成功報酬五千円でアリバイ崩しを請け負う、あのヒロインが還って来た。
大山誠一郎『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承(うけたまわ)ります2』(実業之日本社 1500円+税)は、『二〇一九本格ミステリ・ベスト10』国内ランキング第一位に輝き、主演・浜辺美波で連続ドラマ化された作品集の続編だ。今回も、容疑者の完璧なアリバイゆえ捜査が行き詰まってしまった新米刑事の〈僕〉が、署内の人間に隠れてこっそりと〈美谷(みたに)時計店〉を訪れ、若き店主の時乃(ときの)にアリバイ崩しを依頼する。
大山誠一郎『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承(うけたまわ)ります2』(実業之日本社 1500円+税)は、『二〇一九本格ミステリ・ベスト10』国内ランキング第一位に輝き、主演・浜辺美波で連続ドラマ化された作品集の続編だ。今回も、容疑者の完璧なアリバイゆえ捜査が行き詰まってしまった新米刑事の〈僕〉が、署内の人間に隠れてこっそりと〈美谷(みたに)時計店〉を訪れ、若き店主の時乃(ときの)にアリバイ崩しを依頼する。
伯父をイタリアの高級車ごとダムに沈めた甥(おい)が考えた、偽装工作とアリバイ作り(第一話 「時計屋探偵と沈める車のアリバイ」)。
秘書殺害の容疑が掛けられた政治家は、パーティ会場から抜け出せなかったはずなのに、いかにして五百人の参加者の目と防犯カメラを縫って犯行に及んだのか(第二話 「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」)。
遺産を狙ったと思(おぼ)しき殺人事件で、犯人はアリバイが成立している被害者の親族三人のなかにいるのか(第三話 「時計屋探偵と一族のアリバイ」)。
いずれもハイレベルかつタイプの異なるアリバイ崩しとなっているが、白眉(はくび)は第四話の「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」だ。
同時刻にそれぞれ離れた場所で起きた、ふたつの殺人事件。容疑者の男は、別居中の妻を殺したとするなら愛人は殺害できず、愛人を殺したとするなら妻を殺害することは不可能。まさに鉄壁というべき、じつに魅力的な謎でわくわくしてしまうが、決めゼリフ「時を戻すことができました」のあとに時乃が〈僕〉に語る、なんとも狡猾(こうかつ)で周到なアクロバティック極まりないアリバイ工作の真相には誰もが舌を巻くことだろう。
そして最終話「時計屋探偵の夏休みのアリバイ」は、時乃が事件のアリバイ崩しに初めて挑んだ高校二年生の夏休みのエピソードで、特別編のような趣(おもむき)になっている。先代の時計屋探偵である時乃の祖父も登場し、美術部員が制作した石膏(せっこう)像を金槌(かなづち)でバラバラに破壊した犯人のアリバイが崩れた先に心地よい温かさがやさしく訪れる、シリーズのなかでもとくに忘れがたい愛すべき一篇である。
天祢涼(あまね・りょう)『陽だまりに至る病』(文藝春秋 1700円+税)は、『希望が死んだ夜に』『あの子の殺人計画』に続く、神奈川県警の刑事コンビ〈仲田・真壁〉シリーズの第三弾だ。
コロナ禍により日常がすっかり様変わりしたなか、小学五年生の上坂咲陽(かみさか・さよ)は、自宅裏のアパートに住む同級生の野原小夜子(のはら・さよこ)のことが気になっていた。ある出来事の際に勇気をもって声を上げられなかったことが、小夜子をいっそう近づきにくく変わった子として周囲に印象付けてしまったのでは――。そう後悔している咲陽は、思い切って小夜子の住むアパートの部屋を訪ねる。すると小夜子は、父親が一週間ほど不在で独りだという。母親の「困っている人がいたらなにかしてあげないとね」という言葉が忘れられなかった咲陽は、両親に黙って小夜子を部屋に匿(かくま)うことに。
翌日、立て続けに神奈川県警の人間が咲陽の家のインターホンを鳴らす。最初は生活安全課少年係の仲田と聖澤(ひじりさわ)と名乗る女性ふたりで、この辺りをパトロールしているという。続いて訪れたのは、捜査一課の真壁と五十嵐(いがらし)と名乗る男性ふたりで、小夜子の父親に訊きたいことがあり、小夜子の行方を探しているという。折しも町田(まちだ)市のホテルで殺人事件が起きたばかりで、咲陽は被害者女性の名前をめぐる些細(ささい)な会話から、小夜子の父親が事件の犯人ではないかと疑念を抱く……。
物語は順番に、咲陽の章、真壁の章、咲陽と真壁の章、そして最後にエピローグ的な小夜子の章となっていて、全体のほとんどを咲陽と真壁の視点が占める構成になっている。
これまでの二作で子供の貧困と虐待(ぎゃくたい)という深刻な問題を扱ってきたが、今回はそこにコロナ禍による社会の変化を重ねることで、また角度を変え、より問題点を現在にフォーカスした形で映し出そうとしている。
このシリーズに一貫してあるのは、大人や子供も含め直面している様々な問題の多くは社会とつながっていて、一面的な見方では捉えられないことへの注意喚起である。謎が解かれることで見えていなかったものが見え、景色が一変するミステリの手法が、そこで大いに効果を発揮するのだ。コロナ禍がどのようにひとびとを追い詰めたのかとあわせて、そのなかにあっても失われないものがなにかを教えてくれる入魂の作品だ。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。