さまざまなジャンルの作品を発表している冲方丁(うぶかた・とう)が、新作『骨灰(こっぱい)』(KADOKAWA 一八〇〇円+税)で初のホラー長篇に挑戦した。これがもう、怖い。
二〇一五年、東京。大手デベロッパーのIR部に勤務する松永(まつなが)は、自社が関わる再開発現場に関して、SNS上で「火が出た」「人骨が出た」など不穏な噂(うわさ)が流れたため、その調査にあたっていた。その日、一人で現場に立ち入り地下に足を踏み入れた彼は、異様な暑さと人の骨が焼けたような臭いに襲われる。やがてたどり着いた祭祀場(さいしじょう)には巨大な穴と、鎖に繫(つな)がれた男がいた。
今日(こんにち)でも建設現場では地鎮祭(じちんさい)が行われており、祭祀場があるのは不思議ではない。しかし男の存在は謎だ。だが、事情を確認する前に、地上に連れて戻った男は姿を消してしまう。真相を調べ始める松永だが、同時に彼が妊娠中の妻と幼い娘と暮らすマンションは、奇妙な現象に襲われるようになる。
冒頭の、一人で地下の暗闇に向かう場面からもう怖いのだが、松永はただただ恐怖に翻弄(ほんろう)される主人公ではない。祭祀場を設置した工務店を訪ね、怪奇現象から家族を守ろうと奮闘し、消えた男を探してホームレスの集まる場所を歩き回る。が、読者は次第に、松永に対して違和感を抱くことになる……。
土地の歴史、土地と人間の関係をとらえ直す内容でもある本作。舞台となる二〇一五年は、コロナ禍前でオリンピックへの機運が高まり、東京各地で再開発が進行し、ホームレスが追いやられていった時期でもある。あの頃の空気感を振り返り、社会の浮き沈みについても思いを馳(は)せる一冊だった。
ホラーといえば、大ヒット作『ジェノサイド』の高野和明(たかの・かずあき)が十一年ぶりに発表した新作『踏切の幽霊』(文藝春秋 一七〇〇円+税)は、ミステリー的な味わいもあるゴースト・ストーリーだ。一九九四年が舞台で、こちらも時代の流れと変化を感じさせる内容。
妻を亡くし失意のなか新聞社を辞め、フリーの記者となった松田(まつだ)は、雑誌の心霊ネタの記事を任される。読者から集めた情報にはガセネタも多かったが、下北沢(しもきたざわ)の三号踏切で撮られた写真だけは、当時の合成技術では説明がつかないものだった。調べても最近三号踏切で人身事故は起きていない。だが、一年ほど前、この踏切付近で殺人事件が起きていた。奇妙なことに被害者の女性の身元は不明だという。松田がこの女性に関する手がかりを集めていく過程は探偵小説の読み心地。不気味な深夜の電話などゾッとさせられる場面もあるが、次第に、幽霊に対する恐怖よりも、事件の背景に横たわるものに対する怒りが読者の心の中にも溜まっていく。
簡潔で過不足のない文章で、さまざまな登場人物の心情や恐怖、切なさを浮き彫りにしていく手さばきは、さすがのエンターテイナーという印象。ちなみに三号踏切は実際にあったものだが、再開発により現存しない。
時代の流れを感じさせるといえば、青羽悠(あおば・ゆう)『幾千年の声を聞く』(中央公論新社 一七〇〇円+税)。じつに壮大な物語だ。
光が落ちた場所に生えた巨大な木。人々はその周辺に集まり、やがて宗教が生まれ、科学者が登場し、国家間の争いが生じ、政権が揺らぎ――。架空の世界を舞台に、人類の営みをダイナミックに描き出す。章ごとに時代が飛び、主人公も村の娘、天文学者、旅人など入れ替わり、変化する社会の中での個々人の物語を浮かび上がらせる。奇妙なのは、各章の最初に、なんらかのデータらしきものが記されたページが挿入されること、そして件(くだん)の木が尋常ではなく巨大であること。なにしろ、木の上に道ができ、建物が立ち、町が生まれていくのだ。終盤になってその秘密が明かされた時、すべてが腑(ふ)に落ちて思わず声が漏れた。
まさに〝幾千年の声〞を読みやすく分かりやすく三六〇ページほどの中に閉じ込めた技量にも感服。二〇〇〇年生まれ、十六歳の時に『星に願いを、そして手を。』で小説すばる新人賞を受賞してデビューした著者。これまでは現代社会を舞台にしてきたが、ぐんと作品世界を広げた印象。この先、何をどんなふうに描くのか、ますます楽しみになった。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。