読書セラピーとは、メンタルヘルスの問題に対応する手段として読書を活用する療法で、軽度の鬱状態、依存症、人間関係など様々な問題を抱えた人たちへの支援ツールとして幅広く活用されるようになってきているものです。
国語教師の資格を持っているが、なかなか就職が決まらない主人公ビンチェ・コルソは、古い建物の最上階の一室を借りて、読書セラピーのスタジオを開きます。
読書セラピーと聞いて私がまず思い出したのは、ケストナーの『人生処方詩集』でしたが、あの詩集は、具体的にこんな時にはこの詩を……というものではなかったのでした。
では、本書は? これだって、ビンチェはあれこれ考えて色々な本を処方していますが、極めて文学的指針であって、具体的に何かから救い出してもらえるものなのか……というと、さあどうでしょう。
文学の世界への招待状なのかもしれません。それがある種の処方なのですね、きっと。
彼のスタジオを訪れるのは様々な人々。
〇何をどうやっても髪型が決まらない、髪が言うことを聞かないという女性。
彼女へのお薦めは、ヘミングウェイ『移動祝祭日』
〇夫に浮気され、捨てられた女性が、子供を連れてカナダに移り住むのに鞄に何の本を入れていったらいいのかという女性。
彼女へのお薦めは、ウォルター・テヴィス『ハスラー』
〇仕事のために、太らなくてはいけない女性。
彼女へのお薦めは、小川糸『あつあつを召し上がれ』
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等々
新米セラピスト、ビンチェは、彼女たちに翻弄され苦戦しつつも、それぞれに彼の判断で本を薦めていきます。
納得する人、怒る人……混乱の極み!
そんな中、階下に住む女性が失踪したことがわかります。
そして、夫に殺されたのではないか、という噂が広まりはじめます。
本当なのでしょうか?
その婦人はビンチェが二、三度見かけたことのある女性でした。いったい何があったのでしょう。
親しくしている古書店主のところに残されていた、彼女の本のリストが何かを語っていることに気づいたビンチェは彼女の行方を探り始めます。彼女はなかなかの読書家だったのです。
そのリストというのがこれです。
ポール・オースター『オラクル・ナイト』
ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』
レイモンド・チャンドラー『長い別れ』
シャーウッド・アンダーソン『手』
フィリップ・K・ディック『敵地で』
ポール・オースター『闇の中の男』
ジョン・アップダイク『走れウサギ』
チャールズ・ブコウスキー『ポスト・オフィス』
ジョン・ファンテ『塵に訊け!』
ナサニエル・ホーソーン『ウェイクフィールド』
デヴィッド・フォスター・ウォレス『もうしないだろう愉快なこと』
モーリー・キャラハン『誠実な妻』
シニカルで文学的なこの作品は、イタリアのミステリの賞、シェルバネンコ賞を受賞しています。
なかなか懐の深い賞ではありませんか。
カバー装画がヴィルヘルム・ハンマースホイの美しい装丁は、柳川貴代さんによるもの。
素敵な雰囲気でビンチェのスタジオを訪ねたくなります。
*この本の発売に合わせて、銀座蔦屋書店(GINZA SIX 6F)で、ビンチェの薦める本を一緒にならべるフェアを開催してくださっています。3月11日までです。是非お出かけください。