みなさま、はじめまして。このたび、長編ミステリ『エフィラは泳ぎ出せない』で小説家デビューすることになった五十嵐大と申します。
ひょんなことから担当編集者に声をかけられ、長編小説を、しかもミステリを書くことになっておよそ1年、ようやく完成した作品が日の目を見ることになりました。
ホッとしていたのも束の間、「『ここだけのあとがき』を書いてください」と言われ、どうしようどうしよう……と言いながら筆を執っています。
さて、延々困っていても仕方ないので、覚悟を決め、本作について少し綴ってみようと思います。
本作を執筆しようと思ったきっかけは、数年前にまで遡ります。その頃、まだ小説の出版予定もない、いち小説家志望者だったぼくは、ひとつのニュースを目にしました。
それは、地方に住む知的障害者が自殺した、というニュースでした。
遺族の方もいらっしゃることですから、ここで詳細を語ることはしません。
当時、そのニュースを目にしたぼくは、しばし呆然としていました。そして気がつけば、泣いていました。事件の詳細を知れば知るほど、どうしてその方が自殺しなければいけなかったのかと、悲しみに囚われてしまったのです。
それはなぜか。ぼくの両親が耳の聴こえないろう者だったから。事件は、決して他人事ではなかったのです。
そしてそのとき、書こうと思い立ちました。障害を理由に追い詰められてしまう人がいる。その現実を書こう、と。
しかしながら、それはもう少し先の未来で実現すること、のはずでした。小説コンクールで新人賞を受賞し、5年、10年と小説家としてのキャリアを積み、充分な筆力を身につけたときに書く。そのつもりだったのです。そうでなければ書けない、と思っていました。
けれど現実とは不思議なものです。あるとき、小説コンクールでは箸にも棒にもかからなったぼくに、小説家デビューの話が降って湧いてきました。
「うちから、小説家としてデビューしませんか?」
担当編集者からそう言われた日のことは、いまだに忘れられません。やはりコンクールを受賞するのがスタンダードだと思っていたぼくは多少逡巡しましたが、結果としては、「よろしくお願いします!」と手を差し出していました。
「では、どんな物語を書きたいですか?」
そう問われ、浮かんできたのが、本作です。
本当はもっと鍛錬してから書こうと思っていたのに、「なにを書きたいか」と訊かれたぼくの口からは、自然と言葉がこぼれていました。
「障害のある兄が自殺し、その謎を追う弟の物語が書きたいです」
こうして、本作の執筆がスタートしました。2021年8月のことです。
あれから1年、本作を発表するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
普段ぼくは、ライターの仕事をしています。それを知った方からすれば、「それなら文章は書き慣れているでしょう?」と思われるかもしれません。たしかに文章を書かない日はほとんどない。でも、そもそもぼくはあまり文章力があるタイプではない上に、ライターとして書く文章と小説家としてのそれは似て非なるものです。本作の執筆をスタートした当初は、毎日、混乱していました。ライター仕事を終え、それから小説の執筆に取り掛かる。すると小説を書いているはずなのに、なんだかライターの癖が出てしまう。だったら先に小説を書いて、一段落ついてからライター仕事をこなしてみよう。今度は、ライター原稿に不要な描写や比喩を入れまくってしまい、なんだこりゃ……という仕上がりに。あの頃、毎日ヒーヒー言っていました。本当に。
そこでぼくは決断しました。本作を書き上げるまでは可能な限りライター仕事を減らし、なるべく小説執筆に時間を費やそう。いつも仕事をくれていた取引先に頭を下げ、仕事を減らしてもらう。必然的に貯蓄も減っていく。だけど、初小説へのプレッシャーは日に日に増していく。もうどうしよう……。思わず担当編集者に泣きつくときもありました。やっぱり無理かもしれないと、心が折れそうになる瞬間は数え切れないくらいありました。
それでも絶対に諦めたくはなかった。もちろん、これを書き上げれば小説家になれる、という興奮もありました。ただそれ以上に、この物語を書かなければいけない、これをひとりでも多くの方に届けなければいけないんだ! という、使命感にも似た思いが、胸の奥で燃え上がっていたからです。
絶対に、絶対に伝えるんだ!
そんな情熱だけをコンパスに、最後まで書き上げたのは今年2月。約半年という月日をかけ、500枚超の初稿ができあがったというわけです。
そうしてできあがった初稿は、もちろんズタボロ。でも、通して読んだとき、主人公である衛(まもる)くんがそこに息づいているように感じました。すみません、これはもはや「親ばか」に近い感覚かもしれません。でも本当に、そこには衛くんがいて、必死に汗をかきながら、事件の謎を追いかけていたのです。それを読みながら、泣いてしまいました(泣きすぎですね)。
その後、担当編集者のアドバイスを受けながらブラッシュアップを重ね、ようやく完成までこぎつけることができました。
いま、『エフィラは泳ぎ出せない』は、文芸界というどこまでも広大でどこまでも深い海に、泳ぎ出そうとしています。
ひとりでも多くの読者さんのもとまで、辿り着けますように。ひとりでも多くの読者さんの心に、小さな波を立てられますように。そして本作に込めたメッセージを、ひとりでも多くの読者さんが受け取ってくれますように。
そう願いながら、親ばかな作者は、『エフィラは泳ぎ出せない』の行方を見守っています。
読書好きのみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
2022年8月吉日
ひょんなことから担当編集者に声をかけられ、長編小説を、しかもミステリを書くことになっておよそ1年、ようやく完成した作品が日の目を見ることになりました。
ホッとしていたのも束の間、「『ここだけのあとがき』を書いてください」と言われ、どうしようどうしよう……と言いながら筆を執っています。
さて、延々困っていても仕方ないので、覚悟を決め、本作について少し綴ってみようと思います。
本作を執筆しようと思ったきっかけは、数年前にまで遡ります。その頃、まだ小説の出版予定もない、いち小説家志望者だったぼくは、ひとつのニュースを目にしました。
それは、地方に住む知的障害者が自殺した、というニュースでした。
遺族の方もいらっしゃることですから、ここで詳細を語ることはしません。
当時、そのニュースを目にしたぼくは、しばし呆然としていました。そして気がつけば、泣いていました。事件の詳細を知れば知るほど、どうしてその方が自殺しなければいけなかったのかと、悲しみに囚われてしまったのです。
それはなぜか。ぼくの両親が耳の聴こえないろう者だったから。事件は、決して他人事ではなかったのです。
そしてそのとき、書こうと思い立ちました。障害を理由に追い詰められてしまう人がいる。その現実を書こう、と。
しかしながら、それはもう少し先の未来で実現すること、のはずでした。小説コンクールで新人賞を受賞し、5年、10年と小説家としてのキャリアを積み、充分な筆力を身につけたときに書く。そのつもりだったのです。そうでなければ書けない、と思っていました。
けれど現実とは不思議なものです。あるとき、小説コンクールでは箸にも棒にもかからなったぼくに、小説家デビューの話が降って湧いてきました。
「うちから、小説家としてデビューしませんか?」
担当編集者からそう言われた日のことは、いまだに忘れられません。やはりコンクールを受賞するのがスタンダードだと思っていたぼくは多少逡巡しましたが、結果としては、「よろしくお願いします!」と手を差し出していました。
「では、どんな物語を書きたいですか?」
そう問われ、浮かんできたのが、本作です。
本当はもっと鍛錬してから書こうと思っていたのに、「なにを書きたいか」と訊かれたぼくの口からは、自然と言葉がこぼれていました。
「障害のある兄が自殺し、その謎を追う弟の物語が書きたいです」
こうして、本作の執筆がスタートしました。2021年8月のことです。
あれから1年、本作を発表するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
普段ぼくは、ライターの仕事をしています。それを知った方からすれば、「それなら文章は書き慣れているでしょう?」と思われるかもしれません。たしかに文章を書かない日はほとんどない。でも、そもそもぼくはあまり文章力があるタイプではない上に、ライターとして書く文章と小説家としてのそれは似て非なるものです。本作の執筆をスタートした当初は、毎日、混乱していました。ライター仕事を終え、それから小説の執筆に取り掛かる。すると小説を書いているはずなのに、なんだかライターの癖が出てしまう。だったら先に小説を書いて、一段落ついてからライター仕事をこなしてみよう。今度は、ライター原稿に不要な描写や比喩を入れまくってしまい、なんだこりゃ……という仕上がりに。あの頃、毎日ヒーヒー言っていました。本当に。
そこでぼくは決断しました。本作を書き上げるまでは可能な限りライター仕事を減らし、なるべく小説執筆に時間を費やそう。いつも仕事をくれていた取引先に頭を下げ、仕事を減らしてもらう。必然的に貯蓄も減っていく。だけど、初小説へのプレッシャーは日に日に増していく。もうどうしよう……。思わず担当編集者に泣きつくときもありました。やっぱり無理かもしれないと、心が折れそうになる瞬間は数え切れないくらいありました。
それでも絶対に諦めたくはなかった。もちろん、これを書き上げれば小説家になれる、という興奮もありました。ただそれ以上に、この物語を書かなければいけない、これをひとりでも多くの方に届けなければいけないんだ! という、使命感にも似た思いが、胸の奥で燃え上がっていたからです。
絶対に、絶対に伝えるんだ!
そんな情熱だけをコンパスに、最後まで書き上げたのは今年2月。約半年という月日をかけ、500枚超の初稿ができあがったというわけです。
そうしてできあがった初稿は、もちろんズタボロ。でも、通して読んだとき、主人公である衛(まもる)くんがそこに息づいているように感じました。すみません、これはもはや「親ばか」に近い感覚かもしれません。でも本当に、そこには衛くんがいて、必死に汗をかきながら、事件の謎を追いかけていたのです。それを読みながら、泣いてしまいました(泣きすぎですね)。
その後、担当編集者のアドバイスを受けながらブラッシュアップを重ね、ようやく完成までこぎつけることができました。
いま、『エフィラは泳ぎ出せない』は、文芸界というどこまでも広大でどこまでも深い海に、泳ぎ出そうとしています。
ひとりでも多くの読者さんのもとまで、辿り着けますように。ひとりでも多くの読者さんの心に、小さな波を立てられますように。そして本作に込めたメッセージを、ひとりでも多くの読者さんが受け取ってくれますように。
そう願いながら、親ばかな作者は、『エフィラは泳ぎ出せない』の行方を見守っています。
読書好きのみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
2022年8月吉日
五十嵐 大
■五十嵐大(いがらし・だい)
1983年、宮城県出身。元ヤクザの祖父、宗教信者の祖母、耳の聴こえない両親のもとで育つ。高校卒業後上京し、ライター業界へ。2015年よりフリーライターとして活躍。現在は、ハフポスト日本版、「かしわもち」(柏書房)、「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)など、Webメディアから雑誌まで幅広い媒体に寄稿している。自身の両親のことを綴ったエッセイ『しくじり家族』(CCCメディアハウス)、『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』(幻冬舎)が話題となる。