二〇一五年から二〇二〇年まで開催された創元ファンタジイ新人賞は、現在までに八人の作家を輩出している。最終選考委員を務めさせていただいたので、受賞作は全て応募原稿から読んでいるのだが、選考時、書籍刊行時、さらに続編や第二作へと進む過程において、最も急速に進化したのが庵野ゆきだ。

 庵野ゆきは、フォトグラファーと医師の女性二人による合作ユニットで、異なる経験や個性の鬩(せめ)ぎあいから生まれるエキゾチックな異世界描写と、物理方程式を連想させる緻密な魔法体系が魅力だ。中でも目を引くのが、全身に術式の刺青(いれずみ)を施した水蜘蛛族(みずぐもぞく)の男たちの魔法で、ヨガのように様々なポーズをとりながら舞うことで、文節を組み合わせて術式を完成させる。

 受賞作『水使いの森』は、この世界の治水を司(つかさど)る水門を擁するイシヌ王家に生まれた双子の王女の姉のラクスミィが主人公。八歳という幼さながら利発な彼女は、自分の存在が国を乱すことを恐れ、王宮を離れる。しかし、国の覇権をめぐる争いは彼女を執拗(しつよう)に追いかけ、身を寄せた水蜘蛛族をも巻き込んでしまう。続編『幻影の戦』はその十年後。女王が逝去(せいきょ)し、その喪も明けぬうちに、東のカマラーハ帝家がイシヌに向かって進軍を開始。ラクスミィは妹とイシヌを守るために、王家に伝わる禁断の秘術に手を染める。王女様の冒険物語の第一巻と、国の存亡をかけた戦乱を描く続編の落差は、『ホビットの冒険』『指輪物語』並。

 そしてこのほど刊行された三部作の掉尾(とうび)を飾る『叡智の覇者』(創元推理文庫 1200円+税)では、ラクスミィの師である〈早読み〉のタータに加え、第一巻の主要登場人物であった術式を唱えず直感で丹(たん)を操る〈式要(い)らず〉のハマーヌが再登場。治水をめぐって、帝家のラクスミィと、南境(みなみざかい)地域のハマーヌの利害が対立する。民の期待を背負う二人に対し、一方でタータは何事にも縛られずただ真理のみを追い求める。三者三様の思想と魔法の特質が真っ向からぶつかる圧巻の最終巻。ファンタジイファンは必読の傑作です。

 妖怪の子を預かる姑獲鳥(うぶめ)の住処(すみか)である石を割ってしまったがために、代わりに妖怪の子預かり屋となった弥助(やすけ)。江戸の貧乏長屋の一室を舞台に、妖怪と人間の垣根を超えた家族愛を人情味豊かに描いた廣嶋玲子(ひろしまれいこ)の人気シリーズ《妖怪の子預かります》が、十一巻『妖怪の子、育てます』(創元推理文庫 700円+税)から新章に突入。

 若者に成長した弥助が、養父・千弥(せんや)の生まれ変わりである子供・千吉(せんきち)を育てるという、親子の逆転が読みどころ。預かり処でのささやかなエピソードの数々が、後の大きな事件の中で意味を持つ展開が上手い。妖怪ものとしての面白さは健在ながら、しかし、千弥の不在があまりに大きいために、千吉の中に潜む千弥的な部分にばかり目が向いてしまうのはいかんともし難い。そこがどう変化するのか、新キャラも交えた新たな関係性が築かれる今後の展開を楽しみにしたい。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。

紙魚の手帖Vol.03
ほか
東京創元社
2022-02-10