◎INTERVIEW 注目の新刊
 辻真先『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』

ミステリランキング三冠達成『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』に続く昭和ミステリ第三弾『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』を上梓した辻真先さんにお話を伺いました。


――『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』(以下、本作)は『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』に続く、昭和ミステリシリーズ第三弾です。当初はシリーズにされるご予定はなかったとのことですが、いつ頃からシリーズとして構想されましたか?
 第一作は最初の傍題が「昭和エログロミステリ」といった類(たぐい)のものでした。編集側から「このサブタイトルでは読者層が狭くなる」と指摘があり、では「昭和12年の探偵小説」にしようと考えを改めました。そのとき、二四年は戦後だから「推理小説」になるな。それならちょうどぼくが一年きりの男女共学を体験した年だと気がつきました。シナリオ修行時代にしくじった共学の話を、今なら書けるかもしれない。そう思いついたわけです。二冊では半端だな。もう一冊三六年の話にしようと考えたものの、このときには話の中身は自分でもわからないまま、見切り発車しています。

――傍題が「探偵小説」「推理小説」「ミステリ」と変化していくのは、どういった意図からでしょうか。
 昭和の時代を縦走したぼくが書くのだから、時代の移り変わりを読者に体感してほしいし、当然ミステリの三部作になります。では時と共に変転するジャンルの呼び名を傍題にふくめよう、と考えました。

――本作では生放送中のテレビスタジオ、衆人環視の中で女優が殺されます。このインパクトのあるはじまりを、どのように思いつかれましたか? また本番中のスタジオは日本でも珍しい完璧な密室、というあたりから始まる密室談義があり、そのあと実際に事件が起きる構成がとても面白かったです。スタジオを密室として使用するアイデアは以前からあたためていらしたのでしょうか?
 ふたつは不即不離(ふそくふり)なので纏(まと)めてお答えします。現役時代のぼくは、ナマ放送中のありとあらゆる事故を想定していました。出演者が放送当日に高熱を発したのはふたつとも実話です。みどりちゃん【編集部註:女優・磯村みどりのこと】は覚悟して自分から来てくれましたが、そのみちゃん【編集部註:女優・中島そのみのこと】はお母さんからの電話で休めないかと懇願されたのです。でもぼくはお嬢さんがプロなら来るべきだといいました。いま思うとそれで本当によかったのか、日本人特有のカミカゼ精神を強制したのではないか? 忸怩(じくじ)たる思いがあり申し訳なかった気分が否めず、本作のテーマのひとつに織り込みました。実はぼくも四十度の発熱でFD(フロア・ディレクター)をやり、インターホンのケーブルでセットの柱を倒しかけたことがあります。放送を終えた後は意識不明でしたが、番組にアナをあけずにすみました。
 そんな不測の事故を想定した中で、もっとも処理不能と考えたのが放送中に出演者が意識不明の重傷を負うケースでした。たとえばバトン【編集部註:照明機器や大道具などを、舞台上部より吊り下げられるように、上部に設置された鉄パイプなどの装置のこと】から重い照明器具が落下して頭に当たったとか。ただちに放送中止、負傷者搬送を手配しながら、カメラの前でぼくが最敬礼するというシナリオを心中に思い描いていました。
 殺人の場合はさすがにイメージしていません。ミステリを書くようになってからです。
 そして作中の風早どうようトリックの段階で挫折しました。ひとつだけ思いついたのは 小説とおなじあの手順です。でもこんな話ではミステリの鬼の読者が怒るだろうと、ひっこめたのもおんなじです。けっきょく使ってしまいましたが。

――テレビ楽劇課PD(プロデューサー・ディレクター)・大杉日出夫とミステリ作家・風早勝利は名コンビですね。二人のキャラクターはどのように生まれましたか?
『たかが殺人じゃないか』を書きはじめてから、本作の構図が朧(おぼろ)げに浮かんできました。テレビ時代の話になると、風早の視点だけでは書けません。PD役が必要です。それなら映画好きな大杉をCHKに入れようと考えました。自分で一人二役をやるのだから息が合いますよね。ぼくは指を鳴らせませんが。

――辻先生ご自身も『名探偵コナン』『ルパン三世PART6』など映像作品の脚本を数多く手がけられています。ミステリを小説で描く場合と、映像の脚本として書く場合、どのような違いがありますか? 気をつけていらっしゃることや、トリックを考える時に留意する点などございましたら教えてください。
 映像出自の物書きですから、もともと頭の中で絵を組み立てて書いていまして、あまり両者に違いありません。ト書きが簡便なだけ脚本が早書きできますね。小説でもこのシリーズは意識して演出した上で書きました。カメラの構図、照明のあて方、役者の出し入れなど。ナマ時代の演出をぼくは「交通整理」と卑称(ひしょう)していましたが、こんなときは役に立ってくれました。
 トリックの組み立ても、表立って見せる見せないは別として、その一瞬が絵になる状況を優先しています。
 文字より先に絵からはいった三つ子の魂なのでしょうか。

――昭和三〇年代のテレビ業界事情、青春小説のような熱気に引き込まれました。特に本作では舞台になった時代の描写を丹念にされているように感じましたが、いかがでしょうか。
 これは傍題に年号をいれたとき、決めていました。昭和一二年だの二四年では令和の読者にとって時代劇ですから、説明に苦しむと思いましたが、生きてる奴が今のうちに書き残さなくては時間と共に消えてしまうし、共学の文献を読んであまりに当事者の実感と乖離(かいり)しているので、体験者が書くのはそれなりに意味があると思いました。

――辻先生にとって、テレビ業界で過ごされた昭和三〇年代はどのような時代でしたか? のちの執筆活動への影響などございましたら、あわせてうかがいたいです。
 狂瀾怒濤(きょうらんどとう)でした。テレビどころか水洗トイレもティッシュペーパーもマカロニグラタンも知らない田舎のガキが(二十一の誕生日を迎えたところです)、やにわに赤坂(あかさか)のナイトクラブだの皇居の雅楽演奏を中継したのですから。
 わけがわからないなりに演出はおもしろかった。だがぼくにはやはり脚本が向いていることも確信できました。小説を書くようになるとは思わなかったな。

――ミステリ作家としてデビュー五〇周年、また卒寿おめでとうございます。これまでの作家業を振り返っていかがでしょうか? 転機になった作品や、特に印象深い出来事などございましたら教えてください。
 内藤陳(ないとう・ちん)さんに叱咤(しった)され紙屑にならずにすむモノを書いたのですが、どの社も拾ってくれず。書くより売り込むのに時間がかかって、でも宇山日出臣(うやま・ひでお)さんが快諾してくれたおかげで『サハリン脱走列車』が世に出ました。編集者刈谷(かりや)さんと組んだ『アリスの国の殺人』『完全恋愛』も思い出深いです。そもそも『仮題・中学殺人事件』を戸川安宣(とがわ・やすのぶ)さんがみつけてくれなかったら、小説家になっていなかったかも。

――小説、コミック、アニメの新作も常にチェックされていて尊敬しています。辻先生の中で新作に目を通すことはどんな意味がございますか?
 あ、これは好きだから。それだけです。子供のころの立ち読みとおなじです。今やロッキングチェアに腰をおろして読めるなんて贅沢(ぜいたく)の限りです。ドライアイとかすみ目がひどく、長く読めないのが辛いです。

――ミステリ作家を目指している方、また新人作家の方へメッセージをいただきたいです。
 新しいことをやりましょうよ。だってあなた若いんでしょう?(当たり前だ、ぼくに比べれば)

――『紙魚の手帖』読者に向けて一言お願い致します。
 どうぞこれからも末長くよろしくお願いいたします。(コラ、笑うんじゃない)

――今後のご予定を教えてください。
 いろんなシリーズに片端から幕を下ろしましたが、迷犬については曖昧だったので、最後の作として『異世界に伝わる九百九十九年密室で殺人が起きるらしいぞ 迷犬ルパン故郷に還る』を準備中です。夢の中で考えただけですから、今後どう変わるかわからんです。
 もうひとつ資料にあたっているのが『噓つきお兼(かね)の生涯 乱歩と小五郎』です。〝特殊設定にして十八禁ミステリ〟と冒頭にセールスポイントを掲げます。どんなものになりますやら。




辻真先(つじ・まさき)
1932年愛知県生まれ。名古屋大学卒。NHKに勤務後、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍。72年『仮題・中学殺人事件』でミステリ作家としてデビュー。82年『アリスの国の殺人』が第35回日本推理作家協会賞を、2009年に牧薩次名義で刊行した『完全恋愛』が第9回本格ミステリ大賞を受賞。19年に第23回日本ミステリー文学大賞を受賞。20年刊行の『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』が主要年末ミステリランキングにおいて3冠を獲得。

【本インタビューは2022年6月発売の『紙魚の手帖』vol.05の記事を転載したものです】

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13




馬鹿みたいな話!: 昭和36年のミステリ
辻 真先
東京創元社
2022-05-31