韓国系アメリカ人作家ユーン・ハ・リーの『レイヴンの奸計』(赤尾秀子訳 創元SF文庫 1300円+税)は、数学と暦で世界を支配する〈六連合〉シリーズ第2弾。数学の天才である女性将校チェリスが、隣国に占拠された砦奪還のため、史上最高の軍略家にして最大の虐殺者として幽閉されたジェダオの霊体を憑依させ、見事作戦を成功させた前作『ナインフォックスの覚醒』は、その魔術的世界を多視点の緻密で詳細な記述で描き出していたが、今回はそれを前提として、いきなり「私はジェダオである、チェリスは死んだ」と宣言して大艦隊を乗っ取り隣国との戦地へ赴く場面ではじまる。ごく限定された複数人物の視点を目まぐるしく移動しながら、対外戦争と〈六連合〉内部での暗闘をサスペンスたっぷりに描いていくシンプルな物語で一気読み必至。
最近続々と紹介されている中国SFだが、『移動迷宮 中国史SF短篇集』(大恵和実編訳 中央公論新社 2200円+税)は、壮大な4000年の歴史を股にかけた待望のテーマ・アンソロジー。冒頭の飛氘(ヒダオ)作(上原かおり訳)の「孔子、泰山に登る」からして、中国思想の人気スターに様々な土地・建物の名が続々登場し、機械鳥が人間を乗せて大空を飛んだり、墨子(ぼくし)が気球を操ったりとある意味やりたい放題で、複数の時間と空間を飛び越える旅の果て、孔子は世界のすべてを見通す泰山(たいざん)の頂で何を見るのか? という壮大な時間SFを展開する。「人類はすでに二百七十回滅んでおり……」などとあっさり語るこの流転する世界観はいかにも中国的で、孔子が主役のわりにやや老荘思想に近いところにあるようにも思われるが非常に満足感のある一編。
他にもコーヒーが中国で発明されたとする架空の百科事典の一項目を思わせる馬伯庸(マーボンヨン)の「南方に嘉蘇あり」(大恵和実訳)、時間を巻き戻しやり直すことができるレコードをめぐる幻想SF「一九三八年上海の記憶」韓松(カンショウ)(林久之訳)など8編を収録。巻末には編者による充実した解説付き。
日本SFからは奇想溢れる超個性的な短編集を。「繭の見る夢」で第2回創元SF短編賞佳作を受賞しデビューした空木春宵(うつぎしゅんしょう)待望の初単行本『感応グラン゠ギニョル』(東京創元社 1800円+税)は、苦痛と呪詛と共感をめぐる美しくも恐ろしい物語を、読者に「目を逸らすな」と突きつけてくる危険な作品集だ。表題作は昭和の初めごろ、身体に欠損のある少女たちを集め残酷劇を演じる一座に、心を喪失してただ他人の記憶を感覚を含めて丸ごと別の人間へと転送する能力を持った少女・無花果(いちじく)が加入したことから、一座の少女たちのみならず観客たちも他人の傷、苦痛を味わう快楽に酔いしれるが……という物語。
他にも、感覚のみならず感情を共有できる電子デバイスを使って小児性愛者を捕らえるため制作されたAIが室町期の遊女伝説と融合する「地獄を縫い取る」、身体を異形に変容させる感染症が蔓延する世界での悲恋を描く「メタモルフォシスの龍」、徐々に身体がゾンビ化していく奇病に冒された女子生徒を集めた学園で、回し読みされるロマンス小説に隠された世界の真相をめぐる「徒花(あだばな)物語」、そして表題作の続編で、芝居の台本風の記述を織り交ぜながら展開する、美醜でランクづけされ、もっとも美しい人間は処罰される閉ざされた浅草を描くスチームパンク「Rampo Sicks」の5編を収録。谷崎潤一郎や島崎藤村、江戸川乱歩などの近代文学、また地獄太夫や安珍・清姫伝説などの古典世界の伝承をSFに結びつけた耽美的でかつ挑発的な作品世界が圧倒的。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。