宇宙論的な幻想SF詩篇の書き手である北海道在住の著者・林美脉子(はやし・みおこ)の『レゴリス/北緯四十三度』(思潮社 2400円+税)は、先住民族であるアイヌについて、屯田兵(とんでんへい)の子孫でありかつ多くの場合戦場で性被害を受けた女性として、歴史の中で加害と被害が絡まり合った業苦(ごうく)を「一つのサーガ」として織り上げた新詩集。「昏(くら)い夢の渚で卵巣を洗う少女」といった詩句を『ビンティ』と同時に読むことで、物語がさらに鮮烈に感じられるだろう。
サラ・ピンスカー『新しい時代への歌』(村山美雪訳 竹書房文庫 1500円+税)は、テロと感染症のために人が対面する機会が極度に制限された近未来アメリカで、「それ以前」に歌手として成功したルースと「それ以後」に生まれオンラインで音楽に夢中になりVRライヴのスカウトになるローズマリーの人生が、「音楽を自由に楽しむこと」を求めて交叉(こうさ)する物語。原著が書かれたのは新型コロナウイルスによるパンデミック以前のことだったそうで、高度な資本主義と先端技術が結びついた「安全で快適な社会」の危うさを描いたいかにもタイムリーな作品。自身もミュージシャンとしての経歴を持つ作者らしいリアルな描写がひたすら楽しい。
第2回日本SF評論賞で優秀賞を受賞した海老原豊(えびはら・ゆたか)の初の単行本『ポストヒューマン宣言』(小鳥遊書房 2400円+税)は、ポストヒューマンという概念を、異星人、仮想現実、人工知能、サイボーグ、フェミニズムとさまざまなテーマごとに国内外の小説、映画、漫画など多数の作品の読解を通して論じる長編評論。「人間を生物学的な基盤を持つ存在とみなし、この生物的な物質基盤にテクノロジーで働きかけ生まれた、従来の人間が持っていた制限を超えた人間以後の存在」という本書での定義を踏まえた分析の数々は、ポストヒューマンという概念が、構築主義と自然主義が鬩(せめ)ぎ合う認識論的な闘技場であることをあますところなく示す。そして人間にとって「自然」がつねにすでに「資源」であったということを考えれば、そこでは権力の問題への考察も不可避となるだろう。
シンギュラリティ後のポストヒューマンな太陽系を舞台にした人気TRPGと同一の世界観を有する国内外14の短編を収録した、岡和田晃(おかわだ・あきら)編『再着装(リスリーヴ)の記憶:〈エクリプス・フェイズ〉アンソロジー』(アトリエサード 2700円+税)は、そうした問題も射程に入れたアクチュアルな一冊。この世界では人類は精神(魂(エゴ))のデータ化を実現し、肉体も様々な材質と形態による「義体(モーフ)」として取り替え可能になって実質的な不死さえも手に入れている。しかし超AIの反乱によって人類社会はズタズタになり、利益の最大化だけを望む大企業や極端な保守主義に走るものといったさまざまな価値観が乱立する荒廃した状況にある。そんな「力」が剝き出しになった世界で「人間性」を解体した後にある倫理や快楽はどのようなものか、という問いが物語の中で縦横に展開される。
〈私〉を分裂させることで死を体験しようとするケン・リュウの「しろたへの袖(スリーヴズ)」、アンドリュー・ペン・ロマインの危険な料理小説「宇宙の片隅、天才シェフのフルコース」、宇宙の人気歌手が、騙(だま)されて妊娠している義体に入ってしまったことから起こる騒動を描いた待兼音二郎(まちかね・おとじろう)の「プラウド・メアリー」など、サイバーパンクにスペースオペラ、硬質な幻想小説からユーモアたっぷりの作品まで、文芸評論家で翻訳家、ゲームライター、近年では詩人としての活躍もめざましい編者が選んだエッジが効いた傑作揃いで、オリジンのゲームを知らない読者でもまったく問題なく楽しめる。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。









