地下都市カヴェルナ。そこでは人々は生まれつき表情というものをもたない。
カヴェルナの赤ん坊たちは怖いときに泣いたり、嬉しいときに笑ったりしないのだ。理由はわからない、顔の部品のひとつひとつに悪いところはないのに、どういうわけか魂の鎖の小さな銀のつなぎ目がひとつ欠けているのだ。彼らは時間をかけて、苦労して表情を覚えなくてはならない。このように注意深く教わる表情を《面(おも)》という。最下層の貧しい子どもたちはほんのわずかな面しか教われない。それに対し、金持ちの家の子どもたちは二百から三百もの面を身につける。流行の最先端をいくエリートたちのあいだでは、《面細工師(フェイススミス)》がデザインする新しくて美しい、あるいは奇抜な面が、ファッションのように評判になることもあった。カヴェルナとはそんな世界だ。
ネヴァフェルはとある暗い季節に、カヴェルナのチーズ造りの匠グランディブル親方のチーズトンネルに、どこからか迷いこんできた。親方が発見したとき、ネヴァフェルは痩せこけた子どもで、自分が誰なのかどこから来たのか、まったくわからない状態だった。
グランディブル親方に拾われて7年が過ぎた。ネヴァフェルは親方のチーズトンネルの中でチーズ造りの手伝いをしながら成長した。好奇心いっぱいで、いっときもじっとしていられない少女に。
そんなある日、親方のもとに、ひとりの女性が訪ねてきた。有名な面細工師マダム・ヴェスペルタ・アペリンだ。マダム・アペリンは美しく優しく、ネヴァフェルはすっかり魅せられてしまう。そして外の世界に出たくて仕方なくなったネヴァフェルは、親方が飼っているウサギが逃げたあとを追って、トンネルの外に飛び出してしまった!
そしてトンネルの外でネヴァフェルを待っていたのは、陰謀渦巻くカヴェルナの宮廷、奇矯な独裁者、そして悪名高い大泥棒だった……。
名著『嘘の木』で19世紀のヴィクトリア朝時代、『カッコーの歌』で第一次世界大戦後、『影を呑んだ少女』で17世紀のピューリタン革命時代を逞しく生き抜く少女たちを描いてきた著者が、地下都市カヴェルナという奇妙に歪んだ不思議な架空世界を舞台に贈る冒険ファンタジー。カーネギー賞候補作。