〈猫丸先輩〉シリーズや『星降り山荘の殺人』の倉知淳が倒叙ミステリに挑んだ『皇帝と拳銃と』に続く、シリーズ第2弾がついに刊行となります。
《刑事コロンボ》や《古畑任三郎》シリーズを始め、映像作品での人気も高い「倒叙ミステリ」。このジャンルは物語の序盤に犯行が描かれ、それを隠し通そうとする犯人と、犯人を突き止めるべく捜査を進める探偵役とのスリリングな駆け引きが魅力的なミステリとなっております。
犯人が最初から読者に提示されているという構成もあり、魅力あふれる名犯人が多いのも、このジャンルの特長です。
そして本作にも、魅力あふれる犯人が四人も登場いたします。
第一話「愚者の選択」は、とある漫画週刊誌の編集者が、担当している作家の仕事場を訪れるところから始まります。この作家は『探偵少女アガサ』という大人気推理コミックを12年も連載している、出版社を成り立たせていると言っても過言ではないほどの稼ぎ頭です。そんな大人気作家が、アシスタントたちも打ち上げで出払った仕事場で編集者に告げたのは、「終わりです。連載を終わらせようと思っています」という衝撃的な言葉でした。
『アガサ』12年の歴史が自分が担当しているときに途絶えてしまう、会社の経営にも大きな影響を及ぼす可能性がある――次々と頭をよぎる懸念事項に混乱する編集者ですが、なんとか思いとどまらせようと、必死に説得します。ですが、編集者の試みもむなしく、作家は外堀を埋めるためにSNSで公表しようと携帯電話を手に取ったのです。
このまま公表されれば自分の立場も危うい、何とか止めなくては……追い詰められ、半ば錯乱状態に陥ってしまった編集者は、咄嗟にハサミを手に取り作家の胸に突き刺してしまうのです――。
そう、「愚者の選択」で犯人になるのは、あろうことか会社のドル箱ともいえる作家を勢い余って殺してしまった担当編集者なのです。
自分の意志に反して相手を刺し殺してしまった彼は、果たしてどのような手段で捜査の眼を欺き、そして会社の危機ともいえる局面にどのように立ち向かっていくのか。彼の犯行計画をどうぞ見届けてください。
他にも、第二話「一等星かく輝けり」では悪徳芸能プロモーターを手にかける歌謡界の“元”スターが、第三話「正義のための闘争」では裏切った腹心の部下に鉄槌を下す人気タレント文化人が、表題作「世界の望む静謐」では脅しにより肉体関係を迫る同僚の口を封じる美大予備校の講師が、それぞれの理由で人を殺し、その罪を隠蔽するために奔走します。
そして、倒叙ミステリには欠かせないもう一つの魅力は何と言っても探偵役です。
今作で登場するのは、「乙姫」という可愛らしい名前の警部です。しかしその名前に反し、彼にあった犯人は必ず錯覚するのです。
死神だ。死神が来た――と。
削ぎ取ったように痩せた頰、刃物で切り落としたように鋭い顎、悪魔を思わせる鉤鼻、そして虚無の深淵を覗き込んだかのような陰気で表情の感じられない瞳。それらが与える死神めいた印象に違わず、乙姫警部はじわりじわりと犯人たちを追い詰めていきます。
そして、彼が対峙した犯人に放つのは、「あなたのことは、最初から疑っていました」という無慈悲な一言。
――犯人たちと“死神”のめくるめく攻防を、どうぞお楽しみください。
そして『皇帝と拳銃と』から続くこのシリーズに、著者・倉知淳さんが仕掛けた遊び心はまだあります! 各話のタイトルにタロットカードの大アルカナをあしらっているのです。
「“愚者”の選択」「一等“星”かく輝けり」「“正義”のための闘争」「“世界”の望む静謐」、そして既刊では「“運命の(銀)輪”」「“皇帝”と拳銃と」「“恋人”たちの汀」「“吊られた男”と語らぬ女」。
このモチーフをもとに描いていただいた牧野千穂さんの装画も必見です!!
デザインも引き続き岩郷重力さんにお願いしました。
お二人とも、今回も素晴らしい装画・装丁をありがとうございました。
それでは、魅力的な登場人物たちであふれた『世界の望む静謐』をどうぞよろしくお願いいたします!