罪深い町シンフルへ、ようこそ
穂井田直美  

 本書、ジャナ・デリオン作の『どこまでも食いついて』は、ルイジアナ州の田舎町シンフルを舞台に、CIAの女スパイとこの町に住むタフなおばあちゃんふたりの三人組が、パワー全開で大暴れする、いま最も活きのいいスラプスティック・コージー・ミステリ、〈ワニの町へ来たスパイ〉シリーズの第五弾である。
 まだなの、まだなのと、首を長くして、新作を待ち続けてきた方々はもちろん、本書で初めて三人の活躍に触れた方々も、この五作目を読み終わったいまは、きっと、このシリーズにすっかりハマっているにちがいない。

 中東でのミッションで少々やりすぎてしまい、大物武器商人から命を狙われる羽目に陥ったCIAの秘密工作員レディング(通称フォーチュン)は、しばらく身を潜めるために、元ミスコン女王で編み物が趣味の図書館司書になりすまし、大おばマージの遺産整理をするというふれこみで、人口三百人に満たないのどかな田舎町にやって来たというのが、シリーズ一作目『ワニの町へ来たスパイ』の幕開けである。
 ところが到着早々、大おばの飼っていた老犬が、裏庭の先を流れているバイユー(濁った川)で人骨を見つけたせいで、地元婦人会〈シンフル・レディース・ソサエティ(SLS)〉のアイダ・ベル会長とその相棒ガーティと深く関わり合うことになってしまう。その人骨は一体誰のものなのだろう? フォーチュンは彼女たちに焚きつけられ、一緒に真相究明に乗り出すことに――。
 本書『どこまでも食いついて』がスタートするのは、フォーチュンがシンフルに到着してから一か月後のことである。このわずかひと月の間に、二作目の『ミスコン女王が殺された』では、町のイベントのために帰郷したもうひとりの元ミスコン女王が、三作目の『生きるか死ぬかの町長選挙』では、町長選に出馬したアイダ・ベルの対立候補者が殺され、四作目の『ハートに火をつけないで』では、フォーチュンの友アリーが家に放火されたうえに何者かにつけ狙われる。シンフルって、アメリカで最も危険な町の一つじゃないかしら。
 とはいえ、町をひっくり返すような大事件が頻発しても、毎日曜日、バプティスト教会とカトリック教会では礼拝が行われ、終わるやいなや、前者に属するSLSと、対立している後者の婦人会〈ゴッズ・ワイヴズ(GW)〉の面々は、カフェで供される、郡で一番おいしい売り切れ御免のバナナプディングを確保しようと、手段を選ばない熾烈(しれつ)な競走を始めるのだから、シンフルは、思った以上に奥深いしたたかさを持つ町にちがいない。
 シリーズをつなぐ大きな軸のひとつが、フォーチュンと保安官助手カーター・ルブランクの恋模様である。町に着いた彼女に最初に声をかけたのがカーターだった。ヒールが折れたハイヒールをバイユーに投げ込んだところを見咎められ、逮捕をちらつかせる庇護者(ひごしゃ)めいた上から目線な彼の言い様に、反発しか感じなかった出会いからくらべれば、お互いの気持ちは前向きになっているようなのだが、このロマンスはすんなりと進んでゆくのだろうか? 事件が起きるたびに、その近くには必ず三人組がおり、カーターの言うことなどまったく聞かずに行動するのだから、彼女たちの身を案じるためとはいえ、彼は、ついつい庇護者めいた警告や口出しをしてしまう。そして、結局はいいように振り回されてしまうのだ。それでも彼は、四作目で、しっかりとフォーチュンとの初デートにこぎつけたのだった。
 本書は、初デートの翌朝早く、デートの顚末を聞きたくてうずうずしているアリーに、フォーチュンが起こされるところから始まる。ところが甘い余韻にひたる間もなく、アイダ・ベルとガーティから、宿敵にしてGWの会長であるシーリア・アルセノーが町長選に立候補したという凶報がもたらされ、追いうちをかけるように、町のもうひとりの保安官助手から、バイユーに向かったカーターが銃撃されSOSを発してきたと知らされ、またもや、シンフルに不穏な空気が――。
 巻を重ねるにつれ、シリーズの個性や魅力はますます輝いてくるが、『どこまでも食いついて』では、それらに加えて、緊迫感や家族への強い思いが描かれ、一歩抜きんでた作品に仕上がっている。
 例えば、水没寸前のボートを発見するやいなや、フォーチュンは後先考えずにバイユーに飛び込み、必死にカーターを探すのだが、読むほうも、思わず息を止めてしまう迫真の描写になっている。そして、緊急搬送された病院に集まり、予断を許さない容態のカーターを気遣う、彼を愛する人々の不安や思いは、読み手の胸にもせまってくるにちがいない。

 湿地三人組としてフォーチュンとチームを組むアイダ・ベルとガーティは、ミステリ史上最も元気なおばあちゃんたちだ。無鉄砲で向こう見ず、信念のままに行動する彼女たちの活躍は痛快で、読んでいるだけでエネルギーがもらえ、爽快な気分になる。
 アイダ・ベルにはリーダーとしての頼もしさを感じるが、私は、体型が近いことや、性格が似ていることもあって、小柄なガーティに親しみを覚えている。彼女は、一見、世話好きの無害なおばあちゃんにしか見えないが、侮ってはいけない。いつも提げている大きなバッグには、せめて五十アイテム減らせばと、フォーチュンを呆れさせるくらい、頭痛薬や水のボトルといったよくあるものから、拳銃やら手裏剣やら様々な武器までが、ぎっしり詰め込まれている。それらを駆使し、独創的な発想力で窮地を乗り越える、かっこいいおばあちゃんなのだ。

 さて、蛇足かもしれないが、ファンの皆さまにお得な情報をいくつか紹介したい。
 このシリーズを出版している東京創元社が発行する総合文芸誌〈紙魚(しみ)の手帖〉二〇二二年八月号に、『ジャナ・デリオン〈ワニ町〉シリーズ応援イラスト』と題して、シンフルの絵地図が掲載されている。もちろん、イラストはシリーズのカバーイラストでお馴染みの松島由林さんだ。それを眺めていると、フォーチュンが滞在しているマージの家がカーターの家と意外と近いことににんまりしたり、でも、アイダ・ベルの家やガーティの家も近所にあるのがねと、お節介な妄想がどんどん湧いてきたりする。
 また、〈Web東京創元社マガジン〉のページで、「ワニ町」と検索すれば、〈ワニ町〉を含む記事のリストを見ることができる。特に、二〇二一年の一二月一七日の『〈ワニ町〉シリーズ続刊翻訳決定&重版御礼キャンペーン 既刊プレゼント企画!』をクリックすれば、同じく松島由林さんによる『〈ワニ町〉シリーズ 主な登場人物イメージ表』というイラスト入り相関図を見ることもできる。
 更にこの記事には、〈ワニ町〉シリーズの二作目、三作目、四作目に掲載されている、大矢博子さん上條ひろみさん♪akiraさんによる、〈ワニ町〉愛に溢れた熱い解説へのリンクも張られているので、気になる方は、是非!

 さて、次作の翻訳が出るのはいつ頃なのだろうか。待ちきれないけど、それまでは、バナナプディングを食べながら、このシリーズが大好きな友と、〈ワニ町〉愛を肴(さかな)にしたおしゃべりで我慢することになるのかな。




本記事は10月11日に創元推理文庫より刊行されるジャナ・デリオン/島村浩子訳『どこまでも食いついて』の解説を全文転載したものです。(東京創元社編集部)



■穂井田直美(ほいだ・なおみ)
書評家。主な解説にマクニール『スパイ学校の新任教官』、ライガ『殺人者たちの王』、ハワード『遭難信号』などがある。