◎INTERVIEW 期待の新人 犬飼ねこそぎ『密室は御手の中』


本格ミステリー新人発掘企画カッパ・ツー、第二期で選出された『密室は御手(みて)の中』は、宗教施設で起きる連続殺人を描いた本格ミステリです。
著者の犬飼ねこそぎさんにお話をお伺いしました。
*作品の展開に触れる部分があります。

――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 犬飼(いぬかい)ねこそぎ、一九九二年生まれ、高知県出身です。大学生活のため京都にいた頃以外は、ずっと地元で生活しています。立命館大学在学中から書いていた『密室は御手の中』を、社会人になってから完成させ、デビューに至りました。現在は地元で兼業作家として次の一歩を踏み出すべく奮闘中です。

――『密室は御手の中』(以下、本作)の刊行、おめでとうございます。選考結果の連絡を受けたとき、どちらにいらして、なにをしていましたか?
 仕事中でした。デスクでの作業中に編集部から電話をいただきましたが、選考結果が判明する頃だろうとそわそわしていた時期だったので、緊張して電話に出た覚えがあります。

――小説の執筆歴、投稿歴を教えてください。
 小説を書き始めたのは中学生の頃です。作風に試行錯誤はありましたが、当初からほぼ一貫して推理小説ばかり書いていました。なぜなのかは、自分でもよくわからないのですが、親も推理小説が好きだったことと、はやみねかおる先生や西尾維新(にしお・いしん)先生を愛読していたことが影響しているのではないかと思います。
 過去に、メフィスト賞に長編を二本、それぞれ中学生と高校生の頃に投稿しています。どちらも物理トリック主体の館ものかつ密室ものでした。別に館や密室ばかり書いているわけではないのですが、長編だとつい使いたくなるのかもしれません。短編小説をミステリーズ!新人賞にも一度投稿しました。ちょうど同年代の伊吹亜門(いぶき・あもん)先生が受賞された回でしたので、印象に残っています。

――そうだったんですね。最終的にカッパ・ツーに応募されたのはなぜですか?
 大学のサークルで賞の存在を教えてもらったことが直接のきっかけです。同じく本格ミステリ好きの後輩から、こういう賞が新設されたようですよ、と情報を得ました。
 当時は本作の執筆に着手していなかったこともあり、決め打ちで狙うつもりはありませんでした。応募歴のあるメフィスト賞やカッパ・ツー同様本格ミステリの集まる鮎川哲也賞といった他の賞も含みに入れつつ、どこに投稿するかは完成間近になってから決めるつもりで原稿を書いていました。最終的に完成した時期が募集締め切りのタイミングと合致していたこと、新設の賞なので競争率が低いのでは、という打算も多少あって、カッパ・ツーへの応募に至りました。

――ちなみに、ペンネームの由来は……?
 小説を書き始めた当初から、別のペンネームで投稿を続けていました。ですがなかなかデビューに至らなかったことと、ある漫画に同名のキャラクターが登場したことをきっかけに、カッパ・ツー投稿時から今の名前に変えたんです。
 名前自体はネタ帳にまとめていたもので、元々は自作の登場人物に付くはずでした。由来は一読して分かる通り、「犬」と「猫」を合わせた言葉遊びで、深い意味はありません。目を引く名前にすれば読者の気を引けるのでは、くらいの考えで選びました。結果的に名前を変えた途端にチャンスが巡ってきたので、この名前を選んでよかったと思っています。

――本作の舞台は新興宗教施設です。図版あり、複数の密室あり。これぞ本格ミステリといった内容ですが、執筆のきっかけは何ですか?
 出発点は「謎の宗教団体に囚(とら)われたヒロインを探しに行く話とか面白いんじゃないかなー」と考えたことです。そこから舞台設定を考えていたところに、作中で使ったトリックの一つを思いついたので、それを根幹に据える形で話を再構成しました。その時点では元のプロットを組み終えていなかったので、むしろトリックを思いついたことで、もてあまし気味だったプロットが組み替えられ、完成するきっかけが生まれたと言えるのかもしれません。

――トリックはどのように考えていますか? 影響を受けた密室を扱うミステリがありましたら教えてください。
 前述の通り、本作は宗教団体に潜入する話を書きたいという思いからスタートしたのですが、その時点では今とは全く違うトリックが案としてあるだけでした。そこに第一のトリックのアイディアを思いついたので、それに合わせて話の流れや設定に調整を加えました。さらに、「長編を書くんだからもう一つトリックを入れよう」「もう一つトリックを入れるなら毛色の違う手法にして、どちらか片方は読者に魅力を感じてもらえるようにしよう」と考えたことで密室が増えました。なので第一のトリックは設定のないところから思い付きであり、第二のトリックは設定に当てはまるように捻出(ねんしゅつ)したものになります。そうして謎解き部分を完成させてから、ストーリーを組み立てました。影響を受けた作品は、大山誠一郎(おおやま・せいいちろう)『密室蒐集家(しゅうしゅうか)』、北山猛邦(きたやま・たけくに)『『アリス・ミラー城』殺人事件』、西尾維新『クビキリサイクル』などでしょうか。

――昨今の本格ミステリの傾向として、「名探偵がなぜ謎を解くか」という点への言及が挙げられるかと思います。犬飼さんとしても気になるテーマでしょうか?
 本作でそうしたテーマを扱ったのは、密室殺人とその解決だけだと展開にメリハリを持たせるのが難しかったので、ほかに何かテーマを設けて両輪として話を進めたかったから、という作劇上の要請に基づいた部分が大きいです。結果として終盤のとあるどんでん返しにもつなげることができたので、テーマの選択自体は正解だったと思いますが、自分自身がそこに強いこだわりを持っているというわけではありません。なのでいずれはもっと軽率で、深い理由もなしに謎を解いてしまうような探偵も書いてみたいですね。

――殺人と災害の組み合わせは難しくありませんでしたか?
 地震をストーリーに絡めた理由は大きく分けて二つあり、一つはラスト付近のとある地震に関連するシーンのアイディアがかなり早い段階で浮かんでいたことから。もう一つは、探偵役の和音(わおん)が最終的に犯人を断定するに至る推理に、「人間による工作の及ばないもの」を組み込みたかったからです。
 ややネタバレになりますが、本作は「真犯人に操られる探偵」を描いているため、出てくる証拠に関しても、「犯人が用意した偽の証拠ではないか」という疑念を捨てきれないという難しさがありました。なので、犯人には事前に想定のできない要素が必要だと考え、結果として「地震」という予知のできないものを採用するに至りました。本作における地震は、探偵さえコントロールしてしまう犯人にも制御不可能なものの象徴だったわけで、本作がああいう終わり方をしたのは、そういう意識が自分の中に強くあったからなのかもしれません。

――そうした要素の組み合わせが雰囲気を盛り立てていますよね。プロットを作ってから執筆されますか?
 プロットは作るのですが、本作を書く中ではどんどん変わっていきました。自分は作品を書く上で、変更の効きにくい要素から先に確定させることが多いので、まずトリックやロジック、次にそれを中心とした事件の流れを構築し、最後に舞台や人物の設定の空白を埋めていく形をよく使います。
 本作においては「山奥にある謎の宗教団体にいるらしい女性を探しに行く話」というところは一貫していましたが、それ以外は相当変わっています。宗教団体は自然霊を崇(あが)め奉るものでしたし、探偵と教祖の性別も真逆(まぎゃく)でした。それがミステリ部分に合わせて寄せ木細工のように設定を動かしていった結果、当初の予定とはかなり違うものが誕生しました。

――在学中に所属されていた立命館大学ミステリー研究会でのご経験は、執筆にどのように生かされていますか?
 自作におけるロジック部分はほぼサークルで培(つちか)われたものだと思います。高校の頃まではとにかくトリック一辺倒で、読むほうはともかく書くほうに関しては「でかいトリックをぶち込んで探偵役にひらめきで解かせる」というスタイルでごり押ししていました。それが会員との交流を通して、かなり緩和された結果今に至ります。特に印象に残っているのが有栖川有栖(ありすがわ・ありす)『月光ゲーム』で読書会を実施したときのことで、読書と分析を通じて「ロジックってこういう風に書けばよかったのか……」と納得した記憶があります。その後も在学中に書いた短編では、ロジック部分をかなり意識していました。翻訳作品や古典作品に触れるきっかけもミステリー研究会だったと思うので、感謝してもしきれません。

――好きな作家と作品を教えてください。
 推理小説なら京極夏彦(きょうごく・なつひこ)『魍魎(もうりょう)の匣(はこ)』、大阪圭吉(おおさか・けいきち)『とむらい機関車』など。それ以外ならジューヌ・ヴェルヌ『十五少年漂流記』あたりを繰り返し読んでいます。最近だとジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』があまりにも面白くて衝撃を受けました。

――ご自身で目指す理想のミステリの形はありますか?
 鮮烈なトリックと精緻(せいち)なロジックの融合……と表現すると気取った言い方になってしまいますが、とにかくトリックとロジックで驚かせ、楽しませる作品が理想です。それが自分にとって、一番好きなミステリの形でもあるので。

――本誌の読者に向けて一言お願いいたします。
 ペンネームは相当にとんちきですが、作品のほうは基本直球ストレートたまに変化球くらいを目指してゆきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

――最後に、今後書きたい題材や抱負をお聞かせください。
 手元で出番を待っているトリック及びロジックたちを、腐らせる前に世に出すことが目下最大の目標です。また、本作では展開をややひねったこともあって、読者が探偵と一緒に謎解きをするのは「不可能ではないが難しい」くらいに収まった印象があるので、今後は読者自身も謎解きに挑める、犯人当てのような作品も書いてみたいですね。




犬飼ねこそぎ(いぬかい・ねこそぎ)
作家。1992年高知県生まれ。立命館大学卒。光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の第二期に選ばれ、2021年に『密室は御手の中』でデビュー。

【本インタビューは2021年12月発売の『紙魚の手帖』vol.02の記事を転載したものです】