2月26日に、「横浜市立図書館100周年・旭図書館35周年記念事業」として、森谷明子さん、大崎梢さん、青崎有吾さんお三方によるトークショーが行われます(※残念ながら申し込みは終了しております)。その予習といっては何ですが、2015年に「図書館」をテーマにした鼎談を『ミステリーズ!』vol.74にて収録しておりますので、以下に再掲載させていただきます。
森谷明子×大崎 梢×青崎有吾 鼎談「はまかぜ便り」
前号より移動図書館をめぐる人間模様を描く『本バスめぐりん。』を連載スタートされた、大崎梢さん、〈秋葉図書館の四季〉シリーズを上梓し、今号にスピンオフ短編「事始」を掲載されている森谷明子さん、そして2016年1月にそのものずばり『図書館の殺人』を刊行予定の青崎有吾さんのお三方に図書館、そして図書室にまつわるあれこれを伺っていきます。
――図書館についての思い出を語っていただきましょう。なんと、みなさん横浜市の図書館に縁があることが分かりました。では、一番直近まで図書館に頻繁に通っていたであろう青崎さんからいかがですか?
青崎有吾(以下:青崎) まず、最初の図書館の思い出は、2~3歳の頃、プロレス雑誌を読みにいく父親に一緒について行ったことです。物心つく前なので、自分自身は何をしていたのかは分りませんが、父はプロレス雑誌のバックナンバーが充実していることを、どこかで聞いてきたようで、車で週末ごとに通っていました。なにかのついでなのか、あるいは父はどこにも行くところがなかったのかな?
大崎梢(以下:大崎) そうそう、昔のお父さんは週末になると行くところがなかったでしょう(笑)。何時間いても怒られないし、児童コーナーも充実してますからね。
森谷明子(以下:森谷) 幼い頃の図書館の思い出といえば、地元の図書館が暗くて子どもに優しくない印象でした。誰も相手をしてくれないし、児童書のある書架も高かったですし、とてもミステリアスでしたね。どちらかというと大人が楽しむ場所という印象でした。
それから実は、青崎さんがはじめて行ったとおっしゃる図書館でも働いていました。時代は少しずれるのかしら? そこの開館に立ち会ったんですよ。仮の置場に一度本を運び入れてから、新しい図書館に入れるというハードな経験です。
青崎 じゃあ、子供の頃お会いしているかもしれませんね。
――走り回って怒られていたかも(笑)。
大崎 私は横浜の別な図書館が最寄りです(笑)。あまり学生時代は図書館に通ったという記憶がなくて、というより当時は家の近くに公共の図書館がなくて。だから、学校図書室の印象が強いです。
――なるほど。東京の学校の図書室はすごく小さいという印象です。我が家の子どもが通っている小学校の図書室は学校の規模に比して非常に小さくて。空き教室を使っているせいか蔵書も少ないのが残念です。
大崎 私の通っていた学校は比較的大きかった記憶がありますよ。本についている記入式の図書カード、あのカードに手書きで記入するというのが儀式のようで懐かしいですね。青崎さんのころはもうバーコードですか?
青崎 いや僕のころも記入式のものでしたよ。学校で誰も借りていない本のカードに名前を書く、その優越感もあったりして。
大崎 だから図書館に限っていえば子どもを産んでからの印象です。ママ友と図書館の会議室で読書会をしたりと、大人になってから活用するようになってきましたね。
――図書館で印象深い本とか、図書館でしか読まなかったであろう本など。その他ミステリの原体験なども。
森谷 例えば、ノートンやリンドグレーン、ランサムなどは図書館のようなたくさん本のある場所でなければ読まなかったと思います。ミステリでいえば、岩波のリンドグレーン『名探偵カッレくん』(岩波少年文庫)が私の原体験ですね。私たちの時代はこれぐらいだったかしら……。この後にポプラ社のホームズに行きました。青崎さんの世代ではなんでもあったでしょう?
青崎 『カッレくん』は僕もかなり好きでしたよ。あとは『マガーク探偵団』。図書室で読んではまって、マガーク探偵団の歌をオリジナルで作って、友達にも歌わせていたっていう。小学校の低学年ごろですね。
大崎 だいぶミステリへの目覚めが早いですね、さすがです。
私自身は『モルグ街の怪事件』を読んでいたという映像だけをすごく覚えていて……。児童向けなのか、厚い本だったという記憶があります。その他は『宝島』や『トム・ソーヤーの冒険』とか文学全集の方を好んでいました。乱歩は少年探偵団ではなく、大人ものを読んでいました。後になってみると、なぜ読もうと思ったのか、意味も分らなくて読んでいたのが不思議ですけどね。
子どもの頃ではないですが、結婚後は精神分析の本に凝ったこともあって、母原病などの専門書を図書館で読みあさりました。
青崎 僕が小学生の頃『ハリー・ポッター』がブームで、その影響なのかダイアナ・ウィン・ジョーンズを借りていました。その他だと、これは父親の影響だと思いますが、東海林さだおさんや椎名誠さんのエッセイなど。小学校の時、東海林さんをまねて作文を書いていて、先生からは奇妙に思われたでしょうね。ミステリでいえば青い鳥文庫のはやみねかおるさん。クラスメイトがみんな借りているから、半年遅れとかで棚にあるものを読んでいましたね。子どもなので予約の仕組みが分からず、途中の巻がぬけていたりして。
――誰か知らない人と、同じ本を通じてシンクロしている気分になりますよね。先に読まれていると悔しい半面、嬉しい部分もありますね。
大崎 借りられているからない、というよりも、図書館って、そこにあるものを読むという意識になりません?
森谷 目の前の書庫に並んでいるものが図書館の全てという認識の方も多いですからね。誰か自分以外の別の人に本が借りられているってことや、閉架書庫にも本があるってことをいつくらいから分かってくるのでしょうね。
大崎 徐々にでしょうけどね。人気作家の棚など、隙間が空いていて「おや、この隙間ってひょっとして」みたいに。
あとは、ブックトラックに返却された本が並んでいますけど、他の人が読んだものって、きっと面白いに違いないと思いません?
青崎 思いますよ。ただ僕はあれを借りられないんですよ。片付け途中のものという感じですし、司書さんに怒られそうで(笑)。
――図書館といえば児童書のコーナーも充実してますよね。子どもを自由に本と遊ばせることができますし。
大崎 翻訳の児童書など珍しい作品も多く、いつ行っても珍しい絵本などもありますものね。絵本で言えば、自分自身が読んでいた作品を子どもが同じように楽しんでいたり。100版を超えている作品も多いですね。
森谷 例えば、『ぐりとぐら』お好きな方は多いですよね。あれを置いていない図書館、図書室はないです。
大崎 何回も版を重ねていたり、図書館だと昔の価格が分かったり。こんなに本が安かったなんて。
森谷 蓄積していくから、本そのものが歴史になってますよね。この時代に消費税がスタートしたり、税率が切り替わったりとか。
――司書さんあるあるですね。
大崎 秋葉図書館シリーズを読ませていただくと、司書さんの知識量って本当にすごいですよね。
森谷 定番の本に限定ですけどね。版を重ねている絵本や児童書はということが多いのですが。新人の頃は“司書の常識”をすごく勉強させられました。仕事が終わってから、本のレビューなどもさんざん書かされました。
青崎 学校の宿題みたいですね。
森谷 そうそう、当時は本については司書しか知らないことでしたから。いまは、一般の方のレビューなどが充実している時代で、司書の仕事もだいぶ変わってきています。パソコン作業がスキルの重要な部分となってきたようですね。
大崎 ところで司書さんに話しかけられますか? なかなか話しかけづらくて。
青崎 全然できませんね、シャイだから(笑)。書架にいろいろと面白そうな本が多くて司書さんに聞くよりも、選ぶのが精一杯ですよ。
大崎 どう話しかけたらいいのか。漠然とした調べ物をしたいときには、ネット検索よりは対応しやすいとは思うのですが。森谷さんがお勤めの時はいかがでした?
森谷 いちばんありがたがられたのは、夏休み最後の日の読書感想文! お母さんに連れられて、後ろでお子さんが申し訳なさそうに立っていてね。色々その子が好きそうな本を探しました(笑)。
――それこそ、その男の子は青崎さんだったり(笑)。ところで、小学校の授業で地元の図書館に見学に行きましたよね。
森谷 そうそう、学校から申し込みがあって。
大崎 そういう時は、いつもとは違うエリアを見てもらうのですか?
森谷 閉架書庫に入ってもらったり、カウンターに立ってもらったり。いまはバーコードですから、貸出作業もやりやすくなってますからね。あのバーコードの機械、子どもたちにもとても人気が高いんです(笑)。
青崎 僕自身は小学校で見学に行った時に、司書さんの読み聞かせが印象的でした。
森谷 私の時は司書全員が持ち回りでやってましたよ。例えばホラーが好きな男性司書さんがいて、照明を暗くして低音を効かせて演じていました。喜ぶ子も多いのですが、中には泣いちゃう子もね。
大崎 ところで、司書さんって利用者の顔とか名前とか覚えているものですか?
森谷 図書カードにお名前が書いてあるのですが、あまり覚えませんね。お顔は、例えば司馬遼太郎さんを順に借りていく方なんて、本と紐付けされていますね。
大崎 私も書店員時代、洋服屋さんのように「こちらがお似合いですよ」といった接客をしないのが、新鮮でした。どの本を選ぶかは、ほんとうにお客さん次第ですね。本という性質上どうしても受身になってしまいますものね。
――図書館のお気に入りの場所、あるいは好きな図書館などあります?
青崎 お気に入りとは逆かもしれませんが、明治大学の和泉校舎の図書館が在学中にリニューアルされてカフェが併設されるようになって、ミス研のみんなであんなお洒落な場所は好かんってなって……。
森谷 お洒落で若者たちみんなが喜ぶわけではないんですね。
大崎 読書自体が個人的なことですからね。ひっそりした、静かな空間を好む方も多いんじゃないでしょうか。
森谷 私は有栖川宮記念公園にある東京都立中央図書館ですね。一般にふらっと行ける図書館としては都心では最大ですよね。あと、作家となってからですが、本を出すときにこの大きな図書館という大海の中の一冊になったんだな、と感慨深くて。この海の中に入れてもらえたというのが嬉しくてね。
大崎 書店だと本と本が切磋琢磨する場というイメージですからね。図書館はやさしく受け止めてくれるような気もします。
私は横浜の中央図書館でしょうか。一日いられてネタも考えられて、調べ物もできて充実できます。桜木町から歩くと野毛の丘の上にあって若干遠いのですが。
森谷 あそこは私も司書時代に少し仕事をしました。蜂の巣型の建物で迷ってしまうんです(笑)。
青崎 僕が好きなのは明治大学の駿河台校舎の図書館ですね。OB利用をしていてお気に入りです。ちょっと電車代もかかりますし自宅からは遠いですが、調べ物をためておいて行きます。たまに自習机でゲラ作業とかしています。あと、子どもの頃は地域センターの図書室も好きでした。手塚治虫の愛蔵版目当てに通ったりして。
大崎 近くの学校の図書室が地域センター扱いで、穴場として新刊が手軽に借りられたり、書店員時代にもボランティアの方なのか、本をいくつか購入しにきていましたよ。
書店といえば、最近は書店員が本読みのプロとして取り上げられていますよね。司書さんもクローズアップされてもいいのではないでしょうか?
青崎 本屋大賞がスタートして注目されるようになりましたよね。
森谷 せっかく図書館があって、受け止めてくれる存在なのですから、使い倒して欲しいですよね。司書ももっと、本読みのプロフェッショナルということをPRしていくことも必要になりますよね。
――それぞれの新刊、自作について。
青崎 『図書館の殺人』は、もうまもなく刊行(1月下旬刊行予定)です。森谷さんが元司書さんと伺って、監修してもらえば良かった。風ヶ丘高校近くの公立図書館で殺人事件が起こって、裏染君が出向くというお話です。【編集部註:現在は創元推理文庫版が好評発売中です】
大崎 先日も移動図書館の取材で、朝8時すぎに横浜の中央図書館に行ってきましたよ。横浜で移動図書館というと意外に思いますが。図書館から遠い地域を走っています。あの広い横浜市を一台でですよ、とても驚きました。しかも当日が雨で、中止かと思っていたのですが、返却や予約本を待っている方がいるそうで、台風の時以外は出発するんだそうです。
建物の中ではなく、住宅街やビジネス街に出向いていくという移動図書館の特性を、お話の中に活かしていきたいです。【編集部註:現在は創元推理文庫版が好評発売中です】
森谷 作中のあの車は「はまかぜ号」ですか? とても懐かしい! 今号掲載の「事始」は秋葉図書館のスピンオフですね。利用者視点で描いてみました。年の瀬の話が書きたくて、のんびりとした雰囲気にしたかったんですよね。
ところで、最初に青崎さんがお話されていたお父様が目当てにしていたプロレス雑誌、わたしの司書時代の同僚がどうしても入れたいと言っていたことを思い出しました。
――作家、青崎さんに本好きになる影響を与えたのが森谷さんの同僚だなんて驚きですね。まだまだ、お話はつづきますが、今回はこのあたりで。どうもありがとうございました。
青崎有吾(あおさき・ゆうご)
1991年神奈川県生まれ。明治大学卒。学生時代はミステリ研究会に所属し、在学中の2012年『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。エラリー・クイーンを思わせる論理展開と、キャラクターの妙味で人気を博す。著作は他に、〈裏染天馬〉シリーズの『水族館の殺人』『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』『図書館の殺人』、〈アンデッドガール・マーダーファルス〉シリーズ、〈ノッキンオン・ロックドドア〉シリーズ、『早朝始発の殺風景』などがある。
大崎梢(おおさき・こずえ)
東京都生まれ。元書店員。2006年、書店で起こる小さな謎を描いた『配達あかずきん』を発表しデビュー。同シリーズに『晩夏に捧ぐ』『サイン会はいかが?』『ようこそ授賞式の夕べに』、他に『平台がおまちかね』『クローバー・レイン』『スクープのたまご』『ドアを開けたら』『宝の地図をみつけたら』『本バスめぐりん。』『横濱エトランゼ』『もしかして ひょっとして』『めぐりんと私』『バスクル新宿』などがある。
森谷明子(もりや・あきこ)
神奈川県生まれ。2003年、紫式部を探偵役にした王朝ミステリ『千年の黙(しじま) 異本源氏物語』で第13回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。卓越した人物描写とストーリーテリングで高い評価を受ける。著作は他に『白の祝宴』『望月のあと』『れんげ野原のまんなかで』『花野に眠る』『春や春』『南風吹く』『七姫幻想』『深山に棲む声』『緑ヶ丘小学校大運動会』『葛野盛衰記』『FOR
RENT 空室あり』などがある。
【本インタビューは2015年12月発売の『ミステリーズ!』vol.74の記事を転載したものです】