ここだけのあとがき

 この本に収められた「白昼夢通信」は、わたしの商業媒体での小説デビュー作品ですが、人間に殺される竜というモチーフが出てきます。
 竜はわたしが世界でいちばん好きないきもので、子供の時から、竜が悪者にされ、殺されてしまう物語を読むたびに胸を痛めていました。
 わたしはものごころついたときから物語を作っていたのですが、考えてみるとその節目で必ず、竜が人間に殺されてしまう話を書いているようです。
 最初は、中学二年生の時。はじめて自分で満足のいく作品が書けたのですが、それが竜をめぐる掌篇でした。隣り合う世界を喰い尽くしてしまった竜が、この世界をも喰らおうと姿を現します。この世の神も美しい竜を愛し、黙認します。そこで人間たちが神に背いて竜を殺してしまうのですが、墜落する竜の翼は二つの世界の境界を切り裂き、喰い尽くされて虚無となった隣の世界がこの世界に流れ込んできて二つはひとつとなり、それ以来この世界は虚無に満たされているのです――という、「この世の成り立ち」的なものを語った創作神話でした。
 その物語は、考えて書いたものではありませんでした。「昔、竜が来た」という一文がどこからか降ってきて、それを書き留めると次の一文がそれに続き、またそれを書き留めると次の一文が……というように、ただ降ってくる言葉を手首から先だけで書き記したら、そういう物語になったのです。
 それまでそういう書き方をしたことは一度もなく、作風も文体もそれまでとは全く異なっていました。しかし、突然わたしの目の前で生まれた、その全く見知らぬ物語がわたしは気に入りました。そしてそれ以来、物語はそのようにわたしの手首から先で生まれるようになりました。
 二度目は、大学の終わり頃。高校卒業までずっと物語を書いていたわたしですが、大学に入って短歌と出会い、散文の物語からはしばらく足が遠のきます。小説の執筆を再開したのは四年生の頃で、数年のブランクを挟んだのちはじめて(リハビリ的な短文を除けば、ですが)完成させたのが、やはり竜をめぐる掌篇でした。
 この作品はどこかでお目にかける機会もあると思うので今は立ち入ってご紹介はしませんが、騎士がお姫様を竜から救い出す、という昔話のパターンをひっくり返したような話で、何もかもめちゃくちゃにしても、竜になって自由に飛び去っていきたいというわたしの気持ちを反映していました。
 この話は実は、高校生の時からアイディアだけあって、何度か書こうとしてみたけれど形にならなかったものでした。それが数年を経てようやく、ふさわしい「声」を見つけて自分を語り始めたというのは、とても嬉しいことでした。
 そこから小説の執筆を再開し、小説の賞に投稿したりする一方で短歌の新人賞をもらったりして、やがて東京創元社の笠原さんに「書簡体で小説を書いてみては」と提案され、書いたのが「白昼夢通信」で、それが書き下ろしSFアンソロジー『Genesis』シリーズ第二弾の表題作となりました。そこにも、竜が人間に殺される話が出てきます。
 創作歴の節目に限らず、いつも竜の話を書いていると言えばそれもそうなのですが。
 殺されてしまうもの、排斥されるもの、人間ではないもの、「人間」の範疇に入れられないもの、異形のもの、そういったものにわたしは心を寄せてしまうようです。
 この作品集で、文字通りの竜は「白昼夢通信」にしか出てきませんが、抽象的な意味ではどの話も竜が死んでしまう話なのかもしれません。
 いつか、竜がいきいきと空を飛ぶ物語も書いてみたいなと思いながら。

2022年6月 川野芽生




■川野芽生(かわの・めぐみ)
1991年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科在学中。2017年、「海神虜囚抄」(〈間際眠子〉名義)で第3回創元ファンタジイ新人賞の最終候補に選出される。18年、「Lilith」30首で第29回歌壇賞を受賞し、20年に第一歌集『Lilith』を上梓。同書は21年、第65回現代歌人協会賞を受賞した。

無垢なる花たちのためのユートピア
川野 芽生
東京創元社
2022-06-21