『玉妖綺譚』で第一回創元ファンタジイ新人賞の優秀賞を受賞した真園(まその)めぐみの新作『やおよろず神異録(しんいろく) 鎌倉奇聞(きぶん)』(創元推理文庫(上・下) 各800円+税)の舞台は、大河ドラマでもお馴染み、十三人の合議制に移行した源頼家(みなもとのよりいえ)将軍時代の鎌倉だ。
薬売りの真人(まひと)や颯(はやて)が育った遠谷(おちだに)は、精霊の祝福を受ける豊かな村で、〝流(なが)れ神(がみ)〟と呼ばれる神がこの世に現れる地でもある。ある日、正体不明の武士の集団が村を襲撃。彼らは神域を穢(けが)して、御神刀(ごしんとう)を奪った上に、颯を連れ去った。真人は、高位の流れ神の力を借り、颯を取り戻すために鎌倉へと向かう……。
鎌倉の地に幕府が開かれ、新しい体制のもとで人々が、自然や古い慣習から乖離(かいり)しはじめる。日本古来の八百万(やおよろず)の精霊信仰をベースに、死と再生を繰り返す流れ神というアイデアを重ね、その精霊神たちが滅びつつある時代の空気を写しとろうとした意欲作。古い精霊神たちが否定される一方で、人の欲望が闇神(くらがみ)という新たな存在を生み出してしまう。その矛盾もまた自然の映し鏡のようで面白い。
ジェイムズ・ブランチ・キャベル『土のひとがた』(安野玲(あんのれい)訳 国書刊行会 3400円+税)は、『ジャーゲン』『イヴのことを少し』に続く《マニュエル伝》の最終巻。これまで、豚飼いから救世主になったドム・マニュエルと、その子孫たちが繰り広げる九世紀にわたる神話的英雄譚という大筋と、衒学的(げんがくてき)な奇書であるという情報のみが伝えられきた幻の名著のひとつ。実は、四十年ほど前に国書刊行会の叢書《世界幻想文学大系》で『夢想の秘密』が訳されているので、これで計四巻が訳されたことになるが、原書は実に全十八巻に及ぶ大著だ。
さて『土のひとがた』は、その一族の始祖であるドム・マニュエルの物語。豚飼いのマニュエルは、ある日、怪しい老人から一振りの剣を渡され、邪悪な魔法使いに拐(かどわ)かされた姫を救って妻にしろと唆(そそのか)される。ところがマニュエルは魔法使いの元にたどりつく前に出会った小間使いに一目惚れ、さらに囚われの姫君の方も魔法使いを調教済みで困ってないし、また夫教育をやり直すのはもうごめんだという。というわけでマニュエルは邪悪な魔法使いも姫君も放置して、乙女と手に手をとって故郷に帰還したと思いきや、突然、死神が現れて彼女を冥府(めいふ)へと連れ去ってしまう。
英雄神話の類型を茶化したような冒頭から、矢継ぎ早に怪異や魔法が繰り出され、高邁(こうまい)なロマンと地べたな合理主義がノリツッコミを繰り返す。展開の速さが尋常ではないが、ユーモアの方向はけっこう現代の読者とも親和性が高そうだと感じた。各話が独立した物語なのでどこから読んでも構わないが、得体が知れないのでとりあえず一冊という向きには、物語の時系列的に最初の物語である本書をお薦めする。
シャンナ・スウェンドソン『魔法使いの失われた週末』(今泉敦子(いまいずみあつこ)訳 創元推理文庫 880円+税)は、二〇二〇年に完結した《(株)魔法製作所》シリーズ初の短編集。シリーズファンにとって嬉しいプレゼントであることは間違いないが、特に、ガーゴイルのサム好きの同志は必読。中でも「犯罪の魔法」は、第一作『ニューヨークの魔法使い』の直前をサムの視点から描いた作品で、シリーズを最初から読み返したくなること必至だ。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。