最近の寺地(てらち)はるな作品の魅力は、安易に綺麗事で話をまとめないところにある、と思う。たとえば前作『カレーの時間』は、古い価値観を押し付けてくる頑固な祖父との同居を通し、孫の青年が彼の秘密を知って理解し歩み寄ると予想させて、そんな話では全然なく、もっとリアルな手応えのある内容だった。新作『川のほとりに立つ者は』(双葉社 一五〇〇円+税)も、実にずっしり胸に響く作品だ。
主人公はカフェの雇われ店長、原田清瀬(はらだ・きよせ)。恋人の松木圭太(まつき・けいた)とは、ある出来事で清瀬が一方的に怒り、しばらく連絡を取らずにいた。そんな折、病院から連絡があり、松木が重傷を負い、意識不明の状態だと知らされる。松木が怪我(けが)をした現場には、彼と幼馴染(おさななじみ)の岩井樹(いわい・いつき)も倒れていたという。真相が分からぬまま、合鍵で松木の部屋に入った清瀬は彼が隠していたノートを見つけ、少しずつ、松木の秘密に近づいていく。
本人に悪気はなくても、言動に無自覚な偏見や安直な自己満足が潜んでいることはある。松木が抱える事情を通し、さまざまな角度からそう考えさせられる。松木の件以外にも、たとえば清瀬とカフェのアルバイト、品川(しながわ)との会話にはっとする。遅刻も多く、不器用で客にも𠮟(しか)られる品川が、清瀬に「わたしADHDなんです。じつは」と告げ、おろおろした清瀬が謝りつつ「知ってたらわたし」と言いかけたところで、彼女は「……知ってたら、どうしたんですか?」と返す。ADHDと知ったとたん理解を示そうとし、ネット記事の内容をうのみにする人がいる、などと品川は語る。でも、ADHDといっても「ひとりずつ違うんです」、と。
他人をラベリングして「こういう人にはこう接しよう」とルールめいたものを頭に入れておいたほうが、自分も安心する気がする(たとえば鬱(うつ)病の人には「頑張れ」と言わない、とか)。でも確かに実社会で出会う人たちは、ひとりずつ違う。本人を見ずにそのルールめいたものを優先させていい人ぶるのがどれほど偽善的・自己欺瞞(ぎまん)的か気づかされた。本書には他にも清瀬と「まお」という人物との関係など、「ああ確かにこれは独善的だな」などと鋭く突いてくる場面がたくさんあって、ここでは書き切れない。とにかく私は、寺地はるなという作家がますます好きになった。
白岩玄(しらいわ・げん)『プリテンド・ファーザー』(集英社 一七〇〇円+税)もまた、自分の日常と地続きの問題を考えさせられる内容だった。こちらは二人のシングルファーザーの物語。
本人に悪気はなくても、言動に無自覚な偏見や安直な自己満足が潜んでいることはある。松木が抱える事情を通し、さまざまな角度からそう考えさせられる。松木の件以外にも、たとえば清瀬とカフェのアルバイト、品川(しながわ)との会話にはっとする。遅刻も多く、不器用で客にも𠮟(しか)られる品川が、清瀬に「わたしADHDなんです。じつは」と告げ、おろおろした清瀬が謝りつつ「知ってたらわたし」と言いかけたところで、彼女は「……知ってたら、どうしたんですか?」と返す。ADHDと知ったとたん理解を示そうとし、ネット記事の内容をうのみにする人がいる、などと品川は語る。でも、ADHDといっても「ひとりずつ違うんです」、と。
他人をラベリングして「こういう人にはこう接しよう」とルールめいたものを頭に入れておいたほうが、自分も安心する気がする(たとえば鬱(うつ)病の人には「頑張れ」と言わない、とか)。でも確かに実社会で出会う人たちは、ひとりずつ違う。本人を見ずにそのルールめいたものを優先させていい人ぶるのがどれほど偽善的・自己欺瞞(ぎまん)的か気づかされた。本書には他にも清瀬と「まお」という人物との関係など、「ああ確かにこれは独善的だな」などと鋭く突いてくる場面がたくさんあって、ここでは書き切れない。とにかく私は、寺地はるなという作家がますます好きになった。
白岩玄(しらいわ・げん)『プリテンド・ファーザー』(集英社 一七〇〇円+税)もまた、自分の日常と地続きの問題を考えさせられる内容だった。こちらは二人のシングルファーザーの物語。
妻を亡くし四歳の娘と暮らす恭平(きょうへい)は、育児に苦戦中。そんな折にたまたま再会した元同級生、章吾(しょうご)は、妻が海外赴任中のため一人で一歳半の息子、耕太(こうた)を育てているという。しかも章吾は元保育士で、現在はフリーのベビーシッターだ。恭平が章吾を雇うという形で、章吾の妻が帰国するまでの期間限定で、彼らは同居を決める。二人それぞれの視点から、その日々が綴(つづ)られていくのが本書だ。育児のプロである章吾と、家のことは妻に任せっぱなしだった恭平とでは、育児スタイルはまったく異なる。そんな家庭生活だけでなく、恭平の会社や章吾のシッター先での出来事、さらには恭平の亡き妻の妹の登場や、章吾が抱える秘密の行方など、意外な展開も。
次第に実感がわいてくるのは、それらすべてが全部、繫(つな)がっているということ。セクハラやパワハラがまだまだ横行しているこの社会は、いずれ自分の子供を送り出す社会でもある。自分が今そこにある理不尽をスルーすれば、やがて自分の子供たちが同じ理不尽に遭ってしまう。育児とは、直接子供の面倒を見ることだけでなく、よりよい社会を用意しておくことでもあるな、と思わされた。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。







