ピーター・スワンソンも『そしてミランダを殺す』が〈このミステリーがすごい!〉の第二位になるなど実績のある作家。彼の第四作が、『アリスが語らないことは』(務台夏子訳 創元推理文庫 1100円+税)だ。
こうしたハリーの視点で語られる〈現在〉のパートに、アリスの視点から、まだ十代だった彼女の日々が描かれる〈過去〉のパートが交わるという構成で、本書は進んでいく。序盤から中盤にかけては、かなりしずしずと、しかし緊張感に満ちて、だ。その緊張感は、〈現代〉パートの軸(じく)に父の転落死の謎があるとはいえ、謎解きとはまた別種のものだ。両パートともに、血の繫(つな)がらない家族との性的な緊張感が語られているのである。〈現在〉パートではハリーと義母のアリスとの、そして〈過去〉パートではアリスと母の夫である男性との。著者はそうした緊張感を更に刺激するエピソードを巧みに連ねて、読者を魅了し続ける。そう、ドキドキしながら読み進んでしまうのだ。
だが、この物語はそのままのかたちで決着するわけではない。そうした緊張感のなかに、いくつかの不審な死が放り込まれ、そしてあるポイントにおいて、こんなところにこんな噓がひそんでいたのかという驚きと共に、物語の構図が一変する。そこから結末にかけては、意外な情報の開示と強烈なサスペンスが一体となって、物語が突っ走る。結果として、冒頭から結末まで一気に読まされてしまうのだ。これまた満足度が高い一冊だが、さらに付け加えておくと、作中で実在のミステリや音楽が活(い)かされている点も嬉しい。大学が舞台の犯罪小説ベスト5とか、何度も何度も「ママ」と繰り返し歌うフィル・コリンズとか。
最後はデビュー作。アレキサンドラ・アンドリューズの『匿名作家は二人もいらない』(大谷瑠璃子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1360円+税)だ。主役を務めるのは、二六歳のフローレンス・ダロウ。内心で作家となる願望を抱きつつ、ニューヨークの出版社で編集アシスタントをしていたが、ある判断ミスで失職した。そんな彼女が次に得たのは、デビュー作が大ヒットしたモード・ディクソンのアシスタントという職だった。モードは、年齢も性別も伏せた匿名作家である。フローレンスは、米国北部の田舎町にあるモードの自宅兼仕事場の離れに住み込み、原稿のタイプやメール返信などの仕事を始めた……。
ハリーがコネチカット州の大学を卒業する直前のこと、メイン州の実家で暮らす父が死んだという報(しら)せが舞い込んだ。海辺を散歩中の転落死のようだが、警察によれば、転落直前に殴られた痕跡もあるという。実家に戻ったハリーは、父の後妻であるアリスに――父より一五歳も年下で、そしてハリーより一五歳だけ年上のアリスに――状況を尋ねながら、なにが起こったのかを知ろうとする……。
こうしたハリーの視点で語られる〈現在〉のパートに、アリスの視点から、まだ十代だった彼女の日々が描かれる〈過去〉のパートが交わるという構成で、本書は進んでいく。序盤から中盤にかけては、かなりしずしずと、しかし緊張感に満ちて、だ。その緊張感は、〈現代〉パートの軸(じく)に父の転落死の謎があるとはいえ、謎解きとはまた別種のものだ。両パートともに、血の繫(つな)がらない家族との性的な緊張感が語られているのである。〈現在〉パートではハリーと義母のアリスとの、そして〈過去〉パートではアリスと母の夫である男性との。著者はそうした緊張感を更に刺激するエピソードを巧みに連ねて、読者を魅了し続ける。そう、ドキドキしながら読み進んでしまうのだ。
だが、この物語はそのままのかたちで決着するわけではない。そうした緊張感のなかに、いくつかの不審な死が放り込まれ、そしてあるポイントにおいて、こんなところにこんな噓がひそんでいたのかという驚きと共に、物語の構図が一変する。そこから結末にかけては、意外な情報の開示と強烈なサスペンスが一体となって、物語が突っ走る。結果として、冒頭から結末まで一気に読まされてしまうのだ。これまた満足度が高い一冊だが、さらに付け加えておくと、作中で実在のミステリや音楽が活(い)かされている点も嬉しい。大学が舞台の犯罪小説ベスト5とか、何度も何度も「ママ」と繰り返し歌うフィル・コリンズとか。
最後はデビュー作。アレキサンドラ・アンドリューズの『匿名作家は二人もいらない』(大谷瑠璃子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1360円+税)だ。主役を務めるのは、二六歳のフローレンス・ダロウ。内心で作家となる願望を抱きつつ、ニューヨークの出版社で編集アシスタントをしていたが、ある判断ミスで失職した。そんな彼女が次に得たのは、デビュー作が大ヒットしたモード・ディクソンのアシスタントという職だった。モードは、年齢も性別も伏せた匿名作家である。フローレンスは、米国北部の田舎町にあるモードの自宅兼仕事場の離れに住み込み、原稿のタイプやメール返信などの仕事を始めた……。
都会派の出版業界サスペンスかと思えばさにあらず、全く別の土地を主な舞台とする犯罪小説であった。フローレンスはモードによって心を乱され、悩ましい決断を迫られ、それによって危機に次ぐ危機に襲われることになり、さらに衝撃的な事態に直面し、という展開で、前述の二冊同様、頁をめくる手が止まらない。また、〝匿名作家〟と〝作家志望者〟という組合せを平凡には終わらせなかった点も評価したい。主要舞台となる灼熱(しゃくねつ)の土地や、その土地の人々の描写も優れており、異邦人たるフローレンスの心が乱れていく様にも説得力が宿っている。そしてピリオドが鮮(あざ)やか。この小説らしいかたちで物語が締めくくられているのだ。本書は〈ニューヨーク・タイムズ〉紙の二〇二一年ベスト・ミステリの一冊に選ばれるなどの高評価も納得の出来映えだ。絶賛する。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。