ジェフリー・ディーヴァーの『真夜中の密室』(池田真紀子訳 文藝春秋 二六〇〇円+税)は、《リンカーン・ライム》シリーズの第十五弾。『ボーン・コレクター』で初登場した際は、首から下が麻痺(まひ)という状態だったライムだが、いくぶん回復が進み、電動の車椅子で活動できるようになった。そんな彼が、今回は別のかたちで動きを封じられる。警察内の政治的な争いに巻き込まれ、ニューヨーク市警との契約を解除されたのだ。そんな状況では、いかにライムが天才的な科学捜査官といえども、アメリア・サックスをはじめとする市警の面々とのチームプレイによる真相究明は行えない。〈解錠師(ロックスミス)〉を名乗る男による奇怪な事件の捜査に着手していたのだが……。
今回登場する〈ロックスミス〉は、錠前破りの天才だ。彼は厳重に鍵のかかった部屋に侵入し、侵入したことを示すメッセージを残し、そして部屋を去る。被害者の身体は傷付けず、部屋から持ち去るものもさほど多くはないが、被害者の心の平穏は著(いちじる)しく傷付けられる。ライムの最大の敵である天才犯罪者〈ウォッチメイカー〉を想起させる〈ロックスミス〉とは誰なのか、なぜこんな行為を繰り返すのか。ライムは警察との公式な関係を断たれたまま、彼の存在を疎(うと)ましく感じた犯罪組織に命を狙われるなかで捜査を続けるのだが、それが相変わらずスリリングだ。登場人物たちの言動が生む刺激、予想できない展開の刺激、ライムの推理がもたらす驚愕(きょうがく)による刺激、様々な刺激が連続して読者を襲う。これはもう快感でしかない。そのうえで今回は、ライムが部外者扱いされることで、かえって市警との絆(きずな)が浮かび上がる構図となっている。これもまた本書から得られる新鮮な喜びだ。〈ロックスミス〉の解錠の才能そのものも、読んでいて抜群に愉(たの)しい。シリーズ第十五弾に至って、また新たな魅力を感じた。
最後に駆け足でジェローム・ルブリの『魔王の島』(坂田雪子監訳 青木智美訳 文春文庫 一一〇〇円+税)を。フランスのコニャック・ミステリー大賞を受賞したこの作品は、亡くなった祖母が暮らしていた寂(さび)れた島を訪れた新聞記者が、そこで過去に子供たちを襲った惨劇を知り……という流れで進んでいくのだが、とことん読者を欺(あざむ)いてくれる。反則といわれようと一部読者の怒りを買おうと、それでも読者を驚かせたい。作者のそんな熱意がクールに伝わってくるのだ。評者としては、本書は一応ギリギリのフェアプレイの範疇(はんちゅう)で書かれており、レッドカードの一歩手前でセーフと考える。となればもう、このひねくれた物語を激賞するしかない。『56日間』以上にストーリーを語りにくい小説だが、是非ともこの驚愕を味わって戴(いただ)きたい。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。