本読みのあいだで常に注目されている作家、奥田亜希子さん。デビュー作『左目に映る星』から恋愛や友情、家族など、人と人との関わりに深く切り込んだ作品を描いてきました。

 そんな奥田作品のあらゆる魅力が詰まった本作は、「白野真澄」という名前だけが共通している五人の人物たちの、それぞれが抱える個性や生きづらさを「名前」を通して見つめた作品集となっております。
 各話について、少しだけご紹介いたします。

「名前をつけてやる」
 助産師の「白野真澄」は、出産を控えている妊婦や無事出産を終えた母親から頼りにされている。患者たちに適切なアドバイスをする一方で、三十歳を超えてなお処女である自分が、出産に携わる仕事をしていることに思いを馳せたりしている。
 本作の真澄は、「白野真澄」という文字が与える印象から、中学生の一時期はピュアというあだ名で親しまれていました。その呼び名を予言めいていると思い返す真澄が選び取った結末は、体の奥底に力がみなぎるような読後感をもたらす印象的な一編です。

「両性花の咲くところ」
 イラストレーターの「白野真澄」は、書店でアルバイトをしつつ書籍のカバ―イラストなどを手掛けている。ある時書店で正社員にならないかと誘いを受けるが、イラストレーターとの両立の難しさと、イラストレーターだけでは自立できない現実との間で揺れ動く。
 終盤にはちょっとしたサプライズが用意されているのですが、その驚きが大きければ大きいほど、自分の中にある固定観念に気付かされるような一作です。奥田さんの優しく公平な眼差しをひと際感じることができる、丁寧な話運びに注目です。

「ラストシューズ」
 主婦の「白野真澄」は、ネットショップの注文から食事まで、様々な場面で夫に合わせて生活をしている。靴好きが高じて入社したスポーツシューズメーカーも、夫に懇願され退職してしまった。子どもが大きくなった頃、その当時の先輩の誘いで働いていた婦人服店もなくなってしまった。そんなある日、突如訪問してきた母親に告げられた言葉に衝撃を受けた真澄は……?
 生まれて初めて履く靴のことを「ファーストシューズ」と呼びます。本作は真澄が孫にファーストシューズをプレゼントするところから始まります。それに呼応するかのようなタイトルの意味するところを想像しながら読んでみるのも面白い、かもしれません。

「砂に、足跡」
 大学生の「白野真澄」は、ファミリーレストランでアルバイトをしている。妹が出来てから、どこか家に居場所がないような感じがしていたり、善良だが少し鈍い彼氏に対して思うところがあったり、日々に不満を感じながら過ごしている。アルバイト先で連絡先を渡されたお金持ちの御曹司とは、名前を偽って浮気をしたりしている。
 真澄が名前を付けて、アルバイト先で余った食材を与えて可愛がっていた野良猫に関するある場面が、名前が持つ強制力のようなものをひしひしと感じさせます。

「白野真澄はしょうがない」
 小学4年生の「白野真澄」は、強い刺激や急な変化が苦手だ。横断歩道も心に影が差すような気がして、いつも白いところだけを渡って歩いている。なるべく静かに過ごしたいと思っているが、同じクラスに黒岩翔が転校してきてからその生活は徐々に変化していく。
 表題作であり最終話の本作の真澄は、他のどの真澄よりも成長を遂げたように思えます。"黒"岩翔と"白"野真澄の白黒コンビが、短いながらも濃密な日々を通して徐々に変化する様を、どうぞ見届けてあげてください。

 大矢博子さんによる解説では、『白野真澄はしょうがない』を担当編集者以上に深く読み解いていただいた素晴らしい文章を書いていただけました。そこにもある通り(そして私が冒頭でも書いたように)、本作は奥田作品の魅力がこれでもかと詰まっています。
『白野真澄はしょうがない』を読んで奥田亜希子さんのことが気になった方は是非他の作品も、そして本作は未読だったが奥田作品は好きだという方は是非、この機会に読んでみてください。

 柔らかく可愛らしい、最高のイラストをお描きいただいたのは芦野公平さんです。打ち合わせでご提案くださったアイデアのおかげで、こんなに素敵なカバーになりました。
 イラストの雰囲気に合った、可愛らしくて目を引くようなデザインはnext door designの岡本歌織さんです。配色からレイアウトまで、大変お世話になりました。おかげさまで素晴らしい一冊になりました。
 お二人とも、誠にありがとうございました。

 そして単行本に引き続き、特設サイトを作っております!
 表題作「白野真澄はしょうがない」の全文を無料公開しておりますので、少しでも気になった方はお読みいただけますと幸いです。

 最後に、つい先日発表されましたが、昨年奥田さんが発表された『求めよ、さらば』(KADOKAWA)が、第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」の候補作に選ばれました!
(出版社は別ですが)こちらは夫婦それぞれの視点から紡がれる物語で、中盤に登場するとある告白が衝撃を与える長編恋愛小説です。夫婦の別離と再生を描いた傑作です。(出版社は別ですが)こちらも大変おすすめですので、『白野真澄はしょうがない』を気に入っていただけた方はぜひ!