ウクライナ侵攻の根底にある、プーチン大統領のウクライナとロシアの一体不可分という主張は、十三世紀中期にモンゴルの侵攻によって崩壊したキエフ・ルーシの歴史に遡(さかのぼ)る。本書『熊と小夜鳴鳥』〈冬の王1〉(キャサリン・アーデン 金原瑞人・野沢佳織訳 創元推理文庫 一三〇〇円+税)は、その主張の正当性を問う上でも重要な十四世紀半ば、モスクワ大公が台頭する時代のルーシが舞台だ。
ワーシャの奇行は、彼女が精霊と会話する力を持っていることに由来する。彼女は精霊を助け、魔物と戦おうとするのだが、彼女を阻(はば)む敵は魔物だけではないのだ。そして、実はその力は僅かではあるが継母アンナにも備わっている。ところがキリスト教の信者である彼女は、精霊を悪魔と考えており、それ故にワーシャを敵視し、狂気の淵(ふち)へと追い詰められていくのだ。年齢的にそれほど開きがあるわけではないが、置かれた立場も考え方も大きく異なるこの二人の少女のギャップが面白い。キエフ・ルーシの覇権争い、国家統一に都合の良い宗教が重用されて土着信仰が抑圧されるといった、この時代の歴史が巧みに取り入れられ、物語に深みと緊張感をもたらしている。冬の厳しいルーシの情景描写も素晴らしく、時に荒々しく、時に静謐(せいひつ)で美しく、それが善悪の範疇(はんちゅう)では語り得ない精霊の存在を際立たせる。
人は未知の存在や理解できないものを恐れ、その恐れを差別感情によって乗り越えようとする。T・J・クルーン『セルリアンブルー 海が見える家』(上下巻 金井真弓訳 マグノリアブックス 各巻一一五〇円+税)は、魔法生物が同居するもうひとつの社会を舞台に、ケースワーカーの中年男性が、規則一辺倒の生き方から自己を解放し、新しい自由を手に入れるまでを描いた癒し系ディストピア・ファンタジイだ。
物語の主人公はルーシ北部の領主ピョートルの娘ワーシャだ。モスクワ大公の異母妹である母は、ワーシャの出産と引き換えに命を落としたが、彼女は姉と三人の兄に愛されながら成長した。しかし野生児のように森を駆け回る末娘に手を焼いた家族は、父親に再婚を促(うなが)す。その頃、モスクワ大公イワン二世は、奇矯(ききょう)な振る舞いをする娘アンナの処遇に悩まされており、これを幸いとばかりに娘をピョートルに押し付けた。しかし継母となったアンナはワーシャを嫌い、ワーシャは次第に孤立していく……。
ワーシャの奇行は、彼女が精霊と会話する力を持っていることに由来する。彼女は精霊を助け、魔物と戦おうとするのだが、彼女を阻(はば)む敵は魔物だけではないのだ。そして、実はその力は僅かではあるが継母アンナにも備わっている。ところがキリスト教の信者である彼女は、精霊を悪魔と考えており、それ故にワーシャを敵視し、狂気の淵(ふち)へと追い詰められていくのだ。年齢的にそれほど開きがあるわけではないが、置かれた立場も考え方も大きく異なるこの二人の少女のギャップが面白い。キエフ・ルーシの覇権争い、国家統一に都合の良い宗教が重用されて土着信仰が抑圧されるといった、この時代の歴史が巧みに取り入れられ、物語に深みと緊張感をもたらしている。冬の厳しいルーシの情景描写も素晴らしく、時に荒々しく、時に静謐(せいひつ)で美しく、それが善悪の範疇(はんちゅう)では語り得ない精霊の存在を際立たせる。
著者のキャサリン・アーデンはテキサス州出身の作家で、惜しくも受賞は逃したが、本書がローカス賞第一長編部門、三部作の最終巻が出た翌年にキャンベル新人賞、さらに本三部作全体でもヒューゴー賞シリーズ部門の候補になっている。続巻も年内刊行予定とのこと。いろんな意味で、まさに今読むべきファンタジイであることは間違いない。
人は未知の存在や理解できないものを恐れ、その恐れを差別感情によって乗り越えようとする。T・J・クルーン『セルリアンブルー 海が見える家』(上下巻 金井真弓訳 マグノリアブックス 各巻一一五〇円+税)は、魔法生物が同居するもうひとつの社会を舞台に、ケースワーカーの中年男性が、規則一辺倒の生き方から自己を解放し、新しい自由を手に入れるまでを描いた癒し系ディストピア・ファンタジイだ。
魔法が使えたり、空を飛べたり、人ではなかったりといった幻想系の種族が人間と同居するもうひとつの世界。魔法青少年担当省のケースワーカーであるライナスが、存続の是非を評定するために派遣された先は、最高機密扱いの謎の養護施設だった。それもそのはず、小さな島に作られた施設で暮らすのは、世界を滅ぼす力を持った魔王の子や、存在しないはずのノームの女の子、光りものが大好きなワイバーン、クラゲのような正体不明の生物など、極めつきに特殊な子どもばかりだった。四十歳になるまでずっと、規則に従い、客観的な観察者として勤めあげてきたライナスだが、型破りな子どもたちに振り回されながら、やがて、ひとりひとりと向き合い、彼らの幸せについて考えはじめる。そして同時に、彼は自分の愛情についても向き合うことになるのだが……。
設定はファンタジイだが、内容紹介から別種の小説の気配を感じ、警戒しつつ手に取ったところ、なんとこれがミソピーイク賞、全米図書館協会RUSA賞の受賞作なのである。設定はゆるいし、管理社会の描写や人々の差別意識も定型だが、人はいくつになっても、新しいものを受け入れる勇気さえあれば変わることができるし、社会に影響を及ぼすこともできるというオプティミスティックな軽やかさが心地よく胸に響く。そしてなによりも、魔法生物である子どもたちの種族間ギャップや言動がユーモラスで楽しく、にんまりさせられる。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。