偶然だろうか。最近読んだ新作小説は、ボランティアや、人と人との繫(つな)がりについて感じ入る作品が多かった。

 角田光代の五年ぶりの小説『タラント』(中央公論新社 1800円+税)の主人公は、三十代後半のみのり。香川県出身の彼女は大学進学で上京、結婚した今も東京で暮らしている。今、彼女が新しいことへの挑戦に及び腰なのには理由がある。そんなみのりの来(こ)し方(かた)と、不登校でしばらくみのりの家で預かることになった甥(おい)っ子、そして祖父の物語が交錯していく。

 学生時代、みのりはボランティアサークルで友人らと共に国内外で活動していた。みのりとサークルの仲間たち、各自のボランティアに対する思いはそれぞれだ。誰かの役に立ちたいという気持ちは欺瞞(ぎまん)なのか、悩んだことがある人ならどれも突き刺さるはず。みのりも複雑な思いを抱えながら活動を続けるが、ある時、悔やみきれない出来事に直面してしまう。

 現在の彼女に持ち込まれるのが、寡黙(かもく)な祖父の謎である。戦地で片足を失い義足を使っている彼のもとに、定期的に東京の女性から定期的に手紙が届いていることを知るのだ。みのりが学生だった頃に祖父が上京して彼女の部屋に泊まったことは何度かあったが、それ以外に祖父と東京の関連すらわからない。甥っ子と連絡をとり合いながら、みのりがやがて知る真実とは。単行本の表紙に高跳びをしている義足の人物が描かれているので予想がつくだろうが、パラスポーツやパラリンピックも重要なモチーフとなっている。

 タイトルの「タラント」は「タレント」のことで、聖書では「使命」といった意味で使われている。人は与えられた命をどう使うのか。登場人物一人一人の思いが波となって押し寄せてきて、もう泣けた。今こんな世の中だということもあり、自分の中の、誰かのために何かをしたいと思う気持ちを嚙みしめることとなった。

 松浦理英子『ヒカリ文集』(講談社 1700円+税)では、元学生劇団の主宰者が亡くなり、未完の戯曲が見つかる。それは仲間たちが久々に集まり、当時マドンナ的な存在だった女性、ヒカリについて語り合うという内容だ。仲間が続きを書くという話が発展して、当時の劇団員が一人ずつヒカリについての文章を寄せることになる。本書はその戯曲と文章を収録した私的な文集、という作りだ。

 男性からも女性からも恋われ、それを受け入れていたヒカリは、いつだって相手が喜びそうなツボを押さえて行動するような女性。しかし人を惑わす謎めいたファム・ファタールではなく、一人一人の文章を読むうちに、彼女なりの悩みや、異様な性格の母親との確執など人間味のある部分が見えてくる。また、恋多き女ではなく、むしろ恋に溺れるタイプではなかったこともわかってくる。

 仲間たちは現在音信不通のヒカリはどこかでボランティア活動をしていると推測しているが、読めば彼女ならそうするだろうと納得する。また、月日が経っていることもあり、みなヒカリに対して未練や恨みを持つことなく、深い親愛の情を抱いているのが心に残る。いってみれば、大きな愛情に包まれた文集なのである。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。