『蒼衣(そうい)の末姫』(創元推理文庫 880円+税)は、「風牙」で第5回創元SF短編賞を受賞した門田充宏(もんでん・みつひろ)の初長編作品。冥凮(みょうふ)と呼ばれる巨大な昆虫たちに人間のテリトリーが侵害される『デューン』というか『ナウシカ』な異世界を舞台にした、ボーイ・ミーツ・ガール小説だ。



 人間は六つの城塞都市に分かれて暮らし、それぞれが軍事や研究や農業を専門とする分業体制をとって暮らしている。ヒロインのキサは軍事を担う一ノ宮の中でも、冥凮を斃(たお)す特殊能力を持つ一族の姫君だ。しかしその力は弱く、単独で冥凮を斃すことができない。捨て姫と蔑(さげす)まれる彼女が引き受けるのは、冥凮の前に身を晒(さら)し誘き出す囮(おとり)の役だった。一方、三ノ宮の少年生(いくる)もまた、特殊能力を与えられながら共同体の期待に応えることのできなかった残念な存在だった。劣等感を抱える少女と少年が出会い、冥凮との戦いを通して相手を思いやる気持ちが自己肯定に繫がり、能力を極めた個性的な大人たちが合流しての終盤のバトルは爽快だ。命名センスはファンタジイ的だが、論理的な世界の構造への拘(こだわ)りや物語のベクトルはむしろSFに近い。

 つづいて人気の鬼ものから。

 まずは松葉屋なつみ(まつばや・なつみ)『星巡りの瞳』(創元推理文庫 940円+税)。第4回創元ファンタジイ新人賞を受賞した『星砕きの娘』と同じ敷島国(しきしまこく)を舞台としているが、前作が武士の台頭が始まる室町時代あたりなのに比べ、こちらはその数百年前。仏教が人口に膾炙(かいしゃ)される前というところがミソ。次の大君候補の筆頭であった白珠(はくじゅ)は、鬼が視(み)える目を持つが故(ゆえ)にその座を追われ、朦朧(もうろう)とした意識のまま災いの元であった右目を抉(えぐ)り出してしまう。官位も剝奪(はくだつ)され世捨て人となった彼は、妹の代わりに鬼が巣くうと噂される旧都の御所守りに志願し、下女のつばめだけを連れて香久(かぐ)へと向かう……。



 とあらすじを紹介すると重苦しげな印象だが、この白珠がなかなかとらえどころのない曲者(くせもの)で、頭が良すぎて才覚を持て余し気味なうえ、美丈夫で浮名を流したと思えばヤンデレな姫の刃傷沙汰(にんじょうざた)に巻き込まれる始末。このキャラ故か時代設定のおかげか、鬼の妄執(もうしゅう)や人の心の弱さ、血腥(ちなまぐさ)い王都襲撃を描きながらも、彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の境が曖昧(あいまい)でおおらかな肌触りを残しているところが面白い。

 久保田香里(くぼた・かおり)『きつねの橋 巻の二 うたう鬼』(偕成社 1400円+税)は平貞道(たいらのさだみち)(碓井貞光(うすいさだみつ))と化狐の葉月(はつき)を主人公に、後に大江山の酒天童子(しゅてんどうじ)の退治で知られる頼光(よりみつ)四天王の若き時代を描いた児童文学シリーズの第二巻。紅葉(もみじ)狩りに出かけた山で季武(すえたけ)にとり憑(つ)き、都で老木を探す鬼の顚末(てんまつ)が描かれる。問答無用の鬼退治ではなく、妖(あやかし)に寄り添うような内容で、今後の展開が楽しみなシリーズだ。



 上田早夕里(うえだ・さゆり)『播磨国妖奇譚(はりまのくにようきたん)』(文藝春秋 1700円+税)は、室町時代の播磨国を舞台に、蘆屋道満(あしやどうまん)の血を引く兄弟の活躍を描いた連作形式の陰陽師(おんみょうじ)ものだ。廣峯(ひろみね)神社で陰陽師としての知識を学びながら、陰陽寮への出仕を辞して野に下った兄と、生真面目な性格で妖しが視える僧侶の弟。薬師と法師陰陽師という二つの顔を持つ兄弟が、市井(しせい)の人々の相談に、理(ことわり)と祈禱の両側面からアプローチする。世の全てを理で解き明かすことを生きがいとしながらも、わからないものはわからないと受け入れる兄の科学者的な立ち位置が秀逸。本書自体は胸に沁(し)みる系の陰陽師ものではあるが、第一話で蘆屋道満が井戸に封じた式神(しきがみ)の鬼と契約を結んでおり、こちらもまた、道満の生涯の謎が解き明かされるであろう今後の展開に期待が高まる。




■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。