こんにちは編集部翻訳班のKMです。
来たる4月28日、イバン・レピラ著/白川貴子訳『深い穴に落ちてしまった』の文庫版が刊行されます。いや、すでに刊行「されました」と書くのが正確かもしれません。今日が何月何日か、私にはもうわからないのです。なぜなら……


することがないので新刊を紹介します。

『深い穴に落ちてしまった』文庫版
イバン・レピラ著/白川貴子訳
創元推理文庫 770円(税込)
穴の底という限定された舞台にもかかわらず、物語がふくらみ続ける一因は、弟の見る幻覚にあります。白い蝶。レモンの雲。それらはまるっきりの空想のようにも、私たちの現実を指しているようにも読めます。弟がうわごとのように語る言葉には、私たちの近くにあるはずなのに、いつのまにか忘れている大切な何かを考えさせる迫力があります。
本書のもうひとつの特徴は、ちりばめられたいくつもの〈謎〉です。なぜ章番号は素数だけなのか。本文中に隠された暗号とは何か。そもそも――なぜ兄弟は穴に落ちたのか。謎は、不可思議な幻覚とともに物語を満たしていきます。穴に沈んでいくような読み心地のなかで、いつしか兄弟と共に結末に辿りつけば、そこでは「なぜ」に対する理由の一端が明かされます。

本書の装画者は宮嶋結香さま。本作単行本(文庫になる前のでっかいやつ)のイラストがとても素敵でしたので、文庫版でもひきつづき本書の顔とさせていただきました。装幀者は藤田知子さま。単行本とはひと味ちがうコンパクトなデザインが、とぼけた雰囲気でたいへん可愛いです。食べちゃいたいくらい。お腹空いたな。

本書は解説まで含めて160ページと、最近の翻訳書にはめずらしい薄さです。ふだん海外文学を読まれる方はもちろんのこと、「翻訳書を読んでみたいけど、厚いのは読んでる時間がないや」という方にもおすすめです。薄くて本屋さんで見つけるのが大変かもしれませんが、穴の底を見通す狼の目で、じろりじろりとお店を散策してください。羊の心で店員さんに場所を尋ねるのも一案です。
解説は西崎憲先生に書き下ろしていただきました。その題は「『深い穴に落ちてしまった』副読本」。本編を読み終えたあと「穴」の外縁に立ち、その内部での出来事をとっくり考えてみようという方にはぴったりの相棒になってくれるはずです。文庫化で加筆いただいた白川貴子先生の「訳者あとがき」とも併せまして、本書の隅々までお目通しいただければと思います。

以上、深い穴からお届けする『深い穴に落ちてしまった』文庫版の紹介でした。この上なくシンプルな設定から展開される謎と幻想の物語を、ぜひお手にとっていただければ幸いです。そして「穴の底」宛てで感想のお手紙をお送りください(ここには娯楽が少ないのです)。
たいへん長くなってしまいました。近所のもぐら家族からディナーの誘いを受けているので、私はこのあたりで失礼します。
◇おまけ◇


穴の写真はスマホのレンズにラップの芯をくっつけて撮りました。

光が強すぎると穴には見えなくなりますが、「上位存在が脳に直接語りかけてきた」ごっこができるのでこれはこれでおすすめです。




来たる4月28日、イバン・レピラ著/白川貴子訳『深い穴に落ちてしまった』の文庫版が刊行されます。いや、すでに刊行「されました」と書くのが正確かもしれません。今日が何月何日か、私にはもうわからないのです。なぜなら……


することがないので新刊を紹介します。

『深い穴に落ちてしまった』文庫版
イバン・レピラ著/白川貴子訳
創元推理文庫 770円(税込)
タイトルのとおり、深い穴に落ちてしまった兄弟の物語です。ページをめくれば、そこにいるのは名前も年齢もわからない「兄」と「弟」。ふたりはハンマー投げの要領で地上に出ようとしたり、木の根をかじって空腹をまぎらわせたりしています。「穴に落ちた」というシンプルな発端と、「穴から出る」というシンプルな目的を備えた物語は、しかし読み進むにつれて奇妙にふくらみ始め、読む者をも深い穴の底へとのみ込んでいきます。
穴の底という限定された舞台にもかかわらず、物語がふくらみ続ける一因は、弟の見る幻覚にあります。白い蝶。レモンの雲。それらはまるっきりの空想のようにも、私たちの現実を指しているようにも読めます。弟がうわごとのように語る言葉には、私たちの近くにあるはずなのに、いつのまにか忘れている大切な何かを考えさせる迫力があります。
「ボクはね、存在の記録を残したいんだ。百年のあいだ長い長いことばをひとつだけ口にして、それを遺言にするみたいにして」(本書97頁)
本書のもうひとつの特徴は、ちりばめられたいくつもの〈謎〉です。なぜ章番号は素数だけなのか。本文中に隠された暗号とは何か。そもそも――なぜ兄弟は穴に落ちたのか。謎は、不可思議な幻覚とともに物語を満たしていきます。穴に沈んでいくような読み心地のなかで、いつしか兄弟と共に結末に辿りつけば、そこでは「なぜ」に対する理由の一端が明かされます。

本書の装画者は宮嶋結香さま。本作単行本(文庫になる前のでっかいやつ)のイラストがとても素敵でしたので、文庫版でもひきつづき本書の顔とさせていただきました。装幀者は藤田知子さま。単行本とはひと味ちがうコンパクトなデザインが、とぼけた雰囲気でたいへん可愛いです。食べちゃいたいくらい。お腹空いたな。

本書は解説まで含めて160ページと、最近の翻訳書にはめずらしい薄さです。ふだん海外文学を読まれる方はもちろんのこと、「翻訳書を読んでみたいけど、厚いのは読んでる時間がないや」という方にもおすすめです。薄くて本屋さんで見つけるのが大変かもしれませんが、穴の底を見通す狼の目で、じろりじろりとお店を散策してください。羊の心で店員さんに場所を尋ねるのも一案です。
解説は西崎憲先生に書き下ろしていただきました。その題は「『深い穴に落ちてしまった』副読本」。本編を読み終えたあと「穴」の外縁に立ち、その内部での出来事をとっくり考えてみようという方にはぴったりの相棒になってくれるはずです。文庫化で加筆いただいた白川貴子先生の「訳者あとがき」とも併せまして、本書の隅々までお目通しいただければと思います。

以上、深い穴からお届けする『深い穴に落ちてしまった』文庫版の紹介でした。この上なくシンプルな設定から展開される謎と幻想の物語を、ぜひお手にとっていただければ幸いです。そして「穴の底」宛てで感想のお手紙をお送りください(ここには娯楽が少ないのです)。
たいへん長くなってしまいました。近所のもぐら家族からディナーの誘いを受けているので、私はこのあたりで失礼します。
◇おまけ◇


穴の写真はスマホのレンズにラップの芯をくっつけて撮りました。

光が強すぎると穴には見えなくなりますが、「上位存在が脳に直接語りかけてきた」ごっこができるのでこれはこれでおすすめです。



