芦辺拓『大鞠家(おおまりけ)殺人事件』(東京創元社 1900円+税)は、大戦下の大阪は船場(せんば)を舞台に、婦人化粧品の製造販売で財を成した「大鞠百薬館」で連続する、怪事件の顛末(てんまつ)を描いた長編作品だ。
 思惑を秘めた一族の間で殺人事件が起こるミステリは国内外に存在するが、船場の豪商である点が目新しい。まさにTVドラマ『番頭はんと丁稚(でっち)どん』を想起させる、当時の独特な商人文化が流れるような大阪弁とともに色濃く描かれ、たちまち惹き込まれる。

〝流血の大惨事〟、まるで死者が踏み台を使わずに行なったような首吊り、酒樽で溺れ死んだ死体などなど、いくつもの謎が大空襲を跨(また)いで解き明かされていく場面からは、失われたものを取り戻すかのような切実さが滲(にじ)む。探偵小説が重要な役割を果たしている真相も、またこの時代と舞台設定ならではのもので胸に迫る。本作は堂々たる――著者あとがきの言葉を拝借すると〝お屋敷〟〝一家一族〟もの本格推理であるとともに、大阪小説としても読み応えのある、まことに贅沢(ぜいたく)な作品になっている。

 鳥飼否宇『指切りパズル』(南雲堂 1700円+税)は、『本格的 死人と狂人たち』(二〇〇三年)を皮切りに著者の複数の作品で舞台となっている、ひと癖もふた癖もある奇矯(ききょう)な人物たちが住む架空の地方都市――綾鹿(あやか)市を舞台にした長編作品。

 綾鹿市動物園で動物好きをコンセプトにした、アイドルユニット「チタクロリン」のミニコンサートが行なわれる。ところが多くのファンが詰めかけるなか、メンバーのひとりがレッサーパンダの檻(おり)に手を入れた際、ひと差し指を食い千切られるショッキングな事件が起きてしまう。

 早速、シリーズ愛読者にはお馴染みの綾鹿署の刑事ふたり――谷村警部補と南巡査部長が捜査を担当することになるが、ひょんなことからアイドル事情に通じていると見込まれたチーフ警備員の古林新男(こばやしあらお)が、メンバーたちの事情聴取を任されてしまうまさかの展開に。そして、異様な事件がさらに続き……。

 どんなにぶっ飛んだキャラが登場してもおかしくないシリーズで、冴えない警備員が探偵役を務めるとはなんとも控えめな――と思うかもしれないが、目に入る人物をとにかく動物にたとえてしまう特異な習慣に笑いが込み上げ、アイドルたちから証言を引き出し、犯行現場で鋭い意見を発するなど、この街の住人らしい活躍を見せてくれる。

 タイトルの〝パズル〟が完成に近づけば近づくほど、極めて歪(いびつ)な人間関係が浮かび上がり、唖然(あぜん)としてしまうこと必至の真相はいかにも著者の作品ならではだ。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。