恒川光太郎(つねかわ・こうたろう)『化物園(ばけものえん)』(中央公論新社 1600円+税)は、ケショウと呼ばれる妖怪と人間の話を七篇収録した連作短編集だが、巻末に収録された「音楽の子供たち」「無垢なる花たちのためのユートピア」と呼応する部分がある。

 異世界に閉じ込められた十二人の少年少女が、ケショウの求めるまま、音楽の才能を磨く様子が描かれる。社会の汚濁とは隔絶された閉ざされた楽園で育てられ、天上の音楽を奏でる彼らの中に、ケショウへの不信感が芽生え、やがて楽園は崩壊する。ケショウは人間という存在が面白くてしょうがないのだが、でも決して「人間を飼ってはならない」という化け猫の言葉が印象に残る。化物園にいるのは、ケショウたち妖怪ではないのだ。

 恒川光太郎はもう一冊、雑誌〈怪と幽〉に掲載された短編六本に、インターブリッジを加えた『箱庭の巡礼者たち』(KADOKAWA 1700円+税)も刊行されている。異界への憧れと恐れを描いた「箱の中の王国」をはじめ、『夜市』から『スタープレイヤー』に至る恒川光太郎の様々なテイストが詰め込まれた連作短編集だ。

 藍銅(らんどう)ツバメ『鯉姫婚姻譚(こいひめこんいんたん)』(新潮社 1600円+税)は、再開から五回目を数える日本ファンタジーノベル大賞二〇二一の大賞受賞作。大店(おおだな)の跡取り息子だが、商才がなく、家業は弟に任せて若隠居となった孫一郎。店を出て移り住んだ父親の別邸の庭の池には、なんと人魚が棲んでいた。人魚のおたつにねだられるまま、孫一郎は「ひととひとじゃないものが夫婦になる話」を語って聞かせる。異種婚姻譚テーマの民話をベースにした五本の短編に、池の人魚と若隠居との物語を外挿した連作短編集。リーダビリティの高い、新人らしからぬ計算の行き届いた筆で、細やかな心の機微を描く。

 異種族間の愛をテーマにした新人賞受賞作をもう一本。
 第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞作である東崎惟子(あがりざき・ゆいこ)『竜殺しのブリュンヒルド』(電撃文庫 640円+税)は、育ての親である竜を殺され、怒りと人間への絶望に支配された少女の苛烈な選択を描いた、深い愛と鮮烈な復讐の物語だ。幼い頃に竜が守る孤島に迷いこんだ少女は、竜を父と慕い、種族を超えた深い愛情によってつながっていた。しかし竜が暮らす島には魔法の力があり、人間たちはその資源を手に入れようと何度も島を襲撃する。最初は人間を簡単に撃退していた竜だが、人間社会の技術の進歩と〈竜殺し〉によって虐殺される。なんと、その〈竜殺し〉こそが少女ブリュンヒルドの実父であった……。

 竜の島から人間社会に戻された彼女が、「狼に育てられた少女」を読んでショックを受けるのだが、その理由が胸に突き刺さる。激烈な物語ではあるが、読後感は静謐(せいひつ)でその落差も見事だ。敬虔な竜が守る島と少女との生活はフィルポッツの『ラベンダー・ドラゴン』を、復讐劇はマキリップの『妖女サイベルの呼び声』を想起させる。

『偽のプリンセスと糸車の呪い』(今泉敦子(いまいずみ・あつこ)訳 創元推理文庫 940円+税)は、《(株)魔法製作所》《フェアリーテイル》のシャンナ・スウェンドソンの単発作品。十六歳の誕生日にテキサスの田舎町からお伽噺(とぎばなし)の世界に連れ去られたルーシーと、ルーシーを連れ戻すためにあとを追う幼馴染のドーン。どこにでもいる平凡なルーシーがお伽噺の知識を武器にお姫様になりすますのに対し、本物であるが故にそういうものを避けて育ったドーンが世界に取り込まれてしまう。ふたつの世界、ふたりのヒロインの対比が面白いロマンチックなYAファンタジーだ。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。


紙魚の手帖Vol.06
ほか
東京創元社
2022-08-12