紙の本は消滅するのでしょうか?

『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』というウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの対話本(CCCメディアハウス刊)がありますが、出版界、読書界は、少しずつ変わり始めているのは確かでしょう。
とはいっても、私自身は紙の本がなくなるとは思ってはいませんが。

本書は、フランスの詩人で、小説家のポール・フルネル(しかも、あのOULIPO【ウリポ】=潜在的文学工房――ジャック・ルーボーやジョルジュ・ペレックが有名――の一員というか、元会長)の書いた小説です。小品ではありますが、実に味わい深い名品です。

主人公ロベール・デュボワ氏はベテラン編集者で文芸出版社社長でもあります。その出版社はパリ左岸に古くからある老舗版元なのですが、外部から送り込まれた会長なる人物(文学の素養などない?)による、変革の嵐が彼を襲い始めています。

まず、突然、タブレットが支給されます。
デュボワ氏は、いつも原稿の束を抱えていて、特に週末になると、何本もの原稿を鞄に詰めて帰宅するという日々を送ってきたのですが(そう、そうですよね。連休前など原稿やゲラを山ほど持ち帰ってしまうのは、編集者の性【さが】)。なんと、そのタブレットには、何本もの原稿がすでに入っていて、それ一つですべての原稿を持ち帰ることができるのだという。

充電を忘れたり、寝転がって読んでいて眠り込んでしまい、顔面にタブレットを落として鼻に傷をつくったり、お腹の上に載せた原稿を、一枚一枚読んでは、もうひとつの紙の山をお腹の上に作っていく、あの感覚を味わえなかったり、余白にメモを手書きすることができなかったり(メモ機能もあったりしますが、紙に手書きしたい!)……何もかも今までとは違うのです。
そうはいっても、それなりに、便利でもあり、会長に言われてタブレットを届けにきた若い研修生の、若い感性、若いアイディアに、胸打たれることもあったり、時代の変化をひしひしと感じるのでありました。
今まで彼がつき合ってきた作家たちの、クラシカルで変わりばえしない(?)小説ではなく、若者が選んだ新人の小説が大ヒットしたり、その若者たちの思いついたコンテンツが、売れたり……。

会長からは「一万五千部に達しない本は出さないことにすれば収支のバランスはよくなる、そして二名ほど解雇すれば利益も出る」と言われてしまいます。
「その本が一万五千部売れるか売れないかは、出してみないとわからないものなのです。知るべきことがあるとすれば、それは読者の動向です」というのがデュボワ氏の答え。

デュボワ氏は、カルチエ・ラタンの行きつけのビストロで、作家たちと、美味しいワインとともに楽しい食事をしながら打合せをするのが好きだったのですが、なんと、飲食業界にも時代の波が……。馴染みのビストロが廃業を決めてしまいます! 
若者たちの多くは、ハンバーガーとコーラという食生活で、アルコールもワインではなくビールを選ぶ。
いつものビストロは、なんと今風のスシ・レストランに買われてしまうのです。

そして、ある日、妻と出かけたロンドンの書店で、フランス文学がほとんどないのを見て、「フランス文学がこんなに少ないのはどうしてなんでしょう?」と尋ねると、店主の答えはあっさりしたもの。「読まれないので」!
ここは、いちばん辛かったところです。「読まれないので」ですと!
そうですよ、皆さん、最近の書店の海外文学の棚の狭さにお気づきでしょうか? かつての栄華はいまいずこ……。

編集者としては、おお、ああ、うう、と読みながら声をもらすことしきりです。いや、お゛お゛、あ゛あ゛、う゛う゛……です。

かく言う私も、Kindleだって持っていますし、電子書籍を買います。でも、でもですよ……紙の本の手触り、装丁の味わい、掌に感じる重み、ページを繰る感覚……。それは、別次元のものです。そうですよ、紙の本がなくなるなんてことはないですよね。ね、ね、ね。
もちろん、電子書籍が売れるというのは、本が売れることと同じだと思います。その小説、そのノンフィクション、その学術書、その実用書を読むために読者は購入するのですから。
電子書籍が売れるということと、紙の本が売れるということの、版元にとっての経済的な意味は、変わりないのです。どちらも、売れれば、売り上げが立つのです。
別勘定にする必要はないのです。どちらも本の売り上げなんですから。

それに、電子書籍だからこそできることも、色々あるのです。そしてこれからもっと色々な可能性が活かされるはずです。
そもそも、もう本のためのスペースがなくなって、本のジャングルに暮らし、けもの道をたどるような日常生活を送っている皆さん、そんなあなたにとって電子書籍はまさに救いの道なのであります。

はてさて、年老いた編集者の私は、デュボワ氏のような選択をするのか、どうなるのか……。どうなっていくのでしょう?
読書人の皆さんは、出版人の皆さんは、これからどうなさいますか?