◎INTERVIEW 期待の新人 川野芽生『無垢なる花たちのためのユートピア』

幻想的で美しい世界を舞台にした初の小説集『無垢なる花たちのためのユートピア』を上梓する川野芽生さんにお話を伺いました。


――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 川野芽生です。一九九一年生まれ、神奈川県出身です。歌人としても活動しており、二〇二〇年にはじめての歌集『Lilith』(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))を上梓(じょうし)しました。小説の本は『無垢なる花たちのためのユートピア』がはじめてです。
 他に、評論やエッセイも書いています。評論は、『夜想』『ユリイカ』に寄稿したり、短歌誌に時評めいたものを連載したりしています。
 また、大学院の博士課程で比較文学を専攻しつつ、別の大学で非常勤講師として英語や翻訳論を教えています。

――この度は『無垢なる花たちのためのユートピア』の刊行、おめでとうございます。デビューの経緯は、二〇一八年に「Lilith」三十首で歌壇賞を受賞されて間もなくの頃、担当編集から小説の依頼をさせていただいたという流れでしたが、その前年には創元ファンタジイ新人賞に応募され、最終選考に選出されていますね。小説家を志(こころざ)すようになったのはいつ頃ですか?
 ありがとうございます。物心ついた時からお話を作り始め、ずっと将来の夢は「作家」と「大学の先生」と言っていました。外で遊ぶのが嫌いで、いつも一人で本を読むか物語を書くかしている子供でした。自由帳のページを切ってホッチキスで留めて本の形にして、そこに書いていたんです。他に、原稿用紙が気に入っている時期や、大学ノートにはまっている時期などもありましたね。鉛筆で掌(てのひら)の側面が真っ黒に光るまで書いていました。書いたものを机の抽斗(ひきだし)に仕舞(しま)っていたら、抽斗の奥からどんどん零(こぼ)れてくるようになってしまったので、親が段ボール箱をくれて、小学校卒業までに一箱分溜まりました。
 小学生の終わりに『指輪物語』を読んでから、幻想的な作品を書くようになりました。はじめて自分で納得のいく作品を書けたのは中学二年生の時です。中学・高校では文芸創作系の部活に複数入っていて、その頃は詩も書いていました。大学に入って短歌に出会い、そちらにのめり込んだためにしばらく小説の執筆からは離れていたのですが、小説を恋しく思う気持ちもやみがたく、よりにもよって卒論を書かなくてはならない時期に執筆を再開してしまいました。
 子供の頃と違って、小説を書くことと小説家になることはイコールではないとわかるようになったので、小説家は目指さなくてもいいかと思っていました。書く時は同時に、自分自身が未知の言葉に驚きながら読んでもいるので、自分という読者の存在で作品は完結しているかと思ったのです。でも、この作品を読めたら嬉しい人は他にもいるだろうに、読む手段がないのはかわいそうだな、という不遜(ふそん)な理由で再び小説家を志すようになりました。

――本書に収録されている六編の作品は、それぞれ舞台となる世界の設定が異なりますね。執筆するとき、世界設定はどのように作り上げていきますか?
 私の書くものは、ストーリーやキャラクターより、言葉と世界が主役なので、設定を作り上げる、という意識を持ったことはない気がします。いつもぼんやり他の世界のことを考えています。自分の生きている世界の、こういうところが違ったらどうなっていただろう、とか、こういうものがなかったら、とか、こういう服を着る人たちの住む世界はどういうものだろう、とか。あるいは絵やシーンが浮かんでいて、それがどういう場所なのかだんだんわかっていったりします。そういう世界が自分の中にいっぱいあって、それらの間を漂いながら生きていて、そのいくつかが言葉と適切に結びつくと作品になるかもしれません。
 あとは、言葉からできる場合だと、ひとつフレーズが降ってきて、それを書いたら続けて二文目が出て来て――という感じに書いていくと世界がひとつできていることも多いです。

――作品集の最後に収録されている「卒業の終わり」は、表題作の「無垢なる花たちのためのユートピア」と対(つい)をなすような作品を、とお願いして書き下ろしていただきました。どういった部分が対になっているのでしょうか。
 表題作は、空を飛ぶ船で共同生活を営む少年たちの話で、「卒業の終わり」は隔絶された女学園で暮らす少女たちの話と、どちらも謎めいた閉鎖的な空間で生きる子供たちを描いています。
 表題作を書く時は、ルシール・アザリロヴィック監督の映画「エヴォリューション」を意識しました。少年と大人の女性しかいない孤島で、グロテスクな事実が明らかになっていくという映画なのですが、インタビューで監督が「この題材は大人の男と少女だったらありきたりになってしまう」と語っていたのが印象的で、それで少年の話にしたんです。
 そのことは担当さんには話していなかったのですが、表題作と対になる作品を、少女を主人公で、と言われた時、アザリロヴィック監督の前作「エコール」の原作『ミネハハ』が例に出されて、偶然の一致に驚くような納得するような、でした。でも少女たちを描いた「エコール」はちょっと耽美(たんび)的に消費されがちなところが危うくて。だから「卒業の終わり」を書くにあたっては、消費の対象にされないようにという意識が強くありましたし、「同性の集団」の捉(とら)え方も表題作とは異なってくるし、結構雰囲気の違う作品になったかなとは思います。

――書いていて好きだった登場人物はいますか? 反対に、書くのに苦労した人物は?
 人間を書くこと自体が得意ではないので、苦労しています。私は人間のことを、不合理で矛盾していて、自分で思っているほどものを考えていないし自分自身のこともよくわかっていない存在だと思っているので、一貫性のある、輪郭のはっきりした人物を書きづらいのですが、そのためキャラクターの魅力が乏しいと感じられてしまうのではないかという懸念もあります。特に「卒業の終わり」の雨椿(あめつばき)などは、矛盾の多い、わかりづらい人物なので、読者の方にどう迎えていただけるか、気になるところです。
 一方、表題作の冬薔薇(ふゆそうび)や「いつか明ける夜を」の族長、「卒業の終わり」のかえでさんは、当初予想していなかった生気で作品を彩(いろど)ってくれた人たちです。生気、って何なのか、自分で言っておいてよくわからないのですが、ある種の「不服」とか「怒り」のことかもしれません。私の書く人物はあまり行動しないし、思考もぼんやりしていることが多いんです。人間の行動や思考は外的要因に大きく縛られていると思っているから。でも、いま挙げた三人は、無力感に苛(さいな)まれてはいるのですが、無力さへの苛立(いらだ)ちそのものが、内側に灯る炎になっていて、その炎によって思いがけない行動を取ったり、他の人にその炎を移していったりしてくれたように思います。

――幻想的で心惹(ひ)かれる世界を描きながら、世の中の差別や抑圧に対して毅然と否(いな)をつきつけるメッセージ性を持った作風が特徴的だと思います。どのような人にこの作品集を届けたいですか。
 第一に、この世界に居場所を持たない人たち、フィクションにおいてすら(既存の物語の中では)居場所を見つけられなかった人たち、です。でも、現実に居場所がない人のための隠れ家があるだけでは不足で、現実を変えなくてはいけないので、その意味で、すべての人、です。

――好きな作家と作品を教えてください。
 枚挙にいとまがないのですが、
 アンナ・カヴァン『氷』
 シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』
 タニス・リー〈パラディスの秘録〉シリーズ
 ダンセイニ『世界の涯(はて)の物語』
 トールキン『指輪物語』
 フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』
 ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』
 皆川博子『蝶』
 山尾悠子『ラピスラズリ』
 などなど。

――ご自身で目指す理想の小説のかたちはありますか?
 小説ひとつひとつに、その小説のあるべき完全なかたちがあって、雪が結晶になるように、小説が完全に近いかたちで具現化する手伝いをしたいと思っています。

――今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。
 ジャンルや形式に囚われずに表現を模索していきたいと思っています。壮大な長篇ファンタジーも書いてみたいですし、デビュー前は掌篇ばかり書いていたので、それも書き続けたいです。
 恋愛や結婚ではないかたちで人と人がともにある方法とか、自分が取り返しのつかないほど損なわれてしまう(と自分で感じる)ようなことがあった後で、それでも人が生きていく術(すべ)などについてずっと考えているので、それを描きたいのですが、ファンタジーにも、あるいはもっと純文学寄りの小説にもなりうると思います。一方で、人間が一人も出てこない話とか、ストーリーが全然ない話とか、言葉だけで成り立っているような小説も書きたいですね。

――最後に、読者に向けて一言お願いいたします。
 作者の言葉なんかより、作品そのものの言葉の方がずっと遠くまで届くと思っているので、あらためて何を言ったらいいかわからなくなってしまうのですが……。
 あなたにとってこれらの作品がかけがえのないものになるとしたら、その出会いは作品にとってもかけがえのない、世界でただひとつのもので、世界でたったひとりのあなたに出会えることを作品は待ち望んでいます。と、作品が言っています。あ、手を振ってますね。見えますか?




川野芽生(かわの・めぐみ)
1991年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科在学中。2017年、「海神虜囚抄」(〈間際眠子〉名義)で第3回創元ファンタジイ新人賞の最終候補に選出される。18年、「Lilith」30首で第29回歌壇賞を受賞し、20年に第一歌集『Lilith』を上梓。同書は21年、第65回現代歌人協会賞を受賞した。ほかの著作に『月面文字翻刻一例』がある。

【本インタビューは2022年6月発売の『紙魚の手帖』vol.05の記事を転載したものです】

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13