これがデビュー作とは思えない描写力で思わずのめりこんだのは、青波杏(あおなみ・あん)『楊花(ヤンファ)の歌』(集英社 一六〇〇円+税)だ。小説すばる新人賞受賞作である。
リリーはなぜ厦門にたどり着き、なぜ反日側にいるのか。彼女自身の複雑な半生や、ルーツもさまざまな女給仲間の人間&人生模様を盛り込みつつ、暗殺事件の行方が描かれていく。……と思いきや、日本軍に侵略された台湾で生きる少女の物語が挿入され、この時代の東アジアの過酷な歴史が掘り下げられていく。そうした要素のすべてが結びつく終盤には胸が熱くなり、著者の物語構築力に圧倒された。戦争に翻弄(ほんろう)されたさまざまな立場の女性たちの思いが伝わってくると同時に、学校の授業ではそこまで掘り下げられない東アジアの現代史を学び直し、かつ、さらなる興味をかきたてられる作品だった。著者は女性史の専門家で、遊郭のストライキなどを研究してきたという。この先どんな題材を取り上げ、どんなふうに描いてくれるのか、もう、期待しかない。
二篇を収録したデビュー作『私の盲端(もうたん)』も素晴らしかった朝比奈秋(あさひな・あき)の新作『植物少女』(朝日新聞出版 一六〇〇円+税)は、静かに、しかし確実に衝撃を与えてくれる作品。
四十歳手前の女性、平井(ひらい)は社会人になってから知り合った友人女性、菅沼(すがぬま)からルームシェアを打診されて話に乗る。しかし迷いもある。その年齢で女友達と一緒に住むことは、この先の結婚や出産を諦(あきら)めたも同然だから。菅沼との共同生活は心地よいものの、その後も平井の心は揺れまくる。この揺れ、同世代の多くの独身女性が実感しているだろうと思ったら、実際、本書を読んだ二十代、三十代の女性と話したところ、彼女たちの熱い感想はもはやエンドレスだった。本書を読んで、自分が漠然といま抱いている/過去抱いていた不安が的確に描かれている、と感じる読者は多いのではないだろうか。
一九四一年、厦門(アモイ)。カフェーの女給として働く日本人女性、リリーは抗日活動家の諜報員という役目を担い、ヤンファという狙撃手の女性と密(ひそ)かに連絡をとりあっている。彼女たちが狙うのは日本軍の諜報員、岸(きし)。リリーとヤンファは恋に落ちるが、ヤンファが暗殺に失敗した場合、リリーは彼女を殺さなければいけない。
リリーはなぜ厦門にたどり着き、なぜ反日側にいるのか。彼女自身の複雑な半生や、ルーツもさまざまな女給仲間の人間&人生模様を盛り込みつつ、暗殺事件の行方が描かれていく。……と思いきや、日本軍に侵略された台湾で生きる少女の物語が挿入され、この時代の東アジアの過酷な歴史が掘り下げられていく。そうした要素のすべてが結びつく終盤には胸が熱くなり、著者の物語構築力に圧倒された。戦争に翻弄(ほんろう)されたさまざまな立場の女性たちの思いが伝わってくると同時に、学校の授業ではそこまで掘り下げられない東アジアの現代史を学び直し、かつ、さらなる興味をかきたてられる作品だった。著者は女性史の専門家で、遊郭のストライキなどを研究してきたという。この先どんな題材を取り上げ、どんなふうに描いてくれるのか、もう、期待しかない。
二篇を収録したデビュー作『私の盲端(もうたん)』も素晴らしかった朝比奈秋(あさひな・あき)の新作『植物少女』(朝日新聞出版 一六〇〇円+税)は、静かに、しかし確実に衝撃を与えてくれる作品。
出産した時の脳内出血で植物状態となった母。娘の美桜(みお)は、乳児期はそんな母から乳をもらい育った。その後も母の世話をしながら、時に添い寝したり化粧を施したり、勝手気ままに接している。美桜にとって母は寝たきりが常態のため、父や祖母が語る思い出の中の自由に動いている母はピンとこない。しかし、下手(へた)に同情されるのを嫌い、友人らには母の現状は明かさないでいる。そんな美桜が中学生になったある日、〈母はかわいそうじゃない〉〈みじめじゃない〉と実感する場面に鳥肌が立った。植物状態となった本人やその周囲の人々を、安易に「お気の毒に」と感じてしまう自分を猛省した。五感を刺激する文章世界で魅了しつつ、生きること、存在すること、関わり合うことについて、根こそぎ自分の考えを改めねばと思わせる作品だった。
わかるわかるとうなずきながら読んだのは、大谷朝子(おおたに・あさこ) 『がらんどう』(集英社 一四五〇円+税)。すばる文学賞受賞のデビュー作だ。
四十歳手前の女性、平井(ひらい)は社会人になってから知り合った友人女性、菅沼(すがぬま)からルームシェアを打診されて話に乗る。しかし迷いもある。その年齢で女友達と一緒に住むことは、この先の結婚や出産を諦(あきら)めたも同然だから。菅沼との共同生活は心地よいものの、その後も平井の心は揺れまくる。この揺れ、同世代の多くの独身女性が実感しているだろうと思ったら、実際、本書を読んだ二十代、三十代の女性と話したところ、彼女たちの熱い感想はもはやエンドレスだった。本書を読んで、自分が漠然といま抱いている/過去抱いていた不安が的確に描かれている、と感じる読者は多いのではないだろうか。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。