理解者がいる心強さをしみじみと感じさせるのは彩瀬まるの『新しい星』(文藝春秋 1500円+税)。大学時代に合気道部で一緒だった男女四人が、三十代を迎えて再び緩やかな交流を復活させる。

 青子は幼い娘を亡くし、離婚して実家に戻っている。幼い娘を持つ親友の茅乃は乳がんが見つかり、手術を終えた彼女のリハビリのために彼女らは、部活仲間だった卓馬と玄也とともに合気道道場に集まるようになる。

 玄也は上司のパワハラが原因で仕事を辞め、現在ほとんど引きこもった状態だ。会計士として働く卓馬は、コロナ禍のために実家に戻った妻子と離れて暮らしている。安易な励ましではなく、それぞれの状況を理解した上で、ともに耐えていくような四人の関係性が非常に好ましい。誰かの苦難を完全に一緒に背負うことは難しくても、その苦しみを理解し見守り、自分にできる範囲で手を差し伸べ合う。その適度な距離感が心地よいのだ。現代社会において、ある種理想的な関係性が描かれているとも感じられた。

 適度な距離が心地よいといえば、一穂ミチ(いちほ・みち)の『パラソルでパラシュート』(講談社 1600円+税)。大阪で生きる現代人の緩やかな繫(つな)がりと生き方を描く長篇だ。

 契約社員として企業の受付で働く美雨(みう)は、三十歳で契約が切れる予定。結婚や恋愛に興味はなく、仕事における特別なスキルも持たず先のことは何も決まっていないが、のんびりした性格の彼女は焦っているようには見えない。彼女が二十九歳の誕生日に偶然出会ったのは、売れない芸人の亨。芸人仲間の男女と古い一軒家で暮らす彼は、劇場で漫才をやっていければそれで満足という、金銭欲や名誉欲のない男だ。美雨は亨や彼の仲間と交流を深め、やがて彼らの家に一部屋空(あ)きができたために同居することに。

 登場する芸人の個性もさまざま。世間の価値観に惑わされず、自分の人生を見据えていく彼らの姿がじっくり描かれる。好きなことがあればそれに向かって前進すればいいし、好きなことが見つからなければ焦らずちょっとふらふらしてもいいじゃないか、と自由な気持ちになれる。

 作中、亨のネタがいくつも紹介されるのだが、どれも笑いと哀愁を帯びてぐっとくる。誰かに実演してほしい。

 最後に奥田亜希子の『求めよ、さらば』(KADOKAWA 1600円+税)を。しかしこれ、あらすじ説明が難しい。予備知識なしで読んだほうが絶対に面白いと思う。

 問題ないであろう範囲で説明すると、第一章の語り手は三十四歳の翻訳者、志織。夫の誠太は友人たちが羨(うらや)むほど優しく理解力があるが、唯一の悩みは二人の間になかなか子どもができないこと。不妊治療にも励むが効果はなく、そのことが志織を精神的に追い詰めている。そんなある日、日常が一変する。誠太が置き手紙と離婚届を残して姿を消してしまったのだ。

 と書くと、「不妊に悩む夫婦の話」もしくは「出来すぎた夫が実は浮気してたという話」などと思われるかもしれないが、全然違う。第一章の最後の最後で、思わず「へっ?」と声が出た。語り手が変わる第二章は、もう、ニヤニヤが止まらない。こういう感情の揺れ動きの描写が、奥田亜希子は本当に上手(うま)い。久々にトキメキを味わった恋愛小説である。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.03
ほか
東京創元社
2022-02-10