『星の航海者1 遠い旅人』刊行を記念して、
著者・笹本祐一さんのあとがきを公開します!あとがき
高名で年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。――『未来のプロフィル』1958年
有名なアーサー・チャールズ・クラークの第一法則です。尊敬し信頼するおじいちゃんがこう言ってくれたんで、SF作家としては超光速だろうが時間旅行だろうがいっさいの心理的抵抗なしに使えております。
嘘です。クラークやアシモフがなんと言おうと、それが便利で使いやすければ物理法則の改変だけじゃなくて全てを御都合主義で塗り込めるのが作家です。
しかし、笹本がこの世に生まれてからもう軽く半世紀以上経つってのに、超光速、慣性制御、反重力とスペースオペラに欠かせない要素に関しては現実化する気配がまるっきりありません。研究は行われてるけれど、全宇宙に匹敵するエネルギーが必要とかそんな解説はどっかで読んだっけ。
じゃあ、超光速も反重力も不可能なの?
年配と自称できるような年齢になったスペオペ作家が可能だって言ったところで、それが正解かどうかは怪しいところです。じゃあ、超光速と反重力抜きで、宇宙SFは成立するのか?
本作の過去話として持ってきた〈星のパイロット〉シリーズが、まさに超光速、反重力といった超技術抜きの宇宙ものでした。また、現実の宇宙開発も、科学、物理法則に従って行なわれています。
もし、将来、人類の宇宙開発が恒星間にまで拡がるとしたら? そこまで行動範囲が拡がっても、超光速、反重力抜きで宇宙開発しなければならないとしたら、それはどんな世界になる?
これは、まず、超光速と反重力抜きで恒星間宇宙SFができるか? という問題として笹本に降ってきました。しばらく考えて気付きます。これは、近い将来、恒星間宇宙まで開発が拡がった場合の世界の想像図になるんじゃないのか?
また、恒星間宇宙を舞台にした作品で超光速しないものはほとんどない。メジャーじゃない。てことはほとんど手つかずの宝島じゃないか?
なんで、恒星間宇宙は超光速するものばっかりなのかってえと、そうしないと作中の時間がえらい勢いで経ってしまうからです。光年単位で離れてる恒星間宇宙を行って帰ってくると、光速を達成したとしても光年分の時間がかかります。十数光年離れた近傍恒星系に行って帰ってくるだけで数十年。地球も世界もそれだけ変化しちゃう。なのに、キャラはそのまま。
でも、超光速抜きの恒星間宇宙は、そういう世界になるはずです。だったら、どうなるのか考えてみるのがいちばん早い。何年かあと、そういう恒星間宇宙を開発する時代が来るのかどうかはわかりませんが、それを想像して提出するのは未来をより具体的に想像する手掛かりになるはず。
じゃあ、それは話として成立するのか?
片道近くても半世紀かかるような恒星間航行が実用化されるような時代に、恒星間戦争は起きるのか?
行って帰ってくるだけで人の寿命が終わるほどの距離を隔てられたら、そもそも戦争出来るのか? 戦争は、国家が暴力によってその意志を相手に強要することだとして、その意志を持つものが目的を完遂したときにはすでにこの世のにいないほどの時間をかけても、基本的に破壊でしかない非生産的な事業を行えるものか?
どんな理由を付ければ、宇宙戦争とそれに関わるものがやる気になるのか、やらざるを得ない立場に追い込まれるのか。
いや無理でしょー。スペオペ作家の脳じゃ、そんな宇宙戦争想定できない。
最終的に何世代もかけてしまうような戦争は地球上の歴史にもありますが、最初から何世代もかかることを承知しての戦争は、悪の宇宙人に侵略されたとかそういう事態くらいしか思いつかない。そもそも悪の宇宙人だって、何世代もかけて悪事を完遂するだけの意志力なんかどっから持ってくるんだ。
じゃあ、戦争じゃなければ?
宇宙開発は? 恒星間移民は? 帰らない探検隊は出発するか?
こちらは、魂と本能ができると積極的なGOサインを出します。
そもそも、広大な宇宙空間、恒星と惑星を隔てる距離が、どんな悪役よりも難敵なのです。じゃあ、それを相手にする話ならやる価値があるんじゃないか?
もう一つ、超光速も反重力も慣性制御もできない世界なら、それは将来の宇宙開発を続けた場合に来る世界のヴィジョンになるんじゃないか、とも考えました。宇宙ものやるとしたら不自由きわまりない設定ですが、いまのところ超光速、反重力、慣性制御といった超技術は実用化の気配もありません。ならば、今、できるだけのすべての技術をもって精一杯がんばった場合、我々はどの辺りまで行けるのか。
待ってればそのうち見える答えでしょうが、確実な正解を得るためにはやはり数十年よりも数百年くらいの時間が必要になります。さすがにそこまでの寿命は残ってない。
じゃあ、やってみよう。やってみれば、どんな世界になるかはある程度わかる。世に問えば、さらなる知見も得られるはず。
そういうわけで、ラノベ作家が超光速と反重力と慣性制御を捨てて挑むスペースオペラをはじめてみました。例によってこの話がどんな話でどこに向かうかなんて、いつも通り作家はなにもわかっておりません。
でも、見たことがない世界が見れるはずなんだ。
お付き合いいただければ幸いです。
では、恒星間宇宙に行きましょう。
*本稿は2023年3月刊行の『星の航海者1 遠い旅人』(創元SF文庫)のあとがき全文です。
■笹本祐一(ささもと・ゆういち)
1963年東京生まれ。宇宙作家クラブ会員。84年『妖精作戦』でデビュー。99年の『彗星狩り 星のパイロット2』と、2005年の『ARIEL』で星雲賞日本長編部門を、03年、04年、07年の『宇宙へのパスポート』3作すべてで星雲賞ノンフィクション部門を受賞。