著者あとがき

 本書のコンセプトは「ディストピア×ガール」です。絶望に満ちた世界で戦う女たちを描いた作品集です。
 まずはなぜ「ガール」なのかをお話ししましょう。
 松崎の小説は二〇一〇年のデビュー以来、男性主人公の物語が圧倒的多数を占めてきました。主人公を自分と同性にすると客観的描写がむずかしくなるからです。
 しかし。二〇一九年に『イヴの末裔たちの明日』収録作品を執筆しているさいちゅうに、ふと思いました。女性主人公の作品を書かないのは表現の可能性をみずからせばめているのではないか、と。
 というわけで書いてみたのが、『イヴの末裔たちの明日』のさいごに収録された「方舟の座席」です。若くてきらきらに美しい女性三人組が私欲にまみれたじじいども(失敬)を打ち負かす痛快宇宙活劇でした。
 で。これを脱稿したとき思ったのです。なんだ、おもしろいじゃないか女性主人公もの。よおし、このまま「ガールズもの」を書きつづけて一冊の本にしてしまおう。
 さて、つぎに「ディストピア」です。
 小説の目的とは、試練に立たされた魂を描くことだと思っています。なおこれはベン・ボーヴァ著『SF作法覚え書』(東京創元社、品切重版未定、一九八五年)からの受け売りです。試練は厳しければ厳しいほどおもしろい作品になります。ですから本書では、ヒロインたちを「ディストピア」と呼べるほど厳しい世界に放りこみました。
 
 それでは作品解題に入ります。ネタバレはしませんが作品の背景には触れます。よって目次順ではなく、執筆の時系列でならべました。
 
●太っていたらだめですか?

「方舟の座席」で味をしめた松崎が二本目に書いたガールズものです。
 これも女性三人組が活躍する話です。「方舟」が絶世の美女ぞろいでしたのでもうすこし親しみやすいキャラクタ造形にしました。といいつつ、松崎のお気に入りは男性であるナガラグイくんです。推しへの愛をつらぬくさまがかっこいいと思いませんか。
 なお本作の初出時のタイトルは「痩せたくないひとは読まないでください。」でした。「読むと痩せる」と評判になったかどうかはわかりませんが、松崎自身は執筆中に体重が落ちました。

●異世界数学

 本書へ収録するにあたりいちばん手を入れた作品です。初出時より三割増しの長さになり、タイトルも変更しました。別作品といっていいほど変わっているので、『Genesis されど星は流れる』で読了ずみのかたもどうか飛ばさずにおねがいいたします。
 執筆の発端となったアイデアは、「もし数学が禁止されたら」。それと、ずっと以前から「こっそりいいことをする地下組織」を描きたいと思っていまして、足し合わせたらこうなりました。
 数学が苦手なひとにも楽しんでいただけるようせいいっぱい工夫しました。すでに数学好きなかたは、作中にちりばめられた数学トリビアを探し出すのもいいかもしれません。たとえば「57」とか、キャラクタたちの名前とか。

●秋刀魚(さんま)、苦いかしょっぱいか

 本作のみ東京創元社との仕事ではなく、三菱総合研究所から依頼されたSFプロトタイピング作品です。よって、殺伐さの比較的うすい作風になっています。
 複数の作家がおのおのちがうテーマで競作する形式で、松崎に与えられたテーマは「環境」でした。一見夢のような未来世界なのに、身近な生物が絶滅していたらショックだろうなと思ったのがアイデアの発端です。執筆時、サンマの漁獲量が史上最低となり価格が高騰していたこともヒントになりました。
 なお、エピグラフに引用した秋元不死男さんのエッセイ「秋刀魚」は日本におけるサンマ文学の最高峰だと思っています。松崎は『日本の名随筆 秋』(作品社)で読みました。あっでもタイトルにその一節をお借りした佐藤春夫さんの詩「秋刀魚の歌」も大傑作なのでどっちにするか悩みますね。双璧、ってことで。

●六十五歳デス

 デビューしたころからずっと、「かっこいいおばあちゃんを描きたい」という野望がありました。それがようやく実った作品です。なおバディものでもあります。相方は大胆に年齢を離しました。そのほうがおもしろいと思ったからです。しかし念願かなったわりにお気に入りキャラは超ちょい役の菰野(こもの)くんだったりします。
 本作の設定は挑戦的で、本書のなかでも屈指の本格ディストピア作品といえるでしょう。東京創元社のサイトで全文公開したときにはかなりの反響がありました。
 
●ペンローズの乙女

 これも長年の野望、「ものすごおおおおおおおく時間軸の長い話を書きたい」が叶った作品です。どれほど長いかはぜひ本編でご確認ください。
 フェルミパラドックスは大好きなテーマで、ほかにもいくつかの拙作で使用しています。このテーマの松崎にとってのバイブルはスティーヴン・ウェッブ著『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』(青土社)。なおこれは『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』の改訂版です。ウェッブさんはそろそろつぎの改訂版『100の理由』を出すべきです。熱烈に待っております。

●シュレーディンガーの少女

「ディストピア×ガール」をコンセプトとした本書をしめくくるにあたりふさわしい作品を書き下ろしたつもりです。
 執筆の動機は、ハンス・モラヴェックの「量子自殺」のアイデアを知ったこと。多世界解釈を証明する方法のとほうもない過激さに衝撃をうけ、なんとかしてエンタメ作品に落としこもうと決意しました。しかし、うら若きヒロインが積極的に死を選ぶ理由を設定するのがむずかしかった。あれこれ試行錯誤したすえ、本編で描いたとおりになりました。

 本書は松崎ひとりの力ではけっしてできあがりませんでした。東京創元社の敏腕編集者、笠原沙耶香さまと小浜徹也さまには今回も的確なアドバイスでさいごのさいごまで助けていただきました。サンマの物語を書く場をつくってくださった三菱総合研究所のみなさま、慶應義塾大学の大澤博隆(おおさわ・ひろたか)先生、東京大学の宮本道人(みやもと・どうじん)先生、ありがとうございました。SFプロトタイピングのお仕事はいつでも楽しくやらせていただいております。校正担当の石飛是須(いしとび・ぜす)さまと内山暁子さま、著者の不明によるミスをことごとくカバーしてくださる手際のすばらしさにいつも感動しております。足をむけては寝られません。表紙をすてきに飾ってくださったイラストレーターの佐藤おどりさまとデザイナーの西村弘美(にしむら・ひろみ)さま、本書が売れるとしたらあなたがたのおかげです。暁(あかつき)印刷さまと組版担当のフォレストさま、読みやすく美しい本が刷りあがってくるのはけっしてあたりまえではないとつねに思っております。ありがとうございました。

二〇二二年秋 巨大都市トーキヨーにて  


■松崎有理(まつざき・ゆうり)
1972年茨城県生まれ。東北大学理学部卒。2010年に「あがり」で第1回創元SF短編賞を受賞。近著に『架空論文投稿計画』『5まで数える』『イヴの末裔たちの明日』など。