶が聞こえた。驚いて振り返ると、郵便受けの真横で、細い足が岡持ち付きの自転車から降りるところだった。
 青葉さんが何故ここにいるのかわからず、目を丸くした。彼女がこちらに近寄って来た途端、不意に模擬店のチケットが脳裏を過る。俺は慌てて、頭を下げた。
「すみませんでした……勝手に帰っちゃって」
「気にしないで。それより小羽から聞いたんだけど、お祖母様が大変だったね」
 青葉さんは片手にビニール袋をぶら下げていた。カサカサと揺れる音が、はっきりと鼓膜を揺らす。
「いえ……家族のことなんで、当たり前っす」
 自然と目を伏せた。この後、相手が口にする言葉は大体決まっている。
 受診に付き添って偉いね。
 家族のお世話をして偉いね。
 航平くんは優しいね。
 数々の的外れな言葉が、胸に開いた穴を通り抜けていく。別に好きでやっている訳ではない。消去法で、俺の役割になっているだけだ。それに、全然優しくなんてない。頭の中では、ばあちゃんを何度も殺している。
「当たり前ではないでしょ。家族の都合で、文化祭も早退してる訳だし」
 聞き間違いのような気がして、顔を上げた。目の前に立つ切れ長な一重は、真っ直ぐに俺を見つめている。
「大人が受診に付き添うべきね。君の役目じゃない」
「でも……家のことなんで」
「そりゃ、全く手伝いをすんなとは言ってないけどさ。物事には程度があるから。今の君には、もっとやるべきことがあるでしょ」
 言い切る口調の後、ビニール袋が差し出された。
「例えば、青春の一ページを楽しむとか」
 受け取って中を覗き込むと、冷えたソースの香りを鼻先に感じた。
「時間が経ってるから、チンして食べてね」
 やっとここに来た理由がわかり、曖昧に頷いた。空腹や感謝より先に、胃の中に仄かな怒りが滲む。
 何も、知らないくせに。
 苛立ちを顔に出さないよう、密かに奥歯を嚙み締めて平然を装った。青葉さんの言葉は、優しくて真っ当な正論だった。裏を返せば、他人が気まぐれに放つ同情。口先だけの内容が、不快に耳の中で渦を巻く。
「俺ん家は、ずっとこうなんで」
 話を切り上げる合図のように、軽く頭を下げた。視線の先では、生気のない植物たちが並んでいる。もう何をやっても、葉に緑が戻ることはないような気がした。
「美談で片付けたくないのよ。君たちが、していることを」
 潮風に搔き消されそうな声を聞いて、枯れそうな葉から目を離した。
「小羽のママさんから聞いちゃったんだけど、同じ病院に通ってるんでしょ?」
「まぁ……そうっすね」
 掠れた声で返事をすると、世間話でもするように青葉さんは続けた。
「因みに、訪問看護は導入してるの?」
「そういうのは、特に……」
「お祖母様は、身体的な介護が必要な状態?」
「……基本的には必要ないです。今日も近所を歩き回ってたみたいだし」
「調子が悪い時に、受診を嫌がって抵抗したりは?」
「そういうことも、特に無いです……さっきも素直に家を出たんで」
 青葉さんは真剣な表情で幾つか質問を繰り返すと、何かを思案するように宙を見上げた。視線を追っても、さっきと変わらない寒空が広がっているだけだ。
「君のおばあちゃんは自立してそうだし、現行のサービスでは自費になるかな」
「えっと……何が?」
「受診の付き添い。だから今度何かあったら、わたしが協力するよ」
 青葉さんの話が、ようやく結論らしきものに辿り着いた。「勿論、ボランティアでね」という言葉が付け加えられても、燻った怒りは消えない。
「別に大丈夫っす。他人に、頼めるようなことでもないし」
「でもさ、病院にいるスタッフも地域でサポートする人も、基本的には赤の他人でしょ?」
「まぁ……そうすっけど。とりあえず、身内のことは自分たちでなんとかしますんで」
「それって、どうなんだろ。個人的には、多くの人を頼った方が良いと思うけど」
 心臓の鼓動が速くなり、いつものように脈拍を確認したくなってしまう。青葉さんの言葉の全ては理解できなかったけど、今までの他人とは違う意見ということは伝わる。彼女は口元から八重歯を覗かせると、ビニール袋に目を向けた。
「焼きそばの下に、生餃子も入ってるから。お得意様への賄賂として」
「賄賂って……」
「とにかく気が変わったら、小羽にでも連絡して。わたしに繫いでもらうからさ」
 青葉さんはそう言い残し、背を向けた。改めてビニール袋の中に目を凝らすと、焼きそばの下にもう一つパックが入っていた。プラスチック容器から覗く生餃子の形は、あの生物と瓜二つだ。餡を包む白い皮が、脳裏で半透明なブルーに変換されていく。
「やっぱり、カツオノエボシに似てる」
 思わず呟いた声に反応して、青葉さんが再びこちらを振り返った。
「カツオの煮干し?」
「いえ……カツオノエボシっす。そういう名前の生き物がいるんすよ。全身が半透明のブルーで、クラゲみたいな」
「へぇ、知らなかった。海に浮かんでたら、綺麗ね」
「でも、触っちゃダメっすよ。触手に猛毒があるんで」
「えっ、危険じゃん」
 時化の海のように、胸の中は波打っている。俺自身のために今この感情を吐き出さないと、正気を保てない予感が脇の下に汗を滲ませた。空想の中だけの殺意は、もう手に負えなくなっている。誰だって良い。受け止めてほしくもないし、軽蔑されたって構わない。
「ばあちゃんって、調子が悪くなると『消えてぇ』とか『死にてぇ』って口にするんです。何度も何度も」
 青葉さんの顔から、スッと表情が消えた。
「最近、思うんすよ。だったら、俺が殺してやるよって」
 結局、俺もばあちゃんと同じで身勝手だ。黒い告白を聞かされる相手のことを、考える余裕なんてない。
「俺、ミステリ小説が好きなんで、試しに完全犯罪の計画を練ってみたんです」
 ばあちゃんを頭の中で殺すと、どうしてか動悸が和らぐ瞬間があった。一人で考えた完全犯罪を、早口で言葉に変える。揺蕩う美しいブルーが裸のばあちゃんに触手を伸ばし、枯れ枝のような身体が浴槽の底に沈む。言葉で伝えると、脳裏を巡る映像がより鮮明になっていく。
「ばあちゃんの頭が、ぼんやりしている時を狙うんす。浴槽にカツオノエボシが浮かんでても、気付かないと思うんで」
 声に出せば、少しは気が晴れると思っていた。イカレた空想をいくら喋っても、口の中が乾いていくだけだ。
「上手くいけば、不慮の事故で処理されると思うんすよね」
 全てを話し終えると、余計胸の中が濁っていることに気付く。入院が本当に必要なのは、俺の方なのかもしれない。
「警察は、そんなに甘くないよ」
 ずっと相槌も打たなかった青葉さんが、ようやく口を開いた。
「そもそも、その生き物はお湯に入れて大丈夫なの? 茹っちゃうような気がするんだけど」
「えっと……ソイツが死んでも、触手には毒が残るんで。刺激に反応して『刺胞』って呼ばれる毒針が発射されます」
「その毒自体は、お湯の熱に弱くはないの?」
 毒の成分はタンパク質性らしいけど、無効化する温度までは知らない。言葉を詰まらせて目を伏せる。それでも、青葉さんの指摘は止まらなかった。
「そもそも浴室にそんな危険生物がいること自体が不自然だし、毒の強さだってよくわかんない」
 うるせぇよ。
「死因は飽くまで溺死にしたいみたいだけど、刺されてすぐなら自力で浴槽から這い出れそうだし」
 うるせぇって。
「とにかく他の部分も、完全犯罪には程遠いかな」
 尤もな言葉で諭される前に、顔を上げた。眉間に力を入れ、美しい顔立ちを睨みつける。感想も、意見も、正論も、求めてはいない。適当に聞き流してくれる相手さえいれば、それで良かったのに。
「もう一回、やり直しね。次はもっと完成度を上げてから教えてよ」
 眉間から力が抜けた。青葉さんは冷たい眼差しを浮かべたまま、口元を緩ませている。戸惑いながらも、素直な疑問が口を突いた。
「もっと……まともなことを言われると思いました」
「ごめんねぇ、ミステリ小説は読まないから」
「そうじゃなくて……そんなことは考えるなって」
 強い潮風が吹いて、青葉さんの髪の毛が乱れた。どうしてか、その風からは冷たさを感じない。
「ダメよ。人を殺しちゃ」
「今更、そんなこと言っても遅いっすよ」
「だよね」
 再び、口元から八重歯が覗く。青葉さんが浮かべた苦笑いは、あのババシャツと同じで寒空とよく似合っていた。
「そのカツオの煮干しってさ、漁港にもいるの?」
「カツオノエボシっす……多分、いないと思います。普通は熱帯の海に生息してるらしくて。ただ……偶にこの辺の浜辺にも、漂着するって聞いたことはあります」
 通常、カツオノエボシは温かい海に生息しているらしい。偶に太平洋を流れる黒潮に乗って波打ち際に漂着する奴もいるようだけど、それも時期は限られている。
「近くに、浜辺ってあったよね?」
「まぁ、はい……」
「だったら、探しに行ってみる?」
 冗談かと思ったが、切れ長の瞳は真剣な光を宿している。俺は、迷わず首を横に振った。
「絶対、いないですって。漂着するのは、お盆頃みたいだし」
「そうかな? 一匹ぐらい、はぐれた奴がいるかも」
「時間の無駄っすよ」
「でもさ実物を見てみないと、ちゃんとアドバイスできないから。完全犯罪を、成し遂げたいんでしょ?」
 俺の返事を待たずに、青葉さんは手招きをしてから背を向けた。徐々に遠ざかっていく後ろ姿を睨みつけ、深く息を吸う。
「これから、ばあちゃんが漏らしたシーツを洗濯しないといけないんで」
 細い脚が止まった。振り返った美しい顔立ちは、何処か遠くを見るように目を細めている。その表情は、寂しそうだった。
「ごめんね。わたしが強引だった」
「いえ……焼きそばと餃子、ありがとうございました」
 一応頭を下げて、玄関の方に顔を向けた。鍵穴を見据えた瞬間、強い潮風が吹いてビニール袋がカサカサと鳴った。
「本当の意味で、家族は支援者になれないと思うよ」
 潮風に乗って淡々とした声が届く。鍵穴に伸ばす手が止まった。
「結局、家族は家族のままだから」
 聞こえなかった振りをしながら、鍵穴を回す。何かが嚙み合う乾いた音が、耳に残った。
 台所のテーブルにビニール袋を置いて、すぐにばあちゃんの部屋に向かった。湿ったシーツを乱暴に剝ぎ取り、尿が染み込んだ衣類ごと洗濯機の中に放り込む。スタートボタンを押すと、辺りに派手な音が響き始めた。
 洗濯機の中で回転する衣類のように、さっきの言葉が脳裏でぐるぐると渦を巻く。青葉さんの言うことが正しいなら、今日俺がしたことは何なんだろう。家族が本当の意味で支援者になれないなら、一体誰がこの生活を支えてくれるのだろうか。様々な疑問を繰り返しながら、何も握っていない掌に目を落とした。豆腐のように柔らかい手の感触が、まだ残っている。
「やべっ……洗剤」
 ストップボタンを押して、入れ忘れた粉洗剤を洗濯槽の中に散らした。今は疲れ過ぎていて、難しいことは考えたくない。
 二階に登るのも億劫で、居間のソファーにそのまま倒れ込む。暖房のスイッチを押すと、外とは違う温い風がすぐに眠気を誘った。

 お酒の臭いを感じて、ゆっくりと目を開けた。霞んだ視界の向こうで、頰を赤らめた親父が俺を見下ろしていた。
「こんなとこで寝てたら、風邪引くど」
 ぼんやりとした頭で、大きな欠伸だけを返す。メガネを掛け直し時刻を確認すると、もう二十二時を過ぎている。いつの間にか、寝入っていたようだ。着ていた制服には、多くのシワが寄っている。
「航平、今日はお袋のことありがとな」
 今更と思いながらも、目を擦りながら呟く。
「……週明け、面会に行ってや」
「おう。医者とも話してくっから」
 俺は上半身を起こし、後頭部にできた寝癖を何度か摩った。寝起きの気怠い時間をやり過ごすように、目頭を揉む。既に、病棟内は消灯している頃だ。ばあちゃんは昨日とは違うベッドに横になりながら、今何を考えているんだろう。金が無くなり、全てを失うことに怯えながら瞼を閉じているのかもしれない。死にたい気持ちに取り憑かれ、虚ろな眼差しを病院の天井に向けているのかもしれない。生まれてから多くの時間を一緒に過ごしてきた筈なのに、幾ら考えてもばあちゃんのことが何もわからない。家族なのに。それとも、家族だからだろうか。
「……ばあちゃんのこと、やっぱり俺らが何とかしなきゃダメだよな?」
 短い沈黙の後、親父は皮脂でてかる顔を緩ませた。口元には、笑みを浮かべている。
「あたりめぇだべ。家族なんだから」
「……だよな」
「お袋は、この家に思い入れが強えからな。できるだけ入院したり、施設に入ったりしたくはねぇと思うし」
 親父の無遠慮な声が、暖房の効き過ぎている居間に漂った。手を引いて病院に連れてったのは、俺だ。口には出せない罪悪感が、心臓を緩やかに締め付ける。また鼓動が速くなるのを感じた。
「航平、メシは食ったか?」
「まだ……帰ってから、寝てたし」
「相変わらず、食が細せぇな」
 親父は酔っているのか、無邪気な笑みを浮かべたまま絡んできた。俺は鬱陶しさを隠すのが面倒で、逃げるようにソファーから立ち上がった。
「今から、食うって。台所に焼きそばと餃子あっから」
「美味そうやな。文化祭のか?」
「焼きそばだけ。餃子は『大浜飯店』の姉ぇちゃんから貰った」
 タイミング良く、制服の下で腹が鳴った。台所に向かおうとした瞬間、背中に尖った声が突き刺さる。
「餃子は、絶対食うな」
 振り返ると、親父の表情は一変していた。眉間にはシワが寄り、陽気な気配は消え去っている。赤らんでいた頰も、一瞬で血の気が引いたように青白い。
「なして?」
「いいから。腹減ってんなら、オイが何か作っから。確か袋麵があったべ?」
 酔っ払いの戯言とは思えないほど、その口調には真剣さがあった。全く意味がわからず、今度は俺が眉を寄せた。
「捨てんのは、勿体無ぇべや」
「んだけど、やめとけ」
「だから、なして?」
 親父は深い溜息を吐いてから、脂ぎった顔面を何度か勢い良く両手で擦った。
「餃子に、毒入ってかもしんねぇぞ」
「毒? 親父、相当酔ってんな」
「もう酒は抜けてっから。これは、真面目な話や」
 聞いたことがないような、冷たい声だった。親父は台所の方を一瞥してから、重い口を開いた。
「吞みの席で、聞いたんや。あの女は人殺しやって」
 全く予想していなかった内容に、動きが止まった。寝起きの頭を抜きにしても、理解が追いつかない。
「何入ってるかわかんねぇから、餃子は捨てろ。あと、もう『大浜飯店』から出前頼むんでねぇぞ」
「それって……マジ?」
「んだ。マジのマジや。死にたくねがったら、絶対に食うなよ」
 親父は吐き捨てるように告げると、足早に居間から出て行った。少し遅れながら後を追う。広い背中が台所に消えると、すぐにゴミ箱の蓋を開ける音が響いた。
 親父は『賄賂』と一緒に焼きそばまで捨てると、無言でラーメンを作り始めた。鍋の水が沸騰していく様を見つめる眼差しは、居間にいた時よりも険しく不機嫌だ。俺は青葉さんに関するあれこれを一度飲み下し、湯気で霞む横顔を見据えた。
「ラーメンできるまで、洗濯物を取り込んでくっから。あと、郵便物も溜まってたし」
「おう。頼む」
「卵とソーセージ入れてや。ネギはいらんから」
「野菜もちゃんと食え。ネギの他にも、しいたけともやしを入れっからな」
「しいたけは、マジでいらんって」
 子どもらしい演技をしてから、台所を離れた。親父が話したことは、本当だろうか。美人への陰湿なやっかみにも思えるけど、火のないところに煙は立たないような気もする。明確な答えを出せないまま、汚れたスニーカーを履いた。このことは織月には教えない方が良いだろう。真偽が解らないままじゃ、物静かな美人はまたきっと不機嫌になる。住田も口を滑らせそうだから、アイツにも秘密だ。
 外に出ると、寒さで肩を震わせながら物干し竿の方に向かった。吊るされたままの洗濯物は、夜露に濡れて湿っている。ハンガーや洗濯バサミを一つ一つ外している途中で、まだシーツが洗濯機の中にあることを思い出した。深い溜息を吐いてから、何気なく夜空を見上げる。星は一つもないけど、薄い月明かりが両目に滲んだ。
 取り込んだ洗濯物を玄関前の廊下に一度放置して、再び外に出た。昼間と同じように人通りがない車道を一瞥してから、郵便受けの中を確認する。
「ん?」
 パチンコ店のチラシやガス点検のお知らせに交じって、小さな石のようなものが入っていた。首を傾げながら、それを摘み上げる。目を凝らすと、仄かな月明かりが指先に灯る青を照らした。最初は石だと思ったけど、磨りガラスのように半透明だ。どこを触っても角はなく、表面は妙にザラついている。この独特な感触には覚えがあった。
 多分、これはシーグラスだ。海に捨てられた瓶が割れて、そのガラス片を波が穏やかに削った品物。
『波打ち際には、宝石が落ちてるんや』
 不意に、いつかのばあちゃんの声を思い出す。俺が小さい頃、シーグラスを探しによく浜辺まで一緒に出掛けた。色褪せた記憶を辿りながら、美しい青に目を細める。突然、脳裏で何かが嚙み合った。
「これは、カツオノエボシじゃねぇよ」
 独り言は白い息に変わり、東京とは違うらしい夜の闇に消えていった。青葉さんが浜辺で目を凝らす姿を思い描いてから、美しいブルーを制服のポケットに仕舞った。あの人の真実は知らないけど、俺の中で燻っていた殺意が綺麗なガラス片に変わったのは事実だ。
 誰にも言えなかった完全犯罪を、青葉さんに伝えられたのは何故だろう。夜に齧られたような月を見上げながら、白い息を吐き出す。タイミングが偶々合ったということもあるかもしれないけど、それだけじゃない。多分、少しだけ面識がある程度の他人だからだ。潮風を挟んだ心地良い距離が、あの時は確かに存在していた。
「焼き餃子にするか、水餃子にするか」
 親父が眠った後に、ゴミ箱を漁ることに決めた。パックに入ったまま捨てられていたから、中身は汚れていないだろう。生餃子の調理方法に迷いながら、手首に触れる。感じた脈拍は、凪いだ海のように穏やかだ。


♯2 一月の手紙


 先生、明けましておめでとうございます。二〇一一年も、どうぞよろしくお願い致します。
 手紙を書くのは、約三ヶ月振りぐらいでしょうか。去年の外来で、先生からの『無理をしないでね』という言葉を真に受けてしまいました。(もちろん、先生のせいではありません。結局は、わたしの筆不精に対する言い訳です)とにかく年賀状の代わりも兼ねて、久しぶりに便箋の前でペンを握っています。
 先生は知ってると思いますが、こっちは既に雪が積もっています。軒先には太い氷柱が連なり、道路は凍結して滑りやすいです。雪解けはまだ遠く、白い足跡を刻みながら毎日寒さと闘っています。先生もこっちに住んでた頃は、同じ風景を見ていたのかな? と、時折考えてしまいます。
 東京と違って厳しい寒さですが、新しく温かい服を買う気は全く起きないんですよね。わたしみたいな人間は、他人より辛い思いをするぐらいがちょうど良いと思うので。これも、病状が影響しているせいなのでしょうか? それとも、あのことに関する罪の意識がそうさせているのでしょうか?
 前回の診察では、色々とお話を聞いて下さってありがとうございました。先生は環境の変化によるストレスを心配して下さいましたが、なんとか大丈夫です。夜は眠れてるし、生理前も死にたい気持ちが強くなることはありません。ただ、時々落ち込むことはあります。理由は色々とあって……全て書くと便箋が足りなくなりそうなので、次回の診察の時にでもまとめて話しますね。
 振り返ると、先生の故郷に来て約三ヶ月が経ちました。毎日注文を取って、料理を運んで、お皿を洗って、出前に向かって、石を削って。同じことを繰り返す日々ですが、東京にいた頃よりも充実しています。今は東京から離れているだけで、気が紛れます。
 先日お客さんに、あのことを訊かれてしまいました。どこでどう噂に尾ひれが付いたのかは知りませんが、わたしは痴情のもつれから恋人を毒殺した女のようです。そのお客さんは相当酔っていて、殺害に使用した毒の種類や、刑務所での暮らしを矢つぎ早に質問してきました。わたしは俯きながら、何も答えられませんでした。だって、何一つ経験していませんし。そのお客さんを、責める気はありません。人の命を奪うということは、許されることではありませんもんね。それは身に染みて、わかっているつもりです。
 新年早々、暗い内容ばかりを綴ってしまいました。最後は、明るい話題で締めたいと思います。
 基本的には繰り返しの日々ですが、こっちの高校生たちと話している時間はとても楽しいです。友だちとまでは言えないけど、漁港の側に住んでいる女の子とは特に仲が深まったような気がします(わたしが強引に通い詰めたせいですが……笑)。
 彼女とは、週に何度か一緒に料理を作ったり、くだらない話をしながら洗濯物を畳んだり、散歩に出掛けたり、石細工を一緒に作ったりしています。この前の外来の時にも話しましたが、彼女が通う学校の文化祭に誘ってくれたことは良い思い出です。わたしは学校行事に殆ど参加したことがなかったので、何周か遅れて青春を味わったような気分がしました。それに彼女の友だちとも、顔見知りになったんですよ。その中の一人に、心優しい文学少年がいます。彼は特にミステリ小説が好きで、今はわたしを殺すための完全犯罪を考えてもらっています。なんだか物騒に聞こえますが、実際はお互いあーだこーだ言って楽しんでいます。彼の考えるトリックは大胆で独創性があるけど、素人目から見ても首を捻る箇所が多々ありますので。いつか完璧な方法に辿り着いて、わたしをちゃんと殺してほしいものです。
 書き始めると、また長くなってしまいました。とにかく今日も、わたしは寒空の下で生きています。

 PS 石細工に関しては、段々と上達してきました。この前は輪切りのリンゴを御影石で作ったんですよ。漁港の女の子に見せたら『リンゴ以外も作ったら?』と、言われてしまいました。次は、ウサギの飾り切りをしたリンゴに挑戦してみます。耳の部分が難しそうです。



藍色時刻の君たちは
前川 ほまれ
東京創元社
2023-07-28


■前川ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986年生まれ、宮城県出身。看護師として働くかたわら、小説を書き始める。2017年『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』で、第7回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』は第22回大藪春彦賞の候補となる。その他の著書に『セゾン・サンカンシオン』がある。