千葉県の船橋駅前にございます書店の売り場より、国内ミステリの新刊をご紹介させていただくこととなりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 潮谷験(しおたにけん)『時空犯』(講談社 1750円+税)は、第63回メフィスト賞を受賞した『スイッチ 悪意の実験』発売から約4か月という早さで上梓されたデビュー2作目となる長編作品だ。

 成功報酬1000万円、要説明会出席。しがない私立探偵である姫崎智弘に届いた、情報工学博士の北神伊織から届いた謎の依頼メール。指定された会場には職業や年齢もバラバラな計8名の男女が集められ、博士の口からにわかには信じがたい話を告げられる。じつは「時間」とはただ流れているのではなく、時々巻き戻ること。そして、なぜか今日――2018年6月1日だけが、すでに1000回近くも巻き戻っているというのだ。これは自然現象なのか、それとも巻き戻しの技術を得た何者かの仕業なのか。姫崎たち招集メンバーは、博士が用意した巻き戻しを認識できるようになる薬を飲み、つぎの6月1日に備える。ところが、いざそのときを迎えてみると、博士はアイスピックのような刃物で刺殺されていた……。

 特殊な設定作りだけに留まらない、SF要素を存分に駆使した軽快かつ無駄のない話運びにまず目を奪われる。物語をあまりにも壮大な領域へとみるみる拡げ、さらに大切なひとを守るための不可能ミッションへとつなげていく盛り上げ方も上手い。とはいえ進行とともにミステリから逸脱してしまうわけではなく、本筋はあくまで犯人当て。ヒントの提示、消去法で“時空犯”を絞り込んでいく一連の流れ、犯人の常軌を逸してはいるものの切なる動機の意外性は、本格ファンを唸らせるに充分と断言。

 デビュー作『スイッチ 悪意の実験』では一見すると酷薄で底意地の悪そうな遊戯小説に思わぬ温かな血を通わせていたが、奇抜な設定の本作でもその才能が発揮されていることも付け加えておきたい。2021年の新人のなかでは、これからの活躍がもっとも愉しみな書き手として潮谷験から目が離せない。

 注目のデビュー作を、もうひとつ。

 大島清昭『影踏亭(かげふみてい)の怪談』(東京創元社 1700円+税)は、第17回ミステリーズ!新人賞を受賞した表題作を含む全4話からなる連作集だ。

 実話怪談作家の呻木叫子(うめききょうこ)が、マンションの自室で異様な姿で見つかる。密室状態のなかテープで両手両足の自由が奪われ、なんと両瞼を自身の髪の毛で縫われていたのだ。発見者である弟の〝僕〟は、姉が〈影踏亭〉なるいわく付きの旅館を取材していたことを知り、訪ねてみることに。そこで自称「占術家・心霊研究家」の水野と出会い、旅館の離れで深夜に起こる不可解な現象を教えられ、一緒に立ち会わないかと誘われる。ところがその夜、離れに向かうと、鍵の掛かった部屋のなかに、両目を抉り取られた水野の死体が……。

 呻木叫子の実話怪談原稿と、その怪異の現場で起こった異様な事件。ふたつを交互に行き来しながら進んでいくのが各話の定型となっているのだが、とにかく実話怪談パートの完成度が抜群で、怖い話に目がない向きなら「逸材現る!」と嬉しくなってしまうことだろう。それもそのはずで、著者は『現代幽霊論』『Jホラーの幽霊研究』といった著書をものしている研究者であり、怖さの演出はお手のもの。怪異によって引き起こされたがごとき事件を論理的に解きほぐし、その答えの先に改めてこの世のものとは思えない怖さをすっと差し出してみせる手際はじつに堂に入っている。このジャンルでは当代随一の三津田信三とはまた異なるテイストで令和のホラーミステリを切り拓いてくれそうで期待が募る。

 ミステリ的には、表題作の唐突なサプライズとある細工、第2話「朧(おぼろ)トンネルの怪談」の頭部が持ち去られた理由、第3話「ドロドロ坂の怪談」の関連するふたつの事件の構図、第4話「冷凍メロンの怪談」の犯人が現場に冷凍メロンを置く理由と、最後に披露される推理に魅せられた。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.01
櫻田 智也
東京創元社
2021-10-12