舞台はイングランドの町アーンヒル。女性教師の家で、教師の遺体と、彼女の息子の惨殺死体、そして壁に大書された「息子じゃない」という血文字が発見される。C・J・チューダー『アニーはどこにいった』(中谷友紀子訳 文藝春秋 2250円+税)は、このように不気味に幕を開ける。主人公の英語教師ジョーン・ソーンは、アーンヒル出身であり、冒頭で亡くなっていた女性教師の後任として故郷に戻って来たのだ。少年時代にこの町で何かあったらしい彼は、「ぼく」という一人称で過去と現在を行きつ戻りつ、自らの立場、体験、意図を徐々に明らかにしていく。

 主人公の20年以上ぶりの帰郷、怪異の示唆(しさ)、田舎(いなか)の悪い意味でのスモール・コミュニティぶり、少年期の友人(?)たちとの敵対など、物語の各種要素とそれを描く筆致には、スティーヴン・キングへのリスペクトが現れている。アーンヒルが廃鉱の町、しかも30年前の時点で既に衰退していたという設定も、陰鬱(いんうつ)さを引き立てる。

 この物語の謎は二層構造を有する。第一層は、主人公ジョーン・ソーンの過去である。少年時代のアーンヒルでの体験(亡き妹アニーに係わるのは冒頭の時点で予想可能である)と、成人してから町の外で体験した事項とが、じわじわ語られていく。この第一層の謎は、物語の構成(作者が説明を後回しにした)のために謎になっただけで、伏線やミステリ的な仕掛けはあまり施されていない。ただし、前者で雰囲気は盛り上がるし、後者では、モダンホラー作品ではあまり見かけない要素が登場する。

 一方、第二層の謎は、アーンヒルで今起きていることである。こちらは、伏線やヒントが巧妙に張り巡らされ、それを主人公が終盤で一気に明かしていく。ここで読者が味わう興奮は、紛れもない《ミステリとしてのカタルシス》に他ならない。

 この直後、物語は不気味な余韻(よいん)を残して終わる。ホラーとミステリの美しくもおぞましい融合体として高く評価したい。