とにかく楽しいミステリが読みたい!
  ――そんな人には〈ワニ町〉シリーズ!!

 解 説
♪akira 



 おかえりフォーチュン! また会えてうれしいよ!! アイダ・ベルもガーティも元気だった?
 一作目『ワニの町へ来たスパイ』、二作目『ミスコン女王が殺された』、三作目『生きるか死ぬかの町長選挙』で三人組のとりこになった読者の皆々様、ついに待望の四作目『ハートに火をつけないで』が登場だ! 何かに惹かれて本書で初めて〈ワニ町〉シリーズを手に取ったあなたも、その直感は間違っていない。タフで正義感が強い湿地三人組(スワンプ・チーム・スリー)が織りなす、抱腹絶倒、だけど胸アツ、ドーパミン大放出間違いなしの痛快ミステリシリーズに、沼落ちならぬバイユー(濁った川)落ちの覚悟を持って臨んでいただきたい。

 まずはこれまでの経緯をざっとおさらいしよう。CIAの凄腕秘密工作員レディングは、潜入捜査の遂行中に敵の超危険人物を怒らせてしまい、命を狙われることに。しかもあろうことかCIA局内の誰かが敵と通じていることが判明。証人保護プログラムが使えないため、極秘で長官の姪サンディ=スーの身元を借り、編みもの好きの司書で元ミスコン女王というレディングにとってありえない設定でルイジアナの小さな町シンフルに隠れ住むはめになる。
 銃火器片手に世界をまたにかけて凶悪犯罪者の暗殺に関わってきた自分が、南部の平凡で退屈な暮らしに耐えられるだろうか……と思ったのも束の間、着いたとたんにイケメン保安官助手カーターに職務質問されるわ、さらには住まいの裏手のバイユーから人骨が見つかるわとトラブルが続出。あげくの果てに、別名シルバー・マフィアと呼ばれている地元の婦人会〈シンフル・レディース・ソサエティ〉の名物コンビ、アイダ・ベルとガーティから見込まれて、ローカルなもめごとから冷酷な殺人事件の捜査にまで手を貸すことになり、息つくひまもないほど大忙しでスリリングな日々が始まるのだった。
 サンディ=スーという甘ったるい偽名に耐えられず、レディングは仲間内のあだ名〈ソルジャー・オブ・フォーチュン(傭兵)〉から思いついたフォーチュンで通すことにしたが、いつどこから襲いかかってくるかわからない未知の脅威(本シリーズの場合、それは動物を意味する)、身体能力を著しく制限するコスプレ(同様に、それはタイトなミニスカートやハイヒールを着用することを指す)といった困難の連続に、凄腕アサシンとしてのフォーチュンのアイデンティティは崩壊寸前。だが一緒に命がけで事件を解決してアイダ・ベルとガーティの意外な過去を知り、自分の正体も明かしたことで無敵(?)のチームが結成された。人口と町の規模から考えても、こと殺人事件発生率においてはミス・マープルが住むセント・メアリ・ミードといい勝負のシンフル。保安官助手カーターの目をかいくぐりながら、町の平和を守るため、三人組は今日も捨て身の作戦に出る!

 本書はシンフル滞在三週間目のフォーチュンが、前作のラストでついにカーターのディナーの誘いに応じた翌朝から始まる。アイダ・ベルとガーティは初デート成功のために朝からフォーチュンの家に乗りこんで脱毛ワックスの猛攻撃をかけていた。大騒ぎのすえ、なんとか本番までには落ちついて、晴れて初デートへ。身バレの危険とカーターに対する複雑な思いで心臓が破裂しそうなフォーチュンだったが、ディナーの店に向かう途中、大切な同年代の友人アリーの家が火事になったと知らせがはいる。
 デートを中止し現場に向かうと、幸いなことにアリーは無事だったが、火事の原因は放火だったことがわかる。アリーの命を狙った犯行なのか? だとしたら動機は? 一刻も早く犯人を捕まえてアリーを安心させるべく、フォーチュンとアイダ・ベルとガーティの三人は独自の捜査を始めたのだが……。

 本シリーズの大きな読みどころのひとつは、フォーチュンの心の変化だ。以前は任務のことだけ考えていればよかったのが、シンフルに来て今まで経験したことのない感情が生まれた。初めて大切にしたいと思うひとたちができて、友人として頼りにされることの誇らしさに嬉しいとまどいを覚えるのだ。しかし特殊な事情のせいで、ひとと親しくなる喜びとその相手を裏切らなければならない罪悪感の板ばさみとなったフォーチュンの辛さが痛いほど伝わってくる。
 そしてもちろん、カーターとの関係がどうなるかも気になるところだ。誰もが認める掛け値なしのイケメン。アメフトの花形選手から海兵隊を経て正義の法執行官へ。しかも頭脳も明晰というシンフルいちのモテ男なのだが、フォーチュンたち三人組の怪しい行動を察知したときの警告には「女は危険な真似をしないでおとなしく引っ込んでろ」という微妙なニュアンスが感じられてちょっと癪(しゃく)にさわる。それは彼女たちの正体を知らず、心配しているからこその態度なのだが、関係が深まるうちにカーターの意識がどう変わっていくのか、ぜひ本書で確かめてほしい。

〈ワニ町〉シリーズが多くの読者の支持を得ている理由はいくつも思いつくが、そのひとつは一方的な価値観の呪縛から解き放ってくれるからではないだろうか。英語でAct your ageという言い回しがある。本来は「年相応の分別を持て」という意味だが「若者みたいな趣味は捨てろ」とか「もう若くないんだからそんな服装はやめろ」などと揶揄(やゆ)で使われることも多い。だが怪我をしたり他人を傷つけたりしないのであれば、いくつになってもやりたいことをやればいい。このシリーズは、年齢に関係なく、お互いを気づかいあい信頼できる友だちが大切だとも教えてくれるのだ。

 さて、罪深い町シンフルで、ある意味最も大きな罪とも言えるのが魅惑のローカルフードの数々だ。フランシーンのカフェで供される多幸感最大レベルのメニューの数々は、うっとりするほど粉ものパラダイス。それにバターやクリームをふんだんに使い、たっぷりの油で揚げるあれやこれやは、ダイエットの大敵とわかっていても想像しただけでお腹が鳴りそうだ。そのカロリーときたら、飛んだり落ちたり走ったりと大忙しのフォーチュンでさえ、シンフルに着いて最初の五日間で体重が一キロ増えたという威力。そのショックから立ち直れないまま、本書ではスイーツの魔術師アリーを自宅のキッチンに招き入れる事になるのだ。百戦錬磨の殺し屋フォーチュンのミッション歴においても、過去最大レベルの難関といえよう。あの焼きたてのマフィンの食べ方はぜひ参考にしようと思う。

 著者ジャナ・デリオンはNYタイムズベストセラーリストの常連作家。本書の舞台となっているルイジアナ州の地図にも載らない小さな町で生まれ、家の近くでは当然のようにワニを見かけていたという。作家になる前は企業のCFOを勤めており、現在はテキサス州ダラスで可愛いシェトランド・シープ・ドッグを思いきり甘やかしているそうだ。2012年に刊行された『ワニの町へ来たスパイ』は大好評を博し、巻を重ねるごとに多くのファンを獲得。今年の春にはなんとシリーズ二十作目が刊行された。〈ワニ町〉シリーズのほかにも、記憶を失った私立探偵シェイ・アーチャーが主人公のサスペンスシリーズをはじめ、パラノーマル・ロマンスやコージーミステリを多数発表している。ウェブメディアNEW POP LITに載った2015年のインタビューによると、デリオンは主人公が突然場違いの状況に置かれるというテーマに興味があるという。例として挙げていた2001年のアメリカ映画『デンジャラス・ビューティー』はFBI捜査官が爆弾魔を追ってミスコンに潜入する話なのだが、サンドラ・ブロック扮する主人公は捜査能力はあるが身だしなみに気をつかわない大雑把な性格という設定で、結集したプロたちの手で完璧な女性に仕立てあげられ捜査に臨む。だいぶ前の作品なのでいくつかの点で問題はあるが、華麗なる変身とガールズトークは楽しいし、フォーチュンとの共通点を探してみるのも一興だろう。

 ところでシンフルの町ウェブサイト(http://sinfullouisiana.com/)をご存じだろうか。シンフルの町もキャラクターたちも一人歩きするようになったことだし、と著者公認で作られたようで、ウォルターやフランシーンの店の紹介などが載っており、アイダ・ベルとガーティのサイン入りの〈シンフル・レディース・ソサエティ〉の会員証も発行できる。住民紹介コーナーにはカーターの写真(?)があるのだが、筆者の想像していたカーターとは全く違っていて、“たくましくてセクシーで、信じられないほどハンサム(アリー談)”とはこういう人を指すのか! と素直にびっくりしたのだった。気になるかたはぜひサイトを訪れて、ご自分の理想のカーターとぜひ比べてほしい。

 最後に、毎回ひそかに楽しみなのがガーティの推しバナである。二作目ではエルモア・レナードの短編を元にした連続ドラマ『JUSTIFIED 俺の正義』の主人公レイラン・ギヴンズの魅力について熱く語っていて、「そうかー、ガーティにはティモシー・オリファント(最近では映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でレオナルド・ディカプリオが出演する西部劇の主役俳優を演じていた)みたいなタイプがセクシーなのか、ふむふむ」なんてニヤニヤしていたら、三作目ではジョニー・デップを推していた。そして本書ではちょっと懐かしいあの俳優が! あの人がセクシーかどうかはさておいて、推しがいて楽しいのは万国共通、元気の源。今後どんな推しが登場するのか興味津々である。




■♪akira(あきら)
書評家・ライター。