さて、続く二冊は「悪魔との契約」のヴァリエーション。
 
 まず、明神(みょうじん)しじまの『あれは子どものための歌』(東京創元社 1800円+税)は、第七回ミステリーズ!新人賞佳作の「商人(あきんど)の空誓文(からせいもん)」をはじめ、〈ミステリーズ!〉に掲載された三篇の短編に描き下ろしの二篇を加えた連作短編集だ。

 ことの起こりは、飢餓(きが)に苦しむ北の国・ノドに、ジャガイモの種芋が伝えられたことに始まる。国王がとある商人から献上されたその芋を料理させてみたらたいへん美味で、王は栽培を奨励するのだが、なかなか広まらない。そこで商人は王家の畑に柵と見張りを立てることを進言。人間の天(あま)の邪鬼(じゃく)な欲求を利用した作戦は成功し、種芋は順調に盗まれ、国中でジャガイモ栽培が流行(はや)りはじめる。ところがある日、ひとりの青年が、ジャガイモを盗んだと自首してきたのだ……。

 第一話「商人の空誓文」は二人の青年による会話劇だ。ジャガイモで飢餓を免れたはずのノド国が滅んでから八年の後。ジャガイモを最初に料理した王宮の料理長の息子キドウと、種芋を盗んだと告白したカルマが、異国の酒場で再会する。キドウはジャガイモ事件の真相を、一方のカルマは旅の途中で聞いたという、影を切り離すことのできるナイフを手に入れた男の話をはじめる。

 一見繫がりのない二つのエピソードの交点に現れる、影のない男の姿がなんともスリリング。この仕掛けは繰り返され、どんな賭けにも勝つ力を得た少女、あらゆる傷や病を治す名医など、この世の理(ことわり)に背く力を得た五つの物語は補完しあい、その向こうに大きな陰謀劇が現れる。幾層にも重ねられた騙(かた)りが産み出す物語の奥行きを楽しんでいただきたい。

 V・E・シュワブ『アディ・ラルーの誰も知らない人生』(高里(たかさと)ひろ訳 上下巻 早川書房 各1700円+税)は、老いることなく三百年生き続ける女性の物語だ。発端は十八世紀の初頭。望まぬ結婚を強(し)いられたアディは、人ではない存在と契約、魂と引き換えに自由な時間を手に入れる。しかしこの契約によって、アディは他人の記憶に残らないという呪いを受けてしまう。たとえ一晩を共にしようとも、ひとたび視野から外れると相手の記憶からアディは消えてしまう上に、文字や絵を残すこともできない。

 芸術家へのインスピレーションという形で、自分の爪痕を残そうとしてきた彼女が、現代のニューヨークでついにアディを忘れない青年と出会う。三百年に及ぶ社会の変化にも屈することのなかったアディの心が、たったひとつの出会いによって揺らぎ始める。ロマンチックな結末が心地よく胸に響く。

『彼の名はウォルター』(さくまゆみこ訳 あすなろ書房 1600円+税)は、《リンの谷のローワン》《デルトラ・クエスト》で知られるオーストラリアの児童文学作家エミリー・ロッダの新作。遠足の帰り、嵐を避けるために丘の上の古い屋敷に駆け込んだ子どもたちは、荒廃した屋敷の中で一冊の本を見つける。それはウォルターという名の孤児の一生を描いた絵物語だった。この作中作は、ロマンスにおとぎ話ならではの残酷さや不気味さを盛り込んだファンタジーなのだが、物語が進むにつれ、その内容が現実と一致しはじめる。その符合はいったい何を意味しているのか……。

 物語は外枠で帰結し、最終的にはファンタジーではないところに着地する。なぜその本はファンタジーとして描かれなければならなかったのか。暴力や戦争に対する無力さを実感する今、改めてファンタジーの意義について考えさせられる一冊。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。