存分に宇宙の彼方で展開される大冒険の数々を
お楽しみいただきたい。

堺三保 Mitsuyasu SAKAI



「時は未来、所は宇宙、光すら歪む、果てしなき宇宙へ……」とは、エドモンド・ハミルトンの代表作である古典SFの快作、《キャプテン・フューチャー》シリーズを日本でアニメ化したときのオープニングナレーションだが、これはまさに《キャプテン・フューチャー》のようなスペース・オペラと呼ばれる作品群のイメージを端的に表したフレーズだ。
 本書『黄金の人工太陽』はそんなフレーズがぴったりとあてはまる壮大なスケールの宇宙SFに、現代のSF作家たちが挑戦した、最新アップデート版スペース・オペラ集成とも言えるアンソロジーになっている。
 銀河系全体に広がる星間文明、地球の生命とはかけ離れた異様な宇宙生命、これまでの人類文明とは全く異質な遠未来文明、超巨大な建造物(宇宙船や宇宙ステーションを含む)、進化の果てに形態が変化してしまった未来人類、ヒーローにアンチヒーロー、天才科学者、アウトロー等々、冒険活劇に欠かせない主人公たち……。
 スペース・オペラとは、そんな、良く言えば絢爛豪華、悪く言えば荒唐無稽すれすれの、強烈なイメージ、アイデア、キャラクターたちに満ち満ちた作品群だと言っていいだろう。
 元々、このスペース・オペラという単語は、一九四一年、ウィルスン・タッカーが生み出した言葉だ。彼は、一九二〇~三〇年代、パルプ雑誌の興隆と共に量産されるようになった宇宙冒険SFを、安易でワンパターンかつ勧善懲悪な展開のものが多いことから、蔑称としてスペース・オペラと呼んだのだった。当時のアメリカでは連続ラジオドラマが盛んで、その中でも石鹸製造業者がスポンサーとなって作られていた恋愛ドラマが人気となっていた。だがその一方で、これらのドラマはあまりに大げさでありきたりな展開から、「ソープ(石鹸)・オペラ」と呼ばれてバカにもされていた。また、やはり当時量産されていた西部劇映画の多くも、勧善懲悪で安直な筋立てのものが多く、同じように「ホース(馬)・オペラ」と呼ばれるようになっていた。
 タッカーは、当時のパルプ雑誌に載せられていた宇宙冒険SFの多くが、西部劇の舞台を宇宙に移し、道具立てをSFっぽくしてみせただけだという意味を込めて「スペース・オペラ」と呼んで皮肉ったのである。
 だが、タッカーがそんな風に批判したとき、すでにスペース・オペラは、というよりも、それを載せていたパルプ雑誌は衰退し始めていた。時まさに第二次世界大戦の真っ最中。物資の豊富さを誇るアメリカですら、紙不足が起こり用紙統制が行われた結果、パルプ雑誌はその多くが廃刊や休刊に追い込まれていったのである。一方、パルプ雑誌の衰退と入れ替わるように、それまではあまり普及していなかったペーパーバックと呼ばれる安価な本(日本の文庫や新書にあたる)が、戦場にいる兵士向けに兵隊文庫と呼ばれる小型本の形で広まり始める。戦後になってSFもペーパーバックを主戦場とするようになるのだが、その頃にはもっと洗練されたシリアスなものが主流となっており、スペース・オペラのような宇宙冒険活劇は影を潜めてしまう。

 ところが、そんな宇宙冒険活劇は新たな安住の地を見出す。それは小説ではなく、ペーパーバック同様戦時中に大きく部数を伸ばしていったコミックスの世界だった。パルプ雑誌が減り、作品を発表する先がなくなったSF作家たちが、糊口を凌ぐため、コミックスのストーリー部分を担当するようになっていったのである。
 かくして、かつてパルプ雑誌の世界で培われたスペース・オペラ的な奇想の数々は、コミックスの世界へと移植されていくことになる。五〇年代、コミックスは子供に悪影響を与えるとして攻撃を受け、表現の規制を受けるようになるが、五〇年代後半から六〇年代にかけて、SF的な設定を大きく取り入れたスーパーヒーローものが増え、再び興隆していく。例えばこの時期にリブートされた《グリーンランタン》のグリーンランタン軍団の設定は、往年のスペース・オペラ《レンズマン》シリーズの銀河パトロール隊に酷似しているし、《フラッシュ》ではパラレルワールド(今風に言えばマルチバース)の概念が導入されている。また《ファンタスティック・フォー》のチーム構成や奇想天外な冒険は、やはり往年のスペース・オペラ《キャプテン・フューチャー》やさらにその先行作である冒険活劇《ドック・サヴェジ》によく似ている。
 さらに七〇年代後半に入ると、映画『スター・ウォーズ』の大ヒットを機に、コミックスの世界にも宇宙冒険ものが増えていく。
 こうして、スペース・オペラの血脈はコミックスという形で受け継がれていくことになった。その一端は、今や世界的な大ヒット映画シリーズとなったマーベルコミックス原作の映画シリーズ《マーベル・シネマティック・ユニバース》の諸作品(中でも『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『キャプテン・マーベル』『エターナルズ』といった作品群)で広くSFファン以外の人々の目にも触れるようになっている。

 一方、小説の世界では一九六〇年代後半から、スペース・オペラは「広大な宇宙を舞台にした冒険SF」という好意的な再解釈のもと、再び小さなブームを迎える。その牽引役であり代表格的作家がラリー・ニーヴンだろう。彼の作品には奇抜な異世界や奇妙な異星人が山のように登場し、主人公たちは様々な冒険を行うが彼らは超人的なヒーローではない。また、これら様々な設定にハードSF的な緻密な考証が為されているのも大きな特徴で、ニーヴンはハードSF作家という紹介のされ方をすることも多い。この「科学的に筋の通った宇宙冒険活劇」というスタイルがニーヴン作品の大きな特徴で、それを称して「ニュー・スペース・オペラ」と呼ぶこともあった。
 だが、通俗的な意味でスペース・オペラの後継者となったのは一九八〇年代に大きなサブジャンルへと成長したミリタリーSFだろう。軍人を主人公に、未来や宇宙、もしくは歴史が改変された世界での戦争を扱うこのジャンルの先駆的作品は、朝鮮戦争を執筆動機の背景としたハインラインの『宇宙の戦士』(1959)や、ベトナム戦争を執筆動機の背景としたホールドマンの『終りなき戦い』(1974)だが、ジャンルそのものが一九八〇年代に興隆したのは、当時、米ソ二大国による冷戦の緊張状態が再び高まり「新冷戦」と呼ばれる状況へと発展したことが背景にある。
 そんな中、疑似イベント的に第三次世界大戦をリアルに描いたシミュレーション小説が大ヒット、一方でいわゆる「架空戦記」と呼ばれる歴史改変小説のサブジャンルを形成していき、もう一方で宇宙を舞台にした未来戦争ものが増えることでミリタリーSFもサブジャンル化を果たしたのだった。
 そして、これら未来の宇宙空間を舞台にしたミリタリーSFは、一九九〇年代に入って冒険活劇色の強い作品群を生み出していく。その代表例がロイス・マクマスター・ビジョルドの《ヴォルコシガン》シリーズ、デイヴィッド・ウェーバーの《オナー・ハリントン》シリーズ、デイヴィッド・ファインタックの《シーフォート》シリーズだろう。いずれの作品も主人公の属する社会が封建国家へと後退しており、その中で主人公が敵国だけではなく自国内の問題とも直面することになるところが、それまでのミリタリーSFにはない特色となっていた。また、いずれの作品も戦争を背景としつつも主人公の冒険に比重が大きく置かれており、リアルな戦争ものというよりも冒険小説的な味付けが濃いことも特徴で、ミリタリーSF調スペース・オペラとでも呼ぶべき活劇度の高さが人気の理由だったようにも思われる。
 こうして、八〇年代以降、宇宙冒険SFの主流はすっかりミリタリーSFへと移っていったのだが、二〇〇〇年代に入って、再びニュー・スペース・オペラという単語を冠した大スケールの宇宙SFが注目を浴びるようになった。ただし、その拠点はアメリカではなくイギリスであった。
 その代表的作家がアレステア・レナルズとピーター・F・ハミルトンだ。レナルズはニーヴンのようにハードSF的な設定を積み重ねつつ大スケールの宇宙冒険活劇を組み上げていくスタイルで、ハミルトンはサイエンス・ファンタジー的な飛躍も含んだ壮大な設定を盛り込んでいくスタイルと、内容には違いはあれど、どの作品も重厚長大で、遠未来へと続く未来史を構成しているシリーズ作もあるあたりが共通項(つまりは、とにかく長い!)となっている。

 さて、それでは現代における宇宙冒険SFはどうなっているのか?
もはやスペース・オペラという言葉は使われていないが、現代のアメリカSFはまさに宇宙冒険SFが花盛りとなっている。特徴的なのはその作者たちがヘテロ男性ばかりではなく、女性だったりLGBTだったりするところである(本書の収録作家だと、チャーリー・ジェーン・アンダーズ、ベッキー・チェンバーズ、アリエット・ド・ボダール、ユーン・ハ・リーらがそうだ)。
 実のところ、スペース・オペラにしてもミリタリーSFにしても、(もちろん例外はあったものの)これまでは男性作家と男性読者がその中心層であると考えられていたわけなのだが、それが今、大変化を起こしつつあるのだ。彼ら新世代の宇宙冒険SFの書き手たちの作風はさまざまだが、そこに共通しているのはフェミニズムやダイバーシティといった今実社会でも大きなうねりとなっている人権問題が大なり小なり盛り込まれているところだろう。伝統的な宇宙冒険活劇を現代的なフェミニズムやダイバーシティの観点から語っていくところが、彼らの作品の新しさであり、面白さとなっているのだ。
 本書の収録作は、そんな最新の潮流を踏まえた作品はもちろん、コミックスの世界を思わせるヒーロー活劇、ニュー・スペース・オペラ的なハードな設定のものなど、今までのスペース・オペラの特徴をそなえつつも、現代的に展開されたものに溢れている。
 スペース・オペラ好きの方も、今まであまりそういうジャンルのSFには触れてこなかったという方も、SF好きは皆楽しめる内容となっているので、存分に宇宙の彼方で展開される大冒険の数々をお楽しみいただきたい。

  二〇二二年五月



【編集部付記:本稿は『巨大宇宙SF傑作選 黄金の人工太陽』解説の転載です。】



■堺三保(さかい・みつやす)
1963年大阪生まれ、関西大学卒。在学中はSF研究会に在籍。作家、翻訳家、評論家。SF、ミステリ、アメコミ、アメリカ映画、アメリカTVドラマの専門家。




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東京創元社
2021-07-21