2017年に刊行され、翻訳ミステリ読者からも、ファンタジイ読者からも大好評をもって迎えられた『嘘の木』が、いよいよ文庫化されました!

 その植物はツル植物に似ているが、特殊な性質のかんきつ類のような実をつけるといわれていた。暗闇、すなわち光を遮断した環境で育ち、嘘を養分にしたときだけ花を咲かせて実をつけるという。(中略)どうやって植物に嘘を養分として与えるのかと尋ねると、木に嘘をささやきかけ、その嘘を世間に広めるのだという答えが返ってきた。嘘が重要な事柄であればあるほど、信じる人が多ければ多いほど、大きな実がなるという。

 19世紀後半、ダーウィンの進化論に揺れる英国。
 博物学者であり、国教会の牧師でもあるエラスムス・サンダリー師は、世紀の発見、翼のある人類の化石〈ニュー・ファルトン・ネフィリム〉を発見したことで、一躍時の人となった。だが、その化石が捏造であるという記事が新聞に発表される。
 世間の噂や非難から逃れるように、サンダリー一家は英国を離れ、船でヴェイン島に向かった。父親のサンダリー師、その妻マートル、娘のフェイス、息子のハワード、そしてマートルの弟のマイルズだ。
 物語は、14歳の少女フェイスの視点で語られる。

 フェイスは父を尊敬し、博物学者を志す利発な少女だ。女性は家庭で大人しくしているべきだというこの時代、女性の博物学者など、夢のまた夢だ。
 何かというと父は幼い弟ばかり大事にし、女である自分はいないも同然、と不満を募らせるフェイス。
 一家がヴェイン島に移ってきたのは、表向きは島での発掘調査にサンダリー師が招かれたのが理由だということになっていた。だが、化石が捏造されたとの噂は、一家を放っておいてはくれなかった。島でもすぐにそんな噂がささやかれ始め、一家は島の人々からも疎外されるようになってしまった。
 そんななか、肝心のサンダリー師が謎の死を遂げた。
 一見足を滑らせて斜面を滑落したように見えるが、場合が場合だけに自殺の可能性も否定できない。だが、自殺者を教会の墓地に埋葬することはできないのだ……。
 父は何者かに殺されたのではないかと疑いを持ったフェイスは、父の名誉を取りもどすために、密かに島の人々を調べ始める。
 実は父が亡くなるまえに、フェイスに謎の植物を託していたのだ。
 その植物とは、暗闇に育ち、嘘を糧に実を結び、食べた者に真実を見せるという不思議な「嘘の木」だった。
 父の遺した手記で嘘の木の秘密を知ったフェイスは、その木を利用して父の死の謎を解明しようとする。

 コスタ賞(旧ウィットブレッド賞)児童書部門と、全部門(小説・詩・伝記・デビュー作・児童書)のなかの最優秀賞に選ばれた傑作。ちなみに児童書部門の作品が、全部門の最優秀賞に選ばれたのはフィリップ・プルマン『琥珀の望遠鏡〈ライラの冒険シリーズ1〉』以来の快挙です。また米国でもボストングローブ・ホーンブック賞を受賞しています。

『嘘の木』を読んで、ハーディングの描く世界にはまってしまった皆様、是非『カッコーの歌』『影を呑んだ少女』『ガラスの顔』をお読みください。
 記憶を失った少女トリスの耳もとで聞こえる「あと七日」の言葉から始まるサスペンスに満ちた物語『カッコーの歌』、幽霊を憑依させることのできる体質の少女メイクピースの活躍を描く『影を呑んだ少女』、生まれつき表情を持たず《面》と呼ばれるつくられた表情をまとう人々が暮らす地下世界で暮らす少女ネヴァファルが国をゆるがす陰謀に放り込まれる『ガラスの顔』と、ファンタジイとしてもミステリとしても楽しめる作品ばかりです。
 シリーズではありませんので、どれをどんな順番で読んでも楽しめます。