2012~13年、星海社FICTIONSから刊行され反響を呼んだ、紅玉いづきさんの『サエズリ図書館のワルツさん』シリーズ。近未来の図書館を舞台に、本への愛を描いた傑作2巻が、絶賛創元推理文庫で刊行中です。
刊行記念として、紅玉さんにシリーズの執筆秘話をメールでお伺いしました。


――まず、改めまして本シリーズの執筆のきっかけを教えてください。
「近未来退廃ものを書けばいい」というようなことを、家族から言われたのがきっかけです。なんてことない会話だったと思うのですが。「退廃ものねぇ」と言いながらイメージを組み立てたのがきっかけで、ちょうど東日本大震災のあと、岩手の大船渡まで被災地を見に行きました。現地のボランティアに行っていた友人が、「とにかくあなたに見て欲しい」と言って案内してくれたんです。人間のいない、静かな土地でした。それが原風景のような気がします。

――舞台は近未来の私立図書館。「創設者である、研究者兼医師の割津義昭(ワルツよしあきら)が所持する大量の紙の書籍を、利用者に無料で貸し出す」という図書館設定にした理由は?
書きたいもののパーツを嵌めていくとそうなった、という感じだったと思います。本がどこにあるかわかる、素敵な司書さんがいる。マイクロチップのようなものを媒介にするならば、時間軸としては未来で、その司書さんをとりまく世界は、電子書籍が一般的になり、紙の本の希少価値が高くなって……。でも、出来るだけ現代に近い「図書館」であってほしい。そういうさじ加減で、決まりました。

――主人公の図書館司書・ワルツさんのキャラクター造形は、どのようにして決めましたか?
優しくて、綺麗な、誰もがうらやむ図書館司書さん。そして、本が好き。この、本が好きというのがくせもので……。いかなる執心も、過ぎたるものは病である、と思います。強情な人間の妄執。それが、美しい女性には似合いだ、と思います。
今回、第2巻の書き下ろしの物語の終盤、「永遠に嘆いていたい」とワルツさんが吐露するところを、書けてよかったなと思います。

――第1巻では、本と無縁の生活を送っていた会社員、娘との距離を感じる図書館常連の小学校教師、本を愛した祖父との思い出に縛られる青年など、「本」について様々な想いを抱く利用者が来館する、連作短編の形式で描かれています。書く上で意識し、心がけたことはありますか?
普通の人を書きたいな、と思っていました。特別な能力なんて持っていなくていい。ささいなことで行き詰まり、それが、卑近で矮小なことであればあるほどいい。小さな悩みに、ままならない生き方に、常に寄り添う本があったら。そういう形で書こうと思いました。

――その利用者達がワルツさんと交流し、本を手に取るうちに、秘めていた想いが明かされていく構成はミステリのようだと思いました。
なぜか不思議と、そういう形になりましたね。物語としてのカタルシスを求めたのでしょうか。当時、星海社から出た『サエズリ図書館のワルツさん』を読んだ東京創元社の元・相談役である戸川安宣さんに、「あなたはミステリが書ける」と言っていただき、『現代詩人探偵』を書くことになるのですが……本当に「書けた」のか、そもそも書けていたのかどうかは、わかりません。なにもかも手探りでした。

――ミステリらしさといえば、それまでにさりげなく描写されていたワルツさんの謎や世界の秘密が、第1巻の第4話で明かされるシーンには圧倒されました。
最初の出発点が「近未来退廃」であったから、この絵は多分、わたしには見えていたんでしょうね。どこまで行けるかわからない、銀河鉄道のような列車をのりついで。開けた世界が、どんなありさまなのか。これは多分、震災がなければ書かなかったのかもしれません。

――第1巻の第5話は書籍初収録となる、番外編「ナイト・ライブラリ・ナイト 真夜中の図書館のこどもたち」。本作は『毎日新聞』(大阪版)朝刊(2014年1月1日、3日~31日)に連載された、「ナイト・ライブラリナイト さえずり町の夜」を改題・加筆修正したものです。図書館を初めて訪れた子供達の冒険を描いた、愛らしく温かな短編です。本作は、「子供をメインにした連載を」といった依頼をいただいたのでしょうか?
毎日新聞さんからは、星海社さんを通じてご連絡いただきました。なので、サエズリ図書館のなにかで、という流れだったような気がします。まだ触れていない図書館のメンバーとして、子供達を書けたらいいなと思いました。本が今と違う意味合いを持つ世界の子供達が、どんな風に本と向き合うのか。初めての新聞連載で、いたらぬところも多かったのですが、今回加筆が出来て嬉しかったです。

――第2巻では、図書館の利用者ではなく、図書館に関連した人々にスポットが当たります。図書修復家の降旗(フルハタ)先生、ワルツさんの同僚・サトミさん、電子図書館司書・ヒビキさん、各エピソードを執筆した経緯を教えてください。
図書修復は、とにかく魅力的な題材だと思っていました。手仕事の極致のような……。それとは別に、「やりたい仕事ってなんだろう。生きていくって、働くってなんだろう」というテーマも書きたかった。そして、多分、恋愛と言っても差し支えのない、思慕の話だと思っています。
サトミさんは、もしかすると、執筆時期が一番古い、かもしれません。2009年の『電撃文庫MAGAZINE』の付録に収録されたもので……そう思うと、いろんなところで書いていますね(笑)。チャレンジャーだな……。年をとることも悪くないな、という話だと思ってもらえたら嬉しいです。
かわって電子図書館のヒビキさんは、2023年の『紙魚の手帖』掲載短編で登場したので、一番新しいキャラクターですね。ヒビキは比較し、引用する、エコーチェンバーの意味も含めて「HIBIKI」と名付けました。果たしてAI司書というものが、今後生まれるのか、もしかしたらすでに生まれているのか。どちらでも面白いなと、個人的には思います。

――どのエピソードでも、「己の仕事」「人生の選択」「悩む自分の孤独に寄り添ってくれる本」について、丁寧に描かれていると感じ、胸に染みました。
ありがとうございます。人生において、本は、特別なものであり、同時に決して特別ではないものである。そのどちらの側面も、書けていけたらいいなと思っています。
仕事はやっぱり、切っても切れないテーマですね。私も、好きなものを、仕事にした人間ですから。

――そして第2巻の書き下ろしは、サエズリ図書館の警備員・タンゴくんがメインの短編です。「文庫版あとがき」によると、10年以上前に考えた初期設定が元になったとのことで、驚きました。
今回の文庫化で書き下ろしを収録する余裕があるとのことで、拾いきれなかった伏線をこれで拾えるな、とほっとしました。タンゴくんの設定は、そう思って第1巻から読むと、拾えるものもあると思います。

――「ワルツさんのことは他よりほんの少し丁寧に扱う」とも表されるタンゴくんの本心が描かれますし、ドラマティックなエンディングがとても素晴らしいですね!
私もドキドキしながら書きました。でも、二人が今後どういう関係を構築するのか……というのは、はっきり書いていないし、書かないとわからないところでもあります。なにも変わらないかもしれないし、全てが変わっていくかもしれない。でも、変わらず優しくあろうとするんですよきっと。二人は、優しいひとなので。

――シリーズの改稿や書き下ろしを通して、書いていて楽しかったシーンはありますか?
具体的なシーンというより、文体、でしょうか。ワルツさんの特有の、さんづけの、視点人物がいる三人称。確か、いしいしんじさんの『雪屋のロッスさん』が好きで、こういう文体にしようと決めたおぼえがありますが……かつてはうまく操れていなかったところもあって、そこを直すところは、苦心しました。でも、好きな文体です。

――反対に、書くのが大変だったシーンはありますか?
近未来ということで、科学の考証、といったところは、不得手だったので大変でした。専門家ではありませんので、至らぬところもあると思いますが、東京創元社さんは、そのあたりも編集部全体で見て下さって心強かったです。

――その他、印象的だったシーンはありますか?
「魂だけじゃ、抱きしめられませんから」
未だに、「電子書籍ではなく、本じゃなきゃいけない理由はなに?」という問いで、これより美しい答えは出せていません。
私達は、出来ることなら、抱きしめたいのです。愛したものを。

――お気に入りのキャラクターをあえて挙げると?
ポルカが……黒い大きな犬が好きなのです。いろんなところで黒い犬を書いていますね。ポルカが可愛いです。

――また、単行本版「著者あとがき」の後に文庫版「著者あとがき」を読むと、ここ10年で電子書籍に対しての捉え方が大きく変わったのではと感じました。
今読み返すと10年前、これ、めちゃくちゃ電子書籍に対して敵意がありますね……(笑)。若くていいな、と思います。かたくなで、でも、年月が世界を変えて、私だって変わります。ただ、ワルツさんは変わらなかった、今も、昔も今でも。そういう意味では、10年前の彼女は、私の中では正解だったんだろう、と思います。

――現実世界でも、戦争が起こったり、電子書籍の普及があったりと、本作のように紙の本が貴重な文化財になってしまう可能性が高くなってきました。そんな状況だからこそ、ワルツさんの「本は死にません。だって、みんな、本を愛していらっしゃるでしょう?」という力強い言葉に励まされます。
ワルツさんは盲信だと思うし、本当はみんなのことなんか気にしてはいないのでは? と思ったりもします。でも、この本を読む人達が、ひとりでも、少しでも、「そうだね」って思った先の未来を見たい、とも思います。どうなっていくんでしょうね。想像がつかないですが、ワルツさんと一緒に見たい、と思います。

――今後の展望をお聞かせください。
展望らしい展望があるわけではないのですが……。書き切れなかったな、と思うところはあります。なんというか……死してなお残る、本、と、データ、というものの扱いについて……生者と死者の話を、もう少しきちんと、自分の中で折り合いをつけて書きたかった。今回は、書き切れはしませんでしたね。私にはまだ、過ぎた命題でした。でも、今後なにかを得ることが出来たらいいなと思います。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
本は、好きですか? 物語は好きですか?
図書館は好きですか? 美しい司書さんは、好きですか?
好きなものがあるなら、それが本じゃなくたっていいんです。本だけが特別いい、なんてことは絶対にない。でも、私の人生には、本があってよかった。
あなたも、そうであればいいと思います。
サエズリ図書館へようこそ。
どうぞ、思う存分、よい読書を!


■紅玉いづき(こうぎょく・いづき)
1984年石川県生まれ。金沢大学卒。2006年『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、07年同作でデビュー。他の著作に『現代詩人探偵』『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』『毒吐姫と星の石 完全版』『15秒のターン』などがある。