作品の世界を「本」という形にして表現する職業、装幀家。
装画などを、普段どのように決めているのでしょうか。
印象に残った装幀を数点取り上げ、装幀家の方々にそこに秘めた想いや秘密を伺うリレー連載です。

■アルビレオ
西村真紀子(神戸出身)と草苅睦子(山形出身)。2008年、鈴木成一デザイン室を経て設立。手掛けた作品に、辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)や本誌〈紙魚の手帖〉などがある。
http://www.albireo.co.jp/

 最近読み返した岡崎京子(おかざき・きょうこ)の『Pink』、主人公の好きな色がタイトルと知って、確かにバブル絶頂期の狂乱の色はピンクかもしれない、と納得しました。他にも、女の子が最初に夢中になる色、エッチな色、可愛い色。ピンクにサブカルのイメージを持つ人も多いでしょう。

 ピンクは他の色に比べて、良くも悪くも受け取る人に特定のメッセージを送る色だと言えるでしょう。そんなステレオタイプなイメージへの抵抗感もあり、装幀にピンクを使用する時は気を遣います。中でも蛍光ピンク(KP)は突き抜けた派手さゆえ、安直に見えないか、あざとすぎないか、などぐるぐる……。むしろピンクに固定観念を持っているのはこちらの方かも。エルザ・スキャパレリがショッキングピンクをファッションに取り入れた当時、革命的なインパクトがあったそうですが、今、ピンクのイメージはさらに多様化しているのかもしれません。

『不安なモンロー、捨てられないウォーホル』は、偉才たちのあまり知られていない心の裏側のエピソードが綴(つづ)られた本です。装幀では登場人物たちの苦悩する負の部分ではなく、その上に成り立つ栄光の方にスポットライトを当てたいと考えました。市村譲(いちむら・じょう)さんによるコミカルなイラストを着彩する際、全体をポップな色合いにして差し色にKPをチョイス。CMYKのマゼンタ版をKPに置き換えて印刷しました。ここでのKPには、ニュートラルな派手さのなかに知性も感じられます。

不安なモンロー、捨てられないウォーホル  「心の病」と生きた12人の偉才たち
『不安なモンロー、捨てられないウォーホル』
クラウディア・カルブ 葉山亜由美訳
(日経ナショナルジオグラフィック/2022年)
装画:市村譲 四六判

 時にKPは縁の下の力持ち的な盛り上げ役になってくれます。佐原(さはら)ひかりさんのロードムービーのような小説『ペーパー・リリイ』。痛みを抱えつつもたくましく疾走する登場人物を漫画家のばったんさんが見事にキャラクター化してくださいました。イラストの勢いをそのまま印刷で再現したい、そんな時はマゼンタインクにKPを混ぜることで、肌色などの暖色に透明感が出て全体の印象がワントーン明るく。RGB画面を見慣れている読者も手に取りやすい色調になります。

ペーパー・リリイ
『ペーパー・リリイ』佐原ひかり
(河出書房新社/2022年)
装画:ばったん 四六判

『心の壊し方日記』は映画批評家の真魚八重子(まな・やえこ)さんによる五年間の壮絶な体験をまとめたエッセイです。同情を買ったり自虐的になることなく、研ぎ澄まされた文体で淡々と事実が綴られていく。それだけに著者の置かれた状況が空恐ろしく、身につまされる思いがします。装幀は背景一面に濃い特色のピンクを敷きました。このピンクは気高くて毒を含んだ色。著者と愛猫(あいびょう)をモチーフにこの本のために描かれたかのような、西祐佳里(にし・ゆかり)さんの装画も相まって、手に取る人に不穏な印象を与えます。

心の壊し方日記
『心の壊し方日記』真魚八重子
(左右社/2022年)
装画:西祐佳里 四六判

 可愛いから、目立つから、という理由だけでなく、違った切り口で使っても、ピンクは雄弁に本の内容を伝えてくれる頼もしい存在です。

 そう言えば建築家のルイス・バラガン邸の壁。あのピンクの使い方も素敵だなぁ。



この記事は〈紙魚の手帖〉vol.08(2022年12月号)に掲載された記事を転載したものです。

紙魚の手帖Vol.08
ほか
東京創元社
2022-12-12