王谷晶『ババヤガの夜』(河出書房新社 1500円+税)も痛快な一作だ。


 屈強な力を持ち、暴力を厭(いと)わない新道依子。その腕っぷしが暴力団の目に留まり、依子は会長の家に住み込んで18歳の一人娘、尚子の護衛にあたることに。古風な女性観、家族観を植え付けられている彼女と依子は対照的だが、二人は少しずつ距離を縮めていく。そして尚子が抱える秘密を知った時、依子はある行動に出る。

 雑誌『文藝』のシスターフッド特集に掲載された作品。ネタバレしないようにあらすじを説明すると、強い者が弱い者を守るというパターンを女性同士に置き換えただけの印象になってしまうが、実はこれ、終盤にとんでもない驚きが待っている。アクションシーンも迫力満点、人を傷つけるのは躊躇(ちゅうちょ)しないのに犬が痛めつけられるのは絶対にダメという依子のキャラクター(護衛を引き受けたのも犬を守るため)、裏社会の人間たちの融通(ゆうずう)のきかない縦社会の珍妙さなど、エンタメとして楽しませつつ、さまざまな面での従来の枠組みをぶち壊してくれる快作だ。

 島本理生『2020年の恋人たち』(中央公論新社 1600円+税)も、新しさを感じさせる作品だった。


 32歳の会社員、前原葵は突然母親の事故死の知らせを受け取る。母が新規オープンさせようとしていた店を引き継ぐかどうか決断を迫られた彼女は、悩んだ末に会社勤務を続けながら店を開くことを決意。そこからめまぐるしく変化していく一年間が描かれていく。

 以前の母の店の常連だった男、もはや会話がなくなった同棲中の恋人、店の従業員として雇った年下の青年、偶然知り合った雑誌編集長、アメリカから帰国して一緒に暮らすことになった叔母、京都出張で出会った女性。さまざまな再会や、新たな出会いが葵を待っている。また、実は葵は母親と既婚の実業家との間に生まれた娘。義妹は葵を姉のように慕ってくるが、義兄は辛辣(しんらつ)にあたり、そのあたりの人間関係も彼女の心を揺さぶってくる。それらが葵にとって、自分の人生を見つめ直すことに繋(つな)がっていくのだ。

 新しさを感じさせたというのは、女性像だ。思えば初期の島本作品は、恋愛に身も心もやつす主人公が多かった。だが、今作の主人公は多くの悩みを抱えて感情に振り回されることはあっても、最終的に理性的に物事を見極め、自分の意志で判断している。その女性像の変化は、時代の変化も大きいのではないか。登場するワインも料理も興味深く、気持ちよく楽しめる一冊。

 相沢沙呼『教室に並んだ背表紙』(集英社 1400円+税)はノンミステリ。中学校の図書室を舞台にした連作集だ。


 クラスに馴染(なじ)めない図書委員のあおいがほっとするのは図書室。だが、苦手な同級生が通って来るようになって戸惑う。あかねは宿題の読書感想文に悩んでいたところ、クラスメイトが捨てた感想文の下書きを入手し利用しようとするが、何の本の感想かが分からず図書室にやってくる。図書委員の萌香は一緒に二次元キャラを推していた友人が離れていって寂しさを感じている。同級生から急にいじめられるようになったエリは、本は読まないのに図書室しか行き場がなくなってしまう――そうした生徒たちを見守るのは、図書室の司書の女性だ。授業を受け持つ教師とはまた違って、生徒たちにとっては姉のような存在である。彼女との交流によって、少女たちは少しずつ前を向けるようになっていく。

 ミステリ作家の著者らしく、ちょっとした仕掛けがあるのだが、これが良かった。これがあるからこそ、今が苦しくて誰かに助けてほしくて先が見えなくて不安であっても、未来があると思わせてくれる。もっと具体的に説明してもっと称賛したいのだけれど、ネタバレになるので自粛。