続いて六十二回を数える講談社児童文学新人賞から二作。
新人賞を受賞した鳥美山貴子(とりみやま・たかこ)『黒紙の魔術師と白銀の龍』(講談社 一四〇〇円+税)は、折り紙を使役する魔術師の野望を子どもたちが力を合わせて封じる姿を描いた、和風魔法ファンタジー。祈りをこめて紙を折ることによって、折り紙に命が宿る。千羽鶴にも通じる魔法の力は悪しき魔術師を倒すだけでなく、集団から浮き上がることを怖れ、臆病になっていた同級生たちの心にも作用する。
佳作の東曜太郎(ひがし・ようたろう)『カトリと眠れる石の街』(講談社 一四五〇円+税)は、十九世紀のエディンバラを舞台に、旧市街の職人の娘カトリと、新市街から寄宿舎学校に通うリズのふたりが、街に広がる眠り病の原因を探り、旧市街の地下に眠る存在と対峙するまでを描いた冒険ファンタジーだ。文体がまるで昔の翻訳書のように硬質だが、その色気のなさを補ってあまりあるのがエディンバラという古い街の描写だ。すり鉢状に密集する旧市街と、その地下に眠るもうひとつの街が、実に艶(あで)やかで引き込まれる。結末ではクトゥルフのような大いなる存在が匂わされ、カトリは街を離れる準備を始める。女性バディ版《チャレンジャー教授》のような展開を期待したい。
最後に翻訳短編集を三冊紹介しよう。それぞれ味わいは異なるが、いずれも此岸(しがん)と彼岸(ひがん)のあわいを描いており、秋の夜長に相応しい短編集だ(冬でも遅すぎとはしない)。
『ルビーが詰まった脚』(三辺律子訳 東京創元社 二二〇〇円+税)は、『ウィロビー・チェースのオオカミ』など《ダイドーの冒険》シリーズで知られるジョーン・エイキンの短編集。獣医師から不死鳥の飼育とルビーの義足を託された男を見舞う災難を描いた表題作をはじめ、迷宮のように入り組んだ広大な邸宅で育った少年が、館の奥まった場所で不思議な少女と出会う「葉っぱでいっぱいの部屋」など十篇を収録。設定は奇想に富み、幻想や死を絡めながらも、常に地に足がついたたくましさや、あっけらかんとした笑いを孕(はら)んだエイキンの魅力が満喫できる。原典はエイキンの死後纏まとめられた短編集The People in the Castle。二分冊での刊行で、残りも二三年中に刊行される予定とのこと。
『その昔、N市では』(酒寄進一編・訳 東京創元社 二〇〇〇円+税)は、『精霊たちの庭』などで知られるドイツ作家マリー・ルイーゼ・カシュニッツの日本オリジナル幻想短編集。労働者としてゾンビを作り出した都市の顚末を描いた星新一風のショートショート「その昔、N市では」など七篇が本邦初訳で、「ロック鳥」や「白熊」など八篇は一九九四年にめるくまーるから刊行された『六月半ばの真昼どき』と重複する。幻想的な要素の強い作品では、ある日突然、ひとり暮らしの女性の家に入りこんできた怪鳥を追い出すまでを描いた「ロック鳥」、乗り間違えたために、永遠の航海に迷い込むことになってしまった女性が兄に宛てた手紙「船の話」などが強く印象に残った。いずれの作品も、孤独を抱える女性の秘めたる内面が異物によって炙(あぶ)り出され、追いつめられていく。息苦しいような緊迫感と、一瞬の解放感、そのあとにやってくる虚無感が胸に刺さる。
ウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』(和爾桃子訳 白水Uブックス 一八〇〇円+税)は、本邦初訳二篇を含む全七篇を収録したUブックスオリジナルの短編集。見えない友達を心の支えに生きてきた女性が、最期に出会う奇跡を描いた「ルーシー」をはじめ、いずれの作品も死と幻想の気配が霧のように物語にまとわりつく。その不穏な空気感をエドワード・ゴーリーの挿絵が見事に表現している。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。