こんにちは、翻訳班のKMです。
写真はフェルディナント・フォン・シーラッハ『刑罰』文庫版、そして巣穴を埋められたような目でこちらを見るくらりです。「新刊の匂いくんかくんかだにゃ~」というポーズをリクエストしただけで、ここまで機嫌を損ねるとは思っていませんでした。
せっかくなので構図の近い比留子さんとツーショットを撮ってみました。くらりの表情もいくらか和らいだ気がしますね。そういうことにしましょう。
さて、10月19日刊行、『刑罰』文庫版の話に移ります。著者シーラッハは高名な刑事弁護士で、短篇集『犯罪』の執筆を機に作家としても名を知られるようになりました。『犯罪』は日本でも高い評価を受け、2012年の本屋大賞「翻訳小説部門」第1位、年末ミステリランキングでも上位にランクインしています。
私が初めて読んだシーラッハ作品も『犯罪』でした。淡々と語られる犯罪の顚末があまりに面白く、愕然としたことを覚えています。本作の後、シーラッハは長篇・戯曲を含む優れた作品を複数執筆していますが、なかでも短篇の切れ味は異質に感じます。そしてこのたび文庫化される『刑罰』も、震えるほどの迫力に満ちた短篇集です。
●『刑罰』内容紹介
赤ん坊を死なせた夫の罪を肩代わりし、3年後に出所の日を迎えた母親。静寂の中で余生を暮らし、夏の終わりに小銃に弾を込めた湖畔の住人――唐突に訪れる犯罪の瞬間には、彼ら彼女らの人生が異様な迫力をもってあふれだす。刑事専門の弁護士であり、デビュー作『犯罪』で本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いた当代随一の短篇の名手が、罪と罰の在り方を鮮烈に問う12の物語。訳者あとがき=酒寄進一/解説=千街晶之
各篇で主役となるのは犯罪者だけではありません。被害者、弁護士、参審員――犯罪と接触する人々の生き方を、シーラッハは丁寧に描いていきます。私が特に好きなのは短篇「奉仕活動」の序盤、法律事務所での採用面接のシーンです。主人公が面接官の質問に飄々と答えているところに、一人の老弁護士が入ってきます。この弁護士は、主人公がその事務所を志望するきっかけとなった人物でした。
老弁護士は主人公に「なぜ法学を専攻したのか」と尋ねます。主人公は既にその質問を面接官から受け、そつのない返答をしていました。しかし老弁護士に対して、同じ言葉を口にすることをためらいます。沈黙の後、小さな声で本当の動機を告げます。
平均して20ページにも満たない各篇には、犯罪と刑罰に翻弄され、それでも生きてゆく人間の美しさが凝縮されています。シーラッハの短篇が初めての方もお久しぶりの方も、ぜひ本書を手にとっていただければ幸いです。
(くらりもそう言っています)