今村夏子(いまむら・なつこ) 『とんこつQ&A』(講談社 一五〇〇円+税)は、今村らしい不穏な空気とユーモアと健気さと愛おしさが堪能できる作品集だ。表題作は、街の中華料理店「とんこつ」が舞台。実際の店名は「とんこう」だったのが、看板の「う」の字の点が落ちてしまったため、今や「とんこつ」が通称になっている。決して、とんこつラーメンは出していない。主人公の今川(いまがわ)は、過酷な労働環境の職場を辞めてこの店でアルバイトを始める。店を切り盛りしているのは大将と彼の息子だ。「いらっしゃいませ」すらうまく言えない不器用な今川だが、ある時メモを読み上げればそつなく客に応対できると気づき、想定した客からの質問とその回答をノートに記していく。このノートがタイトルにもある「とんこつQ&A」なわけだが、これはまだ出発点。もう一人アルバイトの女性が加わることになり、自分の立場が奪われたと感じる今川だったが……。ここから彼女の「とんこつQ&A」ノートは予想外の発展、というより暴走を見せる。
他にも、他人を噓つき呼ばわりし白眼視(はくがんし)してきた少女とその弟が、はからずも噓をつくこととなる「噓の道」、夫と二人暮らしの女性が、近所の少年の被虐待を疑い、彼に親切にするうちに思いがけないことが起きる「良夫婦」、職場で芳(かんば)しくない噂(うわさ)が流れる同僚女性に、時折自宅のキッチンを貸すことになった女性が主人公の「冷たい大根の煮物」の三篇を収録。
主要人物の、よかれと思ってやったことが裏目に出たり、自分の行動が暴走していることに気づかない姿は読んでいてイタくもあるが、決して彼女たちを嘲笑(あざわら)う気持ちにはなれない。彼女たちの誰もが、自分の中にも「いる」と感じるからだ。
西尾潤(にしお・じゅん)『無年金者ちとせの告白』(光文社 一八〇〇円+税)の主人公は、七十二歳の梨元(なしもと)ちとせ。とある事情から年金も医療保険もない独り身の彼女は、古いパーキングエリアの清掃部で働き、倹約しながら生活している。飲食部で働く友人の栄(さかえ)も、引きこもりの息子を持ち、働かざるをえない身だ。無料駐車場には車上生活者のほか、事情を抱えた人々がやってくる。ある時、見知らぬ男から、死んだ元夫の保険金が受け取れるかもしれないと告げられるのだが……。
主要人物の、よかれと思ってやったことが裏目に出たり、自分の行動が暴走していることに気づかない姿は読んでいてイタくもあるが、決して彼女たちを嘲笑(あざわら)う気持ちにはなれない。彼女たちの誰もが、自分の中にも「いる」と感じるからだ。
西尾潤(にしお・じゅん)『無年金者ちとせの告白』(光文社 一八〇〇円+税)の主人公は、七十二歳の梨元(なしもと)ちとせ。とある事情から年金も医療保険もない独り身の彼女は、古いパーキングエリアの清掃部で働き、倹約しながら生活している。飲食部で働く友人の栄(さかえ)も、引きこもりの息子を持ち、働かざるをえない身だ。無料駐車場には車上生活者のほか、事情を抱えた人々がやってくる。ある時、見知らぬ男から、死んだ元夫の保険金が受け取れるかもしれないと告げられるのだが……。
老後問題だけでなく児童虐待など、さまざまな困難&困窮が盛り込まれる一冊。ちとせも周囲も先の光が見えず、いやむしろ不安ばかりしかない状況だが、しかし暗澹(あんたん)とした話ではない。というのも、主人公のちとせが、なかなかしぶといのだ。崖っぷちの状態からの起死回生に挑む様子を描き、エンタメとして楽しませるノワール作品である。
宇野碧(うの・あおい)の『レペゼン母』(講談社 一四〇〇円+税)は、小説現代新人賞を受賞したデビュー作。これは楽しく、胸熱な一冊だ。
夫を早くに亡くした深見明子(ふかみ・あきこ)は山間(やまあい)で梅農園を経営しながら一人息子の雄大(ゆうだい)を育ててきた。でも雄大は大人になっても問題を起こしてばかりで、今も妻の沙羅(さら)を明子の元に残して家出中。口が達者な明子とヒップホップ好きの沙羅の関係は良好で、まるで友達同士のよう。ある時、ラップバトルで屈辱を受けた沙羅の姿を見て怒りに震えた明子は、思わず自らマイクを握る。
明子や沙羅はもちろん、登場人物がみな魅力的。梅農園の仕事や、山間の生活にもリアリティがあって眼前に光景が立ち上がる。随所に出てくるラップもどれも面白い。序盤を読んだ段階では、バカ息子をラップでディスって屈服させる痛快なオカンの話かと想像してしまったが、そんな安直な発想しかできない自分を反省。自分を見つめ直していく明子の姿にはっとさせられた。そして、子どもには子どもの言い分があるのだと、かつて子どもだった頃を思い出したのだった。この展開こそがベストだと思わせてくれる話運びが、なんとも愉快痛快だ。絶対要注目の新人作家である。
明子や沙羅はもちろん、登場人物がみな魅力的。梅農園の仕事や、山間の生活にもリアリティがあって眼前に光景が立ち上がる。随所に出てくるラップもどれも面白い。序盤を読んだ段階では、バカ息子をラップでディスって屈服させる痛快なオカンの話かと想像してしまったが、そんな安直な発想しかできない自分を反省。自分を見つめ直していく明子の姿にはっとさせられた。そして、子どもには子どもの言い分があるのだと、かつて子どもだった頃を思い出したのだった。この展開こそがベストだと思わせてくれる話運びが、なんとも愉快痛快だ。絶対要注目の新人作家である。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。