緻密な伏線と論理展開の妙、「亜愛一郎」「曾我佳城」「ヨギ ガンジー」などの愛すべきキャラクターなどで、読者を魅了した泡坂妻夫。
2023年は、そんな「ミステリ界の魔術師」と称された偉大なミステリ作家の生誕90周年にあたります。その節目の年を記念して、創元推理文庫から隠れた名作を復刊します!

ご好評をいただいた第1弾、どんでん返しを数多く収録した傑作短編集『ダイヤル7をまわす時』(重版もかかりました!)に続く第2弾は、『折鶴』です。本書は昭和の職人の世界を丹念に描き、第16回泉鏡花文学賞を受賞しましたが、ミステリの技巧を凝らした名短編集でもあります。

縫箔(ぬいはく)の職人・田毎は、自分の名前を騙る人物が温泉宿に宿泊し、デパートの館内放送で呼び出されていたのを知る。奇妙な出来事に首を捻っているうちに、彼は元恋人の鶴子と再会したあるパーティのことを思い出す。商売人の鶴子とは、住む世界が違ってしまったと考えていた田毎だったが……。――ふたりの再会が悲劇に繋がる表題作「折鶴」は、田毎と鶴子のしっとりとした交流と共に、田毎のドッペルゲンガーの謎がからみ合い、やがて衝撃の結末を迎えます。

滅びゆく職人世界に身を置いた男性と、社会の変化に対応するための商売に邁進する女性。変わらないもの、変わってしまうものへの悲哀が込められた本作は、第98回直木賞の候補作にもなり、忘れられない余韻を残します。

また、
友禅差しの模様師が芸妓と恋に落ちるが、かつて彼女は新内語りの師匠と、殺人事件に巻き込まれたことがあり……「忍火山(しのびやま)恋唄」(第95回直木賞候補作)
悉皆屋(しっかいや)の職人が、恩人の通夜でかつて共に駈落をした女性と再会し……「駈落」
漆工の職人が旧知の女性と共に、仲人として結婚式に参列するため、角館(かくのだて)へ向かうが……「角館にて」
など、他3編を収録しています。

4編とも、職人世界を背景に、男女の情愛と謎を描いています。一見、何てことはない会話や情景が伏線となり、終盤で思いがけない真実が浮かび上がる構成のため、ミステリとしての面白さも味わえます。
 
本書の解説は、同じ泡坂作品である、『夜光亭の一夜 宝引の辰捕者帳ミステリ傑作選』の編者を務めた末國善己さんが担当。帯に引用した、「ミステリ作家、紋章上絵師(もんしょううわえし)、奇術師。この一冊で著者の三つの顔がすべて楽しめる」という言葉通り、泡坂作品の魅力や、本書で語られる当時の新内や職人事情についても、詳細に解説いただきました。

そして、生誕90年記念出版第3弾『蔭桔梗』(第103回直木賞受賞作)を8月に刊行を予定しています。その刊行を前に、泡坂ミステリの妙が味わえる本作をどうぞお楽しみください!