デビュー作でヒューゴー賞のノヴェラ部門を受賞し注目を集めたベトナム系アメリカ人作家ニー・ヴォ。本書『塩と運命の皇后』(金子ゆき子訳 集英社文庫 八二〇円+税)は受賞作「塩と運命の皇后」に、《シンギングヒルズ・サイクル》と名づけられた同シリーズの第二作「虎が山から下りるとき」を併録した中篇集だ。
世界中のあらゆる歴史を記録するシンギングヒルズ大寺院。聖職者たちはいわば研究機関の調査員であり、世界を旅して物語を蒐集する役目を担っている。表題作は、帝国の皇后が逝去し、六十年ぶりに魔法の封印が解かれた離宮が舞台だ。皇后は北の国から帝国に嫁(か)し、後継者を産むやこの離宮に流刑され、帝国が北の国からの侵攻を受けた後は、都に帰り、長きにわたって帝国を統治した。歴史の痕跡を求めて離宮に入った聖職者チーは、そこで皇后の侍女を務めた老婆に出会い、皇后の離宮での生活とその秘めたる歴史を聞く。続く「虎が山から下りるとき」は、人語を話す三頭の人食い虎に襲われたチーが、時間稼ぎのために虎についての伝承を披露するという『千夜一夜物語』展開。しかしチーが語る虎の歴史は所詮は人に伝わる物語である。虎自身の認識とはズレがありその荒々しい記憶が、人に伝わる物語の装飾を剝ぎとっていく。語られた者が語り返す、食うか食われるかの緊迫した状況下で繰り広げられる語りによるバトルの緊迫感が実に楽しい。
旅をしながら物語を蒐集するという構成や、歴史や報告書に潜むフィクション性への言及などシリーズを通してのテーマは、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』にも通じる。とはいえ、若くていまひとつ頼りなげで性別不詳なチーと、歴史を記憶する鳥オールモスト・ブリリアントとのバディ関係や、かわいらしさと残酷さが同居する肌触りは時雨沢恵一(しぐさわ・けいいち)《キノの旅》を彷彿(ほうふつ)とさせリーダビリティも高い。広く読まれて欲しい一冊だ。
T・キングフィッシャー『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(原島文世訳 ハヤカワ文庫FT 一三〇〇円+税)は、アンドレ・ノートン賞、ローカス賞ヤングアダルト部門、ミソピーイク賞児童文学部門などなど、二〇二一年のファンタジー系の児童書やYA関連の賞を多数受賞した注目作だ。舞台は魔法使いと普通の人が共存する世界だ。魔法使いとはいえ、その能力は限定的でささやかだ。たとえば主人公のモーナの魔法は、パンや焼き菓子の発酵や焼成に働きかけることで、パンを美味(おい)しく焼いたり、ひと型のジンジャークッキーにダンスをさせたりが関の山だ。早くに両親を亡くした彼女は、その魔力を活かしておばさんが経営するパン屋で働いているのだが、ある朝、彼女は厨房(ちゅうぼう)の床で、見知らぬ女の子の死体を発見。死体に魔法の痕跡があるというだけの理由で、容疑者にされてしまう……。というあたりはよくある展開だが、時同じくして異端審問官による魔法使い狩りがはじまり、密告を促すお触書(ふれがき)が街のそこかしこに貼り出され、牧歌的な街の様相は一変。迫害を恐れた魔法使いたちが国外へと逃げ出した隙をつくように、敵の軍勢が街に攻めこんでくる。街の危機に対抗できるのは、モーナただひとり。パン焼き魔法に創意工夫を凝らし、敵の軍勢を迎え撃つ。十代の読者向けではあるが、ユーモラスで爽快な展開の中に、マイノリティへの差別や英雄の責任と苦悩といった問題も潜ませており、読み応えがある。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。







