さて、アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』(上・下)(山田蘭訳 創元推理文庫 各1000円+税)である。これほど高い期待値で読まれるミステリも少なかろう。また、これほどどんなミステリになるのか予測しにくい〝続篇〟も少なかろう。なぜなら前作『カササギ殺人事件』が、『週刊文春ミステリーベスト10』の海外部門1位をはじめとして、実に7冠に輝くという快挙を達成していたためであり、しかも、その作品において主要な要素が実に鮮やかに完結していたためである。
かくいう筆者がまさにそうで、『カササギ殺人事件』は、ノンシリーズ作品だからこその大胆な展開であり、だからこそあれほど輝けたのだろうと、そしてそれが7冠を呼び込んだのだろうと、勝手に思っていたのだ。しかしながらの続篇である。それも、《エピソード・ゼロ》といったパターンではなく、正真正銘の続篇なのだ。というわけで、誕生しただけで既に驚異というべき『ヨルガオ殺人事件』だったのだが、いやはや、出来映えもとにかく圧巻であった。
英国での編集者生活を引退してクレタ島でホテル経営に携わっていたスーザン。彼女のもとに英国からトレハーンという裕福な夫妻が訪ねてきた。失踪した娘セシリーの捜索に力を貸して欲しいというのだ。報酬は1万ポンド。そんな高額の依頼を、私立探偵でも何でもないスーザンに依頼したのには、もちろん理由があった。セシリー失踪のきっかけになったのは、スーザンがかつて編集した書籍、アラン・コンウェイが著(あらわ)した『愚行の代償』という〈アティカス・ピュント〉シリーズの第3弾だったというのである。8年前にトレハーン夫妻が営むホテルで起きた殺人事件は、犯人が逮捕されて決着していたが、セシリーは、夫妻のホテルをモデルにした『愚行の代償』を読んで、別に真犯人がいると気付いたというのだ。
そしてその後ほどなく、犬の散歩中に彼女は失踪した。警察も捜査したが見つからない。夫妻は『愚行の代償』こそが失踪のカギと考え、コンウェイが既に亡くなった現在では、最も作品に詳しいであろうスーザンを頼ったのだった……。
英国での編集者生活を引退してクレタ島でホテル経営に携わっていたスーザン。彼女のもとに英国からトレハーンという裕福な夫妻が訪ねてきた。失踪した娘セシリーの捜索に力を貸して欲しいというのだ。報酬は1万ポンド。そんな高額の依頼を、私立探偵でも何でもないスーザンに依頼したのには、もちろん理由があった。セシリー失踪のきっかけになったのは、スーザンがかつて編集した書籍、アラン・コンウェイが著(あらわ)した『愚行の代償』という〈アティカス・ピュント〉シリーズの第3弾だったというのである。8年前にトレハーン夫妻が営むホテルで起きた殺人事件は、犯人が逮捕されて決着していたが、セシリーは、夫妻のホテルをモデルにした『愚行の代償』を読んで、別に真犯人がいると気付いたというのだ。
そしてその後ほどなく、犬の散歩中に彼女は失踪した。警察も捜査したが見つからない。夫妻は『愚行の代償』こそが失踪のカギと考え、コンウェイが既に亡くなった現在では、最も作品に詳しいであろうスーザンを頼ったのだった……。
前作から2年後のスーザンを描きつつ、彼女が関わった著作が過去から唐突に牙をむく。なるほど、こうして続篇を成立させたのか、と感嘆する造りである。もちろん中身も前述の通り充実。娘の失踪を探ることは、8年前の殺人事件を再度吟味(ぎんみ)することであり、そのカギを握る『愚行の代償』を見つめ直すことでもある。スーザンが探偵役となるこの現代パートがまず、魅力的だ。物証が揃っており、しかも犯人の自白もあったという過去の事件をいかにひっくり返すのか、如何(いか)にしてコンウェイは真相を見抜いたのか、そしてその真相を如何に『愚行の代償』に隠したのか、それも刊行されて何年も誰にも気付かれないかたちで、といった魅力的な謎が並んでいるのだ。
そのうえで『愚行の代償』そのものも素晴らしい。作中作として、この長篇全体が『ヨルガオ殺人事件』には放り込まれているのだが、これ単体で女優殺人事件を巡る良質の謎解きを愉(たの)しめるのだ。そして、最終的に、現代パートと『愚行の代償』は共鳴する。作中作の内側と外側が鮮やかに一体化し、そしてセシリー失踪事件の真実を照射するのだ。その凄味(すごみ)たるや極上。自信をもって「いいから読め」と問答無用で推せる小説だ。
そのうえで『愚行の代償』そのものも素晴らしい。作中作として、この長篇全体が『ヨルガオ殺人事件』には放り込まれているのだが、これ単体で女優殺人事件を巡る良質の謎解きを愉(たの)しめるのだ。そして、最終的に、現代パートと『愚行の代償』は共鳴する。作中作の内側と外側が鮮やかに一体化し、そしてセシリー失踪事件の真実を照射するのだ。その凄味(すごみ)たるや極上。自信をもって「いいから読め」と問答無用で推せる小説だ。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。