ベネデットには、11歳で孤児院に拾われるまでの記憶がない。過去を思い出すよすがといえば、繰り返し見る両親の死の悪夢だけだ。魔力を発現して孤児院から〈学院〉に移されて以来、彼の護衛剣士に志願し“血の契約”によって結ばれた半身にして、相棒、背中を守る剣となった同じ孤児院出身のリザベッタと共に、ヴェネツィア共和国の魔術師の一員として陰の世界に生きている。
 魔術師を束ねるのは、顧問官であるセラフィーニ。魔術の天分だけでなく、ヴェネツィアの隅々にまで密偵の蜘蛛の糸を張り巡らせ、情報を握る非凡な諜報の手腕をもって、魔術師という異端の存在を必要不可欠なものと認めさせてきた。
 あるとき、セラフィーニの情報網に、ハプスブルクの暗殺者による元首暗殺計画の情報がかかった。ベネデットら魔術師たちの活躍で暗殺計画は未然に防いだが、その背後には巻き込む恐るべき陰謀が隠されていたのだ……。
 16世紀ヨーロッパ、神聖ローマ帝国皇帝カール5世、フランス王シャルル8世、法王クレメンス7世、そしてオスマン・トルコといった列強が同盟、裏切り、そして陰謀を繰り広げた時代、異端と迫害されながらも、権謀術数のただ中に身を置く魔術師の姿を描いた壮大なスペクタクル。
 第5回創元ファンタジイ新人賞佳作作品。


■上田朔也(うえだ・さくや)
大阪府出身。京都大学文学部卒業。2020年『ヴェネツィアの陰の末裔』が第5回創元ファンタジイ新人賞佳作に選出される。